前作までのあらすじ
俺、関口幸生は、ある日に一人の女性に出逢った。出逢った、と言えば聞こえは良いだろうが俺と彼女の出逢いは、およそロマンチックとは程遠い代物だった。
彼女、冥加紫は最初から最後まで突拍子も無い女性だった。彼女と初めて対面したのは、俺が怪我して、気絶して、彼女の家の布団に寝かされ、目を覚ました時だった。そこで、俺に向かって「あなたには霊が憑いている」なんて事を言って、笑い飛ばした俺をボコして俺ん家まで送り返しやがった。そして、家の中に入った俺は、彼女の言った事が真実だと言う事を思い知らされた。誰もいないはずの部屋、そこに彼女の言うアレ――使者がいた。使者とは、後々で紫から聞いた話だが、寿命が近い人間の魂を刈りに来る死神のような存在らしい。そんな化物が俺には四体憑いている、そう彼女は言った。それから、俺たちの使者返り討ち作戦が始まった。
使者との戦いは、彼女から支給された日本刀と、よく分からない石の指輪を装備した俺と、何故か鎌を所持してる紫の二人で始めた。まぁ、初めの一戦目は一人で戦わされたけど。確か、初めの相手は胡乱とか言う女性型の使者だったな。自分の体の形を自在に変えられるとかで、小さな女の子に化けて後ろから抱きついてきたりで、今思い出してみると一番トリッキーな相手だったかも知れないなぁ。
二体目の使者は怨嗟と名乗る、スーツ姿の紳士っぽい男性型だった。この使者は他の使者と違い、紫が加勢に入った途端に「希望を見出した人間を殺すのはポリシーに反する」と言って撤退してしまった唯一の使者だ。この使者が去った後、傀儡と名乗る使者が木偶という使者を引き連れやってきた。この勝負で紫の正体を知った。彼女は俺の守護霊たる存在であると言う。そして、その事を認めた彼女は、守護霊として最後の責務を果たすため、木偶を瞬殺すると、俺に渡した指輪、守護霊の心臓たるコアを傀儡にぶつけさせる事で、傀儡もろとも消滅してしまった。
彼女の命と引き換えに取り戻した日常、彼女は「本望」と言ったが、正直ショックは隠せなかった。俺はそんな気持ちを割り切るべく、この日は全てを忘れ眠りについた。
* * *
それから数週間が経った。日常を取り戻した俺は学校でクラスメイトの桂木裕紀と雑談を交わす。
「重役出勤、お疲れ」
遅刻してきた裕紀に茶化す俺に、裕紀は寝起きで不機嫌そうに答える。
「……どうも」
「なんだよ、最近遅刻ばっかじゃねぇか。恋人が遠くに行っちまったのは同情するけどよ、後引き過ぎじゃね?」
俺も最近知った話だが、裕紀の幼馴染みであり、今年の春に引っ越したクラスメイトの早川遥は裕紀と付き合っていたらしい。
「放っとけ、これが俺の本質なんだよ、ってあれ? 幸生、お前いつもそんな指輪してたっけ?」
そう言えば、紫に貰ったあの指輪を外していなかった。でも、この指輪をどう説明してもきっと信じないだろう。そう考えていると裕紀が答えを急かしてきた。
「何? 言ってみろよ」
仕方ない、そう思って昨日までの事を簡潔にまとめて話してやった。俺の話を聞いた裕紀の反応は予想した通り、全く信じていないようだ。
「おいおい、嘘でももうちょっと上手い事言えないのか?」
「ほら見ろ、信じていないだろう?」
裕紀は足を組んで、考えるようにして「信じろと言われてもなぁ」と呟いた。まぁ、確かにまるで夢物語のような自分の話を信じろ、という方が無理だろう。
「――誰だっけ?」
裕紀は唐突にそう呟いた。一瞬、何の事か分からなかったが裕紀の視線の先を考えると、廊下に居る誰かの事を言っているのだろう。
「ん、どれ?」
しかし、俺が廊下に視線を向けた時には誰も居なかった。このまま誰だかも分からずに終わるのも気持ちが悪い、と思い裕紀にその人物の特徴を聞いてみる。
「なぁ、お前が見たのってどんな奴?」
「えっと、確か黒髪で長髪でストレートで……」
「お前、髪しか見てないの?」
この瞬間、俺の中で裕紀の髪フェチキャラが確立した。
結局、かなり偏った情報しか得られなかったので、放課後にも詳しく聞くことを決めた。
放課後、裕紀をからかい尽くし満足した俺は足取り軽く帰路に着いた。
「ただいま」
家に帰っての第一声。誰もいないハズのに何故か言ってしまう。そして、誰もいないからこそ、返事が返ってくることに驚く。
「おかえりなさーい」
「……え?」
衝撃的な再会だった。声の主は、忘れられるはずもない俺の命の恩人、冥加紫だ。しかし、傀儡と心中したはずの彼女が何故ここにいるのか、一番の疑問を彼女にぶつける。
「紫、この際、鍵をどうやって開けたの? とか、何でエプロン姿で台所にいるの? とか、そう言うことには深くは突っ込まないけど、何でここにいる?」
そう、他にも突っ込みたいことは山ほどある。
「えっと、実は私にも分かんないんだよね」
彼女曰く、傀儡に守護霊のコアをぶつけた後、確かに彼女は一度消滅した。しかし、突然意識が戻り気付くと、彼女が隠れ家として使っていた家に寝転んでいたらしい。
「ってことは……」
「うん。傀儡も蘇ってるかも、と思って関口の家に来てみたの。夕飯の支度もついでに」
彼女の指差した方向には、白米に味噌汁、焼き魚というメジャーな
和食メニューがテーブルの上に二人分乗っかっていた。
「あぁ、紫もここで食ってくのねって、それは置いといて、傀儡が蘇ってるってまずくないか?」
「うーん、まずいっちゃまずいけど、本来人間一人に使者一体憑くのが普通だから、正常っちゃあ正常なんだよね」
紫はケラケラ笑いながらそう返答する。この人、本当に俺の守護霊なのかな。
「まぁ、詳しい話は本人に聞きゃ分かるでしょ。ねぇ、傀儡?」
彼女がそう言った瞬間、部屋の空気が変わったのが感じられ、玄関の扉が開く音が聞こえた。そして、足音の主は俺の目の前に立つと、特徴的な低い声で俺に声をかける。
「また会うとはな、小童よ」
地の底から這い上がってきたかのような声に、小学生かとも思える小さな体躯の男、見間違うはずもない、俺に襲いかかってっきた使者の一人、傀儡だ。
「ところで、小娘よ、いつから気付いていた?」
傀儡は俺には目もくれず、紫に向かい話し始める。
「たったの一瞬でも心中しかけた相手の霊力が読み取れない程落ちぶれちゃいないわ」
「成程、流石は守護霊、というべきか」
傀儡はひと呼吸置くと、紫にドスを聞かせた声で問いかけた。
「何のつもりだ?」
「は?」
唐突な質問に紫も多少驚きの表情を見せている。そんな紫もお構いなしに、傀儡は彼女に怒鳴りつける。
「我輩を消滅まで追いやっておきながら、何故封印を解いた? 我輩に情けをかけたつもりか?」
「ちょ、ちょっと待って」
怒鳴り散らす傀儡を制し、紫が問いかける。
「ふ、封印を解いたのって、あんたの仕業じゃないの?」
その質問で、紫も何も知らない事を悟った傀儡は驚きの表情を見せたが、すぐに真顔に戻ると踵を返し、玄関の方へ向かった。
「ふん、邪魔したな。我輩は帰らせてもらう」
「待って」
出ていこうとする傀儡を紫は引き止める。
「傀儡、あんたにはまだ聞きたいことがあるわ。封印の件もあるし、今日のところは、ここに泊まっていきなさい」
え? こんな気まずいお泊り客ってこれからの人生であるかな、そう心の中で呟いた。
* * *
紫に傀儡、そして俺という異色の食事が始まった。紫が用意した二人分の食事は、紫と傀儡で分けられ、俺の分は自分で作ることとなった。まぁ、本来俺は一人暮らしだから当然の話なんだけど、何故だろう目から塩水が流れそう。
「それで、傀儡。単刀直入に聞くけど、あんたの他に三体使者がいたじゃない。その内のどいつかが封印を解いたって可能性は?」
味噌汁をすすりながら問う紫に、箸を休めた傀儡は答える。
「ない、とも言い切れん。我々は、狙う獲物は同じでも、滅多に干渉はせんからな。まぁ、干渉していたとしても、守護霊の封印を解けるような強大な力を持っている事は隠すだろうがな」
忙しそうに白米を口の中にかき込む紫を見て傀儡は愚痴をこぼす。
「おい、小童。この小娘は普段もこんなに品がないのか?」
「いや、食事してるの見たの初めてだし分からんけど、普段もこうなんじゃないか?」
俺の返答に傀儡は舌打ちで答える。
「成程ね。となると、一番怪しいのは消去法で怨嗟とかいう奴ね。あれだけが唯一、消滅しないでいるからね」
その紫の推理に傀儡が異議を唱える。
「待て、消滅していない事がイコールで怪しいとは言い切れん。強力な使者であれば、消滅自体を偽装できるからな」
「でも、それじゃあ的が絞れないじゃない。怨嗟とか言う使者以外って言ったら、あんたと木偶と、あと……」
「胡乱」
一戦目を知らない紫に俺は助け舟を出す。
「その、胡乱しかいないじゃない?」
その問いに傀儡は首を傾げ、こう告げる。
「はて、お主ら何やら勘違いをしていないか? 木偶は我輩の直属の使者で、小童に憑いた使者とは別物だぞ?」
「え?」
傀儡の話しを聞いた俺と紫は思わず声を裏返らせた。
「じ、じゃあ、その残った一体って?」
俺は声を震わせながら傀儡に問う。
「ふむ、今でもお前に憑いているのだろう。成程、自分の手を使う事なく、他の使者を繰り返し手駒として使う、といったところか」
「あんたも人のことは言えないでしょう。でも、それで私まで蘇ったってことは」
「時間を操った」
紫と傀儡の声がハモる。
「ふん、ふざけた事をしおって、この傀儡を傀儡人形にしようとは、嘗められたものよ」
傀儡は指先の関節を鳴らし、怒りの感情を見せる。そんな傀儡に紫は問う。
「で、あんたはどうすんの? プライドを傷つけた相手をさがすんでしょ? どうせ目的は一緒なんだから、私たちと組みましょう?」
「ふん、貴様に言われるまでもない。精々、貴様らを使わせてもらうぞ」
紫の誘いに傀儡は応じた、ってあれ? これって傀儡もこれからここに入り浸るってこと?
「関口、そう言うことだから、傀儡と私二人これからここに住むわ」
「え? ちょ、ちょっと待て。泊まり客なんて考えてないから布団も何もないぞ?」
必死に無理だという事を伝える俺だが、紫はその上を行っていた。
「大丈夫、私はもう持って来てるから」
紫はそう言って、おもむろに押入れの方へ向かい、襖を開く。すると、そこから、明らかに俺の物でない布団一式が雪崩のように落ちてきた。
「吾輩には布団なぞいらぬ」
声の聞こえる方へ向くと、傀儡が天井に張り付いていた。
「何だよ! お前らそんなに突っ込み期待してんの?」
俺の悲痛な叫びはアパート中に響いた。その後、隣近所から苦情が来たのは言わずとも分かるだろう。
日常を取り戻したはずだった俺、しかし、どうやら俺の気が休まるのはまだ先の話のようだ。
続く
後書き
こんにちは、そして初めての人は初めまして。雪鳥と申します。
今回の作品は、私が産技に入学してしばらくの時に文芸で書かせてもらいました「お憑かれ様」という作品の後日談となります。また、前年度に連載?しました「遠くの君」という作品ともリンクしてまして、個人的にはネタ要素を多めに込めた、ギャグありシリアス(……?)ありの作品にしていくつもりでいます。
それと、今、話に出ました「遠くの君」という作品に関してですが、前年度の最終回にあたる「冬」の分が、私の諸都合のために未完の状態で終了してしまいましたが、今回のこの「憑かれ過ぎた男」シリーズで少しずつその部分を明かしていきたいと思います。
あと、宣伝っぽくなって申し訳ないんですが、私を含め、文芸同好会の会員らの一部の過去作品は産技高専品川文芸同好会のホームページで読むことができますので、一度ご覧になってみてください。
今回はもう話すネタがなさそうですし、読者の皆様をこれ以上引き止めるのも失礼ですので、私はこの辺でお暇させていただきます。
それでは、次のページへどうぞ。