夏、それは人を美化させる不思議な魔力を持つ季節だ。どうやら、その魔力は離れ離れになった人間にも適用されるらしい。
俺の名前は桂木裕紀。多少妄想が過ぎるのが玉に傷な、恋人もいる健全なる男子高校生だ。しかし、その恋人はもう俺の傍にいない、こう言うと語弊があるかもしれないが、その表現が一番合っているだろう。
春、出会いの季節とも言われるそんな季節に俺達は別れを体験した。俺の幼馴染みであり、恋人の早川遥が遠くへ引っ越して行ったのだ。そんなわけで物理的距離こそは離れてしまっているが、俺達はある方法で確かな絆を紡いでいる。その方法というのが、ズバリ文通だ。古臭く聞こえるかも知れないが、手書きの手紙は書き手の心情を映し出す、最も心がこもる連絡手段なのだ。かく言う俺もその事実は最近になって気付いたことだ。
初春から始まった文通はついに夏まで続くこととなった。
* * *
朝、俺は目覚ましの音、ではなく寝苦しさで目を覚ます。上半身をベッドから起こし、自分が寝ていた場所を見ると敷布団が寝汗でビッショリと濡れている。それもそのはず、俺は掛布団として毛布を使っていたからだ。春が終わったらしまうつもりで出しっぱなしだった毛布を見て、俺は面倒臭がりな自分自身に呆れてきた。
「ハァ、遥がいなくなってからは俺、本当にダメ人間になってきてるよ」
我ながら恥ずかしい話なのだが、遥が引っ越すまで、俺はいつも彼女に起こしてもらっていた。まぁ、枕元まで来て優しく起こしてくれる、なんて色気のある起こし方でもない、ただの脅しみたいな起こし方だったがな。例えば、近所に秘密をバラす、という感じの文句を家の外で、俺が起きてくるまで叫んでいたりとか、時には嘘泣きもしていたっけな。
ふと俺は、本来の目的を果たせず佇んでいる目覚まし時計に目を向ける。時計の針は九時十五分を示している。補足的に言うと、今日は平日でありまだ夏休みにも入っていない。つまりは大が付くほどの遅刻だ。
「うわ、マジかよ?」
俺は急いで制服を着て、昨夜の内に用意していたスクールバッグを肩にかけて外へ飛び出していく。
自分で言うのも難だが、最近は今日の様な遅刻が続いている気がする。多分、俺の中で遅刻がデフォルメと化している、と思えて仕方がない。
俺が教室に入った時、ちょうど一時限目の終了を告げるチャイムが鳴った。自宅から全速力で走って登校して来たため、ワイシャツが汗でベタベタになっている。俺は、椅子に座ってすぐにその気持ち悪い汗の感覚を和らげる意味合いも込めて、シャツのボタンを第三まで開ける。すると、近くにいた何人かのクラスメイトの内の関口幸生が俺の様子を見て話しかけてくる。
「重役出勤、おつかれ」
「……どうも」
「なんだよ、最近遅刻ばっかじゃねぇか。恋人が遠くに行っちまったのは同情するけどよ、後引き過ぎじゃね?」
「放っとけ、これが俺の本質なんだよ」
他愛もない話をしていると、ふと幸生の右手の中指にはまっている、グレーに近い色の石がついた指輪が目に入った。
「あれ? 幸生、お前いつもそんな指輪してたっけ?」
俺の問いに幸生は答えに困っている。時折顔をしかめて、妥当な言葉を選んでいるのが感じられた。
「ん、まぁ、これは何ていうか……訳ありでさ。多分、本当のこと言っても信じられねぇだろうよ」
「何? 言ってみろよ」
俺の突っ込みに幸生は渋々ながら、指輪に関するエピソードを聞かせてくれた。
「この指輪は、俺の命の恩人のものなんだ」
「命の?」
「そう。こっからは信じなくてもいいんだけどさ。その恩人っていうのがオレの守護霊で、悪霊と戦った時にこの指輪に悪霊もろとも封印されてんだ」
「おいおい、嘘でももうちょっと上手い事言えないのか?」
幸生の中二的な話を聞いていて、思わず吹き出してしまう。普段の幸生ならば、こんなぶっ飛んだ話をあまりしない事もあって、そのギャップがまた俺の笑い袋を刺激していた。
「ほら見ろ、信じてないだろう?」
「信じろって言われたってなぁ」
足を組み考える振りをしていると、廊下の方で佇む長髪ストレートの女子と目が合った。すると、彼女は気まずく感じたのか、その場をそそくさと離れてしまった。
「――誰だっけ?」
口をついて出てきたのはその言葉だった。
「ん、どれ?」
幸生が俺の視線の先を追っていくが、彼女は既に何処か別の教室に入ってしまった後らしく、その姿を確認することはできなかった。
「なぁ、お前が見たのってどんな奴?」
疑問が中途半端に残ってしまった幸生は、その女子の特徴を俺に聞いてくる。
「えっと、確か黒髪で長髪でストレートで……」
「お前、髪しか見てないの?」
その日の放課後も、幸生はしつこく俺に質問をして来た。
「だからさ、このままじゃ消化不良って言うか、なんか気持ちが悪いんだよ。なんか、こう、モヤモヤッとしてて」
「そんな事言われたって、それしか見てないんだから仕方ないだろ?」
朝と同じように、俺が椅子に座って、幸生がその近くに立つというポジションで俺達は話している。
「開き直るんじゃねぇよ、この髪フェチ」
髪フェチ、その可能性は否定できない。そんな考えが頭をよぎった時、朝見た長髪の彼女がまた廊下に佇んでいるのを発見した。
「あ、いた。あの髪だ」
「え? 髪?」
俺の言葉の意味が一瞬理解できなかったのか、幸生は自身の髪を咄嗟に押さえつける。そして、ようやく脳がその意味を理解したのだろうか、幸生はバッと廊下の方へ振り返る。
「あぁ、あいつか」
一人納得した様子の幸生は俺の方に向き直り、周りに聞こえないようにしているつもりなのだろうか、小声で俺に告げる。
「あいつ、隣のクラスの西藤千夏だよ」
西藤千夏、名前を聞いてもほとんどピンと来ない。しかし、何処かで聞いたような気がしてならない。
「あれ? 覚えてねぇの?」
幸生の問いに俺は黙って頷く。
「まぁ、無理もないか。あいつは去年俺らと同じクラスだったんだけど、地味すぎると言うか、目立つ感じじゃなかったもんな」
幸生のその説明でようやく思い出した。彼女は去年まで同じクラスメイトだった。記憶が曖昧だが、彼女は確か、暇があったら読書をする、そんな典型的な文学少女だった気がする。
「いやぁ、これでスッキリしたよ」
幸生は一人清々しそうに、帰って行く。ふと、廊下の方を見てみると、先程までの長髪少女、西藤千夏の姿は既になかった。きっと、俺が幸生と話している間に帰ったのだろう。俺も帰ることにした。
* * *
翌日、俺は気分よく目が覚めた。目覚まし時計は六時を指している、登校まで全然余裕だ。久しぶりにまともな朝飯を食べようと考え、台所に立った瞬間、嫌な予感が頭をよぎる。
「今、本当に六時か?」
おそるおそる俺はテレビのスイッチを入れる。すると、朝のニュース番組のナレーターが良く通る声で視聴者に時間を知らせる。
「さ、ただいま九時を回りました。次はテレビ局前から生中継です」
予感は的中する。これらから、状況を整理すると、目覚まし時計が止まっていたため、俺はアラームで起きる事なく、己の睡眠欲が許すまで惰眠を貪っていた、ということらしい。
「やっぱり、今日だけ定時通りでおかしいと思ったんだよ」
一人、ぶつけようのない怒りを発散した俺は、テレビのスイッチを切り、身支度を始める。今日もきっと幸生に何か言われるだろうな。
俺が教室に入った時、ギリギリでまだ一時限目の授業は続いていた。授業を中断した教師は俺に小言を言い、俺はその小言を体よく受け流していく、そんな調子で授業は終わって行った。
教師が戻った後、俺はある違和感に気付く。教室の何処を見回しても、幸生の姿がない。それどころか、幸生の机には荷物すら置かれていない。大方、寝坊か風邪だろう、そう考えていると、幸生が息を切らしながら教室に入ってきた。
「よう、幸生、全速力でお疲れ様」
「あぁ、本当におツかれ様だよ」
何故だろうか、幸生の言葉には何か含みが感じられる。
「お前も寝坊か?」
「ま、そう言う事にしておいてくれ」
呼吸を整えた幸生は、俺に話しかけてきた。
「なぁ、化け物にひと思いに殺されるのと、暴力的な女に日常的にボコられるのだったら、どっちがマシだと思う?」
「何、その究極の選択。どっち選んでも地獄だろ?」
俺の返答に幸生は大きな溜息をつき、項垂れた様子で言う。
「それを選択するのが俺の使命なのさ」
よく分からないが、幸生からは憂鬱なオーラが感じ取れる。きっと、かなりの訳があっての悩みなのだろう。親友として俺は幸生の究極の選択について考えてやることにする。
「えっと、化け物か女の子かだろう? 普通に考えたら、女の子じゃないか? だって化け物選んだ時点で死ぬんだろ?」
俺がもし、そんな究極の選択を迫られるとしたら、きっとそんな結論に至るだろう。この答えに幸生も共感したらしい。
「やっぱり、そうなるよなぁ……」
「ま、ぶっちゃけ俺は女の子の容姿も考慮してから決断するけどな」
「例えば、髪型とか、髪色とか、髪質とかか?」
「そうそう、って俺を変なキャラに仕立て上げようとするのを止めろ!」
「安心しろ、髪は長めだ」
「だから、そういう問題じゃねぇよ! 第一、俺はロングじゃなくて、ショートの方が好きなんだよ!」
そう言い放ってから、俺は後悔することになる。大声で自身の好みを叫んだせいで、周囲の視線が痛い程感じる。
「やっぱりお前、髪フェ」
「真面目に答えて損したわ!」
幸生の言葉を遮り、俺は怒りを露わにした、というよりも、怒ってでもいないと、羞恥心で押し潰されそうというのが、率直な気持ちだった。
* * *
次の日、俺はあえて遅れて登校した、というのも昨日の妙な暴露のせいでクラスの視線に極力当たりたくない、という切実な思いからだ。いっその事、欠席してしまおうとも考えたのだが、遅刻が多すぎて出席日数が際どいラインにある俺に、そのような決断をする勇気はなかった。
しばらくして、学校に着く。すると、二時限目の授業が終わったことを示すチャイムがなる。そして俺は誰にも気づかれずに教室に入り込む。すべて計算通りだった。
「あれ、裕紀、いつの間に来たんだ?」
問いかけてきたのは幸生だ。俺の苦労の種をまいた張本人を見て、一発だけ小突きたくなったが、どうにかこらえる事ができた。
ふと、何かを思い出した様子の幸生は、机の中を探り始める。
「あぁ、そう言えばお前の机にメモが置いてあったぜ」
そう言われて机を見た俺だが、机の上にメモなんて見当たらない。
「無いが?」
「いや、置いてあったんだけど、風に飛ばされそうだったんで、俺が預かっておいた。そして、それがこれ」
机の中を探り終えた幸生の手には、確かにメモらしき紙が握られていた。そこで、俺はそのメモについて質問してみる。
「なんて書いてあったんだ? つーか、誰から?」
その問いに幸生は少し考える素振りを見せ、答える。
「あー、誰からってのはわからん。なにせ、俺が登校してきた時にはもう置いてあったしなぁ。」
そして、一呼吸置いて、幸生は確信を持って答える。
「ただ、差出人は女で間違いないだろう」
「何で?」
率直な疑問だった。何故、幸生は差出人の性別が分かったのだろう、その疑問は次の幸生の言葉で解決する。
「だって、メモの内容、『よろしければ一緒に帰りませんか? 正門の』前で待っています』だからなぁ。それで差出人が男だったら、俺は嫌だぜ?」
成程、確かにその文面で男からだったら、俺は発狂するかもしれない、そんな事を考えながら、俺は幸生からメモを受け取る。メモを開くと幸生の言う通り、几帳面な字で帰りの誘いと思わしき言葉が書いてある。しかし、差出人の名前はなく誰からの物かはわからない。
「女子、そして帰りの誘い、とくれば告白のフラグだな」
幸生が茶化してくる。
「茶化すなよ。第一、俺にはもう遥がいる」
「髪質の良い早川か?」
俺は幸生の言葉を無視する。しかし、そんな事も構わずに幸生は一方的に言葉を続ける。
「まぁ、でもな、遠距離で会えない恋人よりも、近距離でいつも会える恋人の方が気が楽だと思うがなぁ。ほら、遠くの何ちゃらよりも近くの何たら、っていうだろう?」
「それを言うなら、遠くの親戚より近くの他人、だろう? それに、意味が全然違うからな」
そんな会話をしていると、次の授業のチャイムが鳴り響いた。とりあえず、メモの件は放課後まで保留にしておこう、そう考えながら俺は授業の用意を始めた。
放課後、俺はメモが示す正門前に来ていた。しかし、そこには人っ子一人、誰もいない。状況から察するに、二つの可能性が考えられる。一つ目に、メモの差出人が単に遅れている可能性、そして二つ目に、メモの差出人ないし幸生に騙されているという可能性だ。
仮に、二つ目の可能性だったとすれば腹立たしい事で、即刻帰りたい所だが、一つ目の可能性が考えられる今の状況では簡単に帰るわけにはいかない。そこで俺は大体五時位まで待ってみることにした。
五時を回った。今までに校舎からは多くの生徒が出てきたが、そのほとんどがおれに目もくれず帰って行った。
この待ち時間の間、辛かった事が二つある。一つが気温だ。一応、今の季節は夏であり、夏用制服を着ていてもかなり蒸し暑い、そのため今俺の体は汗でベッタリな状態だ。そして二つ目に視線だ、というのも、俺がこうして待っている間、何人かの生徒が俺のことを見ていった。それだけならまだしも、俺を見て微笑した奴が数人いたのには、心が折れそうになった。
少しばかり傷ついた心を引きずり、帰ろうと歩き出した時、後ろの方から俺を呼ぶ声がした。
「桂木くん、待って!」
名前を呼ばれた俺は、サッと振り返るが声の主の姿を捉えられなかった、と言うよりかは声の主が駆け寄ってくる時に転倒したらしく、視界からフェードアウトした、と言う方が正確だろう。
「だ、大丈夫?」
咄嗟に俺は、メモの差出人と思われる、転倒した女子に駆け寄り、起き上がるために手を貸そうとした。だが、痛そうに顔を押さえる彼女は一言俺に「ありがとう」と言い、自力で立ち上がった。
「えっと、俺宛てにメモを出したのはあんた?」
今一番の疑問を彼女に問うた。彼女は転んだ際に乱れたショートの髪を整えながら頷く。そんな彼女に俺はもう一つの疑問をぶつける。
「それから、えっと、あんた誰だっけ?」
俺のその言葉にショックを受けたのか、彼女の顔が一瞬険しくなったように感じられる。しかし、ふと何か思い出したらしく、多少表情が和らいだように見える。そして彼女は、俺に精一杯の笑顔で話す。
「そ、そう言えば、昨日髪切ったから、だから分かんないのかもね。髪切る前は結構ロングだったし」
しかし、そう言われても俺には目の前にいる彼女の名前を思い出せずにいた。必死で記憶を探ろうと彼女の顔を観察していると、彼女が口パクで何かを伝えてきた。
「え? さ、い、と、う?」
その彼女からのヒントで彼女の名前を完全に把握した。
「あ! 西藤千夏か」
その答えに彼女は嬉しそうに頷く。どうやら、メモの差出人、つまり目の前にいる彼女は一昨日から俺が目撃した長髪少女、西藤千夏だったことが分かった。
しかし、ここでまた一つの疑問が湧いてきた。
「でも、何で突然イメチェンなんてしてみたんだ?」
その問いに西藤は少し恥ずかしそうに答えた。
「だって、昨日、桂木君がショートの方が好きって言ってたから」
その答えを聞いて俺は、全身の毛穴が開いたような感覚に襲われる。話から察するに、西藤も昨日の俺の髪フェチ暴露を聞いていたのだろう。そして、俺は心の底から幸生を呪ってやりたいと思った。
そんな事を考えている俺を余所に西藤は俺に問いかけてきた。
「ねぇ、それじゃ帰りましょう?」
「ん、あぁ」
俺は相槌を打ち、彼女と共に歩き出す。歩き出してから少し経った時、西藤が話しかけてきた。
「ね、ねぇ、さっき私の名前、本気で忘れてたの?」
「あ、うん。い、いや、分かってた。ちょっとからかってみただけ」
バレバレの俺の嘘を分かってか、西藤は寂しそうな笑みを浮かべる。
「そっか。本気で忘れられたかとヒヤヒヤしたよ」
この会話の後も何とか話を繋ぐことができた。
会話のネタも尽きた頃、ちょうど西藤の家の近くまで着いた。まぁ俺は西藤の家が何処にあるのかは知らないから、本当かどうかわからないが、本人が言うからにはそうなんだろう。
すると、西藤は突然立ち止まり、俺に問い始めた。
「ねぇ、桂木君、一つ聞いていい?」
「ん、何を?」
「あのさ、桂木君って今付き合ってる人とかいるの?」
「なんで?」
「なんでって、それは……」
西藤は顔を赤らめて、言葉を詰まらせている、と思いきや意を決したのか俺にこう言った。
「私、桂木君の事好きなの。だから、付き合って欲しいなって」
そう言い終えると、西藤は顔を真っ赤にして弁解を始めた。
「あ、ご、ごめんね。こんな話突然しちゃったりして、困っちゃうよね? ホントにごめん。今の忘れてね?」
西藤はそう言いながら、半ば逃げるようにその場から去ってしまった。西藤からの告白を受けた俺は、ふとある事に気付く。
「西藤についてって忘れてたけど、俺の家、正反対の方角だったな」
俺は今まで通ってきた道をまた戻っていく。家に着くのには、最低でもあと一時間位はかかるだろう。
帰宅してから俺はずっと机に向かっていた。それは、遥へ送る手紙を書くためであって、勉強をする等という優等生のような発想ではない。
普段ならば、十分程度あれば便箋の半分は埋まる程に話のネタが浮かぶのだが、今回ばかりはそうもいかず、机の上に置かれた便箋は真っ白なままだ。
きっと、いや、確実に西藤からの告白が影響しているのだろう。頭の中で朝の幸生の言葉が繰り返し、壊れたオーディオのように再生されている。
「遠くの何とかより近くの何とか、か」
ともかく、今の精神状態ではまともな手紙が書けるとは到底思えない。今回は遥には悪いが、一旦文通を休ませてもらうことにする。思えば、俺と遥が文通を続けていて、それを中断させたことは今まで一度もなかった。
「でも、一回くらいなら遥も許してくれるだろうな」
* * *
翌朝も俺は遅刻した。理由はいつも通り、寝坊だ。今回は一時限目が終わる前に教室に入ることができた。まぁ、遅刻は遅刻だが。
一時限の授業が終わり、休み時間に入ると、幸生が俺に話しかけてきた。
「おい、裕紀。昨日はどうだった?」
「何が?」
きっと、幸生はメモの差出人が誰だったのか気になっているのだろう。しかし、俺はあえてとぼけて見せた。
「おいおい、とぼけてんじゃねぇよ。昨日、誰と密会してたんだよ」
お前が知ってる時点で既に密会とは言えねぇよ、そう心の中で毒づきながらも俺は正直に答えてやった。
「西藤だよ」
「へぇー、で、どこまでいった?」
「どこまでも行ってねぇよ。ただ、お話をしながら帰宅しただけ。それ以上もそれ以下もない」
まぁ、告白を受けてはいるから、ただ二人で帰っただけというのは嘘だが、幸生にそこまでプライベートを明かしたくなかったので、そう言って誤魔化した。
だが、やはりそんな嘘などで幸生が納得するわけは無く、次のチャイムが鳴るまで質問は続いた。
放課後、しつこい幸生から逃げるため、俺はそそくさと教室を出て帰路へ向かおうとした。すると、偶然にも廊下で西藤とすれ違う。向こうも俺の事を認識していたらしく、西藤は振り返って俺を呼び止める。
「あ、桂木君、待って。今日はもう帰り?」
「ん? あぁ、そうだけど」
西藤の問いかけに俺はそう答える。すると、西藤は言葉を詰まらせながらも、俺に聞く。
「そ、それじゃあさ、また、一緒に帰ろう? 私も今帰るところだから。それでもいいかな?」
「あぁ、いいぜ」
特に断る理由も無かった俺は、西藤の誘いを受けて共に帰宅する事にする。家の方向は正反対だったが、どうせ俺がさっさと帰ったところで誰が得するわけでもないし、ただ退屈なだけだ。それならば、例え家の方向が真逆でも話し相手がいるというだけで、充分な退屈しのぎになるだろう。そう考えた上での判断だ。
今日の西藤は終始、上機嫌でクラスメイトの事を話してくれた。話の内容を要約すると、西藤のクラスメイトの男子が何を間違えたのか、姉の制服を着てきたとか何とか。西藤は思い出し笑いをしながらそんな話してくれた。あまりの馬鹿馬鹿しさに俺も思わず吹き出してしまう。
時間はあっという間に流れて行った。昨日と比べると、西藤の家に着くまでの体感時間がまるで違う。それだけ俺は西藤との会話を楽しんでいたのだろう。
無意識の内に俺は西藤に言う。
「それじゃあ、また明日な」
その言葉に西藤は嬉しそうに大きく頷く。
「うん。それじゃあ、また明日ね」
西藤は大きく手を振ってその場を去って行った。今日もまた小一時間の孤独な帰宅が始まる。俺は西藤との楽しい会話の余韻に浸りながら長い帰路へ向かう。
自宅前にて、俺は郵便受けに一通の手紙を発見する。差出人は遥だ。しかし、俺はここで多少の違和感を覚える。今まで、俺と遥は手紙を交互に、片方が手紙を受け取ったらそれに対して返事を書く、という事の繰り返しで文通をしていたのだが、今回は俺がまだ返事を書いてないのに遥から手紙が続けて来たためだ。俺はその場で手紙を開封する。そこには、こう書いてあった。
「ねぇ、裕紀。私たち、このまま文通を続けていけるのかな? やっぱり、直接会わないと本当の気持ちなんて分かんないよ……。それに、私の考えすぎかもしれないけど、私、裕紀のことを束縛してるように思えてくるの。だから、もし、裕紀が私で辛い思いしてるなら遠慮しないで言って、私は裕紀の意見に従う。きっと、裕紀の近くにも裕紀のことが好きな子はたくさんいるだろうし、いつまでも遠くに行った私が裕紀のこと独り占めしてるのも悪いだろうしね」
一行のスペースが空いて、次の段落からは涙と思わしき濡れた痕が点々と付き、震えた字でこう書かれている。
「ごめんね。急に変な手紙書いちゃって。でも、私、裕紀と離れてからその事が気になっちゃって。だから、本当のことを教えて。返信待ってます。遥より。追伸、例えどんな結果になっても私は裕紀が大好きだよ」
手紙を読み終えた俺は生きた心地がしなかった。ただ、今日はいつもより太陽が早く沈んでいるような気がした。別れの季節はもうすぐ其処まで来ているのだろうか。
続く
あとがき
こんにちは、雪鳥です。今回の作品は春季刊からの続き物です。しかし、今回で色々と進展しましたね。主人公君に好意を寄せるもう一人の少女の登場、そして、遥ちゃんからの別れを仄めかす手紙。そして、ついに決まりました主人公君のお名前(春季刊では名無しの権兵衛でした)。そしてそしてさらに、私の過去の作品「お憑かれ様」より友情出演(作者権限により強制出演)しました関口幸生君(彼のことをもっと知りたい方は文芸同好会ホームページにアクセス!)はまた後々皆様とお会いすることになるでしょう。(伏線とかじゃないですよ)
さて、ここで皆様にお話ししなければいけない事があります。話の発端は春季刊の後書きから始まりました。そこで、私は、今作品の登場人物、早川遥について、こう語りました。
「早川遥は私の実在する友人をイメージした人物です」と。
その後書きに関しまして、後の文芸同好会会員による反省会で、その実在する友人と私、雪鳥の関係を明言しろとのお叱り(?)を受けましたため、この場を借りましてお話をさせて頂きます。
彼女と私はただの幼馴染みで、まぁ腐れ縁とでも言うべきでしょうか、恋愛とかそういう理屈を抜きに、仲の良い異性の友人というだけです。それ以上もそれ以下もありません。
……今回は此処でお暇させて頂きましょう。
恋人いない歴=年齢の雪鳥がお送りしました。それでは、次のページへどうぞ。
追伸
あ、怒ってないですよ? 何か文面だけ見ると怒ってるようにも見えるかもしれないですけど、ホントに怒ってないですからね?