がしゃり、がしゃり、がらんがらん。夜明け前の真っ暗な空に、金属の粗雑な音が吸い込まれてゆく。
体格のいい青年が、ガラクタの山を踏み渡っていた。簡素な服をまとったその肩には、明るめな茶髪の少女が担がれている。少女の年頃はおそらく十代の半ばで、垂れ下がった頭でキョロキョロと周囲を見回していた。辺りには闇しか無いが、青年と少女には周囲の光景がはっきりと見えているのだ。
「ここらへんだろな、そうだろな」
男は奇妙な口調で呟いて立ち止まり、どさりと少女を下ろした。その動作は、お世辞にも丁寧とは言えない。
「痛いなあ、もう」
少女はぶつけたお尻をさすりながら、少し恨めしそうに青年を見上げた。しかし青年は少女のほうを見ず、右目を膨張させたり収縮させたり、あるいは取り出したりしながら手入れしている。
やがて青年は右目の動作に満足したらしく、奇妙な歌を口ずさみながら去っていった。
「ほろほろほろ、お仕事は楽しいのな」
「ちょ、ちょっと待って、私これからどうすれば――」
少女はスニーカーを履いた足を地面のガラクタに乗せて、立ち上がろうとした。しかし、不安定ゆえに大きくバランスを崩し、再び尻餅をついてしまう。
そうして地面に突いた両手には、奇妙な柔らかい感触があった。何かと思って下を見ると、そこにあったのは人の肌。さきほど連れられていた場所は金属的なガラクタの山だったが、今いる場所には無数の人体が転がっていた。
違う、人間の体なはずは無い。少女の中にある常識がその可能性を否定し、別の答えを導き出した。
――これは機人と呼ばれる人造人間だ。私と同じように。
そう結論付け、少女は力を失ってへたり込んだ。役目を終えた機人の末路が、こんなガラクタ置き場だったなんて。どんな形であれ、もう少し愛情を持って処理されるものだろうと彼女は思っていたのだが、現実は悲惨だった。
その時、突然、隣で倒れていた一体の少女が身を起こした。汚れてくすんだ銀の長髪を地面に垂らし、人間味の無い精密な動作で振り向く。
「珍しい、まだ意識があるの」
機械的な口調で言い、銀の少女は無表情のままガラス玉のような碧眼を向けてきた。いかにも機人らしいその仕草に軽く驚きながらも、茶髪の少女は笑顔で答えた。
「うん、私は故障じゃないらしいから。ここへ来る機人は、意識が無いことが多いの?」
銀の少女は頷いただけでそれ以上は何も答えず、探るように相手の全身をくまなく見回していた。この暗さでも見えるということは、茶髪の少女と同じ高感度カメラが内蔵されているのだろう。するとすぐに何かを理解したらしく、銀の少女は淡々と語り始める。
「軽度発達障害用医療機人、フィル・シリーズ三七号機。取得情報によって感情の定義を改変する新型思考プログラムを搭載し、極めて人間に近いコミュニケーションを可能とした。しかし蓄積データによって発生する不具合が翌年二月に発見、修繕は困難とされ全機回収、大部分は廃棄された」
音読ソフトのように滔々と告げるその言葉は、茶髪の少女に関する情報だった。自分の素性を客観的に語られたことに困惑しながら、少女は苦笑いと共に答える。
「へえ、詳しいんだね。欠陥があったなんて、私も知らなかったよ」
「処分の理由を機人自身に知らせることは通常しないから、三七号機が知らないのは当然」
その言葉は茶髪の少女からすると奇妙な文脈に思えたが、よく考えてみると、どうやら三七号機を呼称として認識されたらしい。相手が相手ではあるが、番号で呼ばれるのはあまりいい気分ではなく、少しむくれた様子で反論する。
「ちょっと、さすがに三七号機って呼び方はひどいよ。病院ではレイナって呼ばれてたから、良かったらそう呼んで」
「分かった、レイナ」
平板な口調で言って、銀の少女はやはり表情ひとつ変えずに首肯した。どうやら、彼女はあまり会話に適した思考プログラムではないらしい。
しかし何もしないというのも落ち着かないので、レイナはこの無口な少女との交流を試みた。
「ねえ、あなたはどこで働いていたの? 名前は?」
聞かれたほうの少女は特に面倒くさがるでもなく、かといって気乗りもせずに言葉を発した。
「配属は中央機人製造工場、内蔵電池点検ライン。型番はMu-Mk03、工場の職員からは三番と呼ばれていた」
中央工場といえば、国内の機人ほとんどを生産している大工場だ。病院から出ないレイナでも、それぐらいは一般常識として知っていた。
「あ、そうか、だから私のこと知ってたんだね。よろしく、トラジエム」
愛想のいい笑顔で差し出したレイナの右手を、トラジエムはジッと見つめている。そして再びレイナの目を見てこう言った。
「私は点検作業中に事故で両手を損傷して動かなくなった。だから、レイナの手は握れない」
言われて見ると、トラジエムの手は焼け焦げて人工皮膚が剥がれ落ち、だらりと地面に投げ出されている。金属や配線が露わになり、彼女の機械的な風貌を一層強調していた。
「それが、ここに来た理由なの?」
相手が生身の人間であれば、こんなことを聞くのは失礼にあたるだろう。しかし相手が機人であり、ましてやトラジエムのように淡白な性格であれば、気にされるようなことも無いとレイナは判断した。
トラジエムは先ほどと同じように頷き、まるで他人事のように話し始める。その話はどうやらトラジエムが破損した事故のことらしいが、難しい専門用語が散見しているためにレイナには理解できなかった。把握できたことと言えば、トラジエムの修復がコスト的に困難であるということぐらいだ。
「いつからここにいるの?」
「一週間前」
「他には誰かいるの?」
「意識があるのは、おそらく私たちだけ」
そう言われたレイナは、溜め息をつきながら辺りを見回した。地面を埋め尽くす機人たちは、様々な体勢で眠りに就いている。横たわる者、破損で半身を失った者、手足だけが地上に飛び出した者。人間そのままの風貌と、所々に露出した機械部が、いびつな残酷さを醸し出していた。
こんなところに長くいたら、気が狂いそうだった。レイナが人間に近い思考を持っているとはいえ発狂はしないだろうが、彼女の定義でいう不快の感情が溜まっていることは確かだった。
「こんなところに一週間も独りっきりかぁ。寂しいね」
トラジエムは首を横に振り、「そんな機能は無い」とだけ言った。
レイナは機人に詳しくはないが、作業用の機人に感情が要らないだろうことは分かる。トラジエムの答えもある程度予測できてはいた。
ならば何故こんなことを尋ねたのかと言えば、ただ話したかったからだ。レイナが仕事で会話していたのは、治療にコミュニケーションが必要な患者や医師たち、それに同僚の人間的な°@人たちだった。そのため、治療や仕事の妨げにならない程度の会話を続けることが、彼女の行動パターンとして自然に構築されていたのだ。
第一、レイナの蓄積データに同僚以外の機人は含まれていないので、彼女はトラジエムに言語障害者への対応を適用していた。そのため、積極的に話しかけて会話を引き出すという手段を用いているのだ。
「寂しくないのかぁ。でも、ここから出してもらえたら嬉しいんじゃないの?」
するとトラジエムは頷いた。もっとも彼女にとっての喜び≠ニは、責務を果たしたという情報に対して付けられる名前であり、レイナのそれとは根本的に違うものなのだが。
つまり、ここに処分された機人の責務とは、ここから出されることなのだ。しかしレイナは、まだその意味を正しく理解していなかった。
「私ね、ここまで運んでくれたお兄さんに聞いたんだよ。明日には、ここから出してもらえるんだって。大きなクレーンが来て、私たちを連れてってくれるんだって。そしたら、私の欠陥やトラジエムの両手も治るのかな?」
その質問に、トラジエムは首を振って否定する。
「それはありえない。私たちは解体されて再利用可能なパーツを取り出される。修理をされるわけじゃない」
当然のように語られたトラジエムの言葉に、レイナは目を丸くする。機人として使えなくなったから自分がここへ連れてこられたことは知っていたが、それ以上のことは、彼女を運んできた青年から聞いた話を信じていた。しかし、青年から聞いた話とトラジエムが語った話では、まるで内容が異なっていたのだ。
「どういうこと? あのお兄さんは、クレーンが私たちを幸せなところへ連れてってくれるって言ってたよ?」
食い違う情報にレイナは困惑していたが、トラジエムも抽象的な言葉の認識に難儀しているらしい。そのため、珍しくトラジエムのほうから質問を発した。
「幸せなところとは、どんなところ?」
「そこに行くとね、私たちの願いが何でも叶うんだって。好きなことをして、好きなように暮らせるって言ってたよ」
話を聞いてトラジエムが出した結論は、青年が嘘をついてレイナがそれを信じているというものだった。回収用クレーンに運ばれても願いは叶わないし、それどころか機人としての活動さえ終了してしまう。レイナの言ったことはありえない。
トラジエムが工場で働いている時、職員たちが廃品処理場の作業用機人について話しているのを聞いた。どうやら、処理場は外部の警備システムが厳重になっている分、内部で作業する機人は重要性が低いらしい。そのため、大施設にも関わらず内部では極端に低機能な機人が使われているのだとか。
さらに、処理場の機人は敢えて思考レベルを低く作ってあるとも言っていた。なんでも、必要以上に複雑な思考回路を持った機人に内部で作業をさせると、原因不明のエラーが起こって数週間で暴走してしまうのだとか。
レイナをここに運んできた機人も、おそらく会話が困難な思考レベルだったのだろう。そのためにデタラメなことを語ったのだとすれば、辻褄が合う。
トラジエムは間違いを正すため、レイナの言葉に反論をした。
「レイナは騙されている。ここで作業をしている機人は思考能力が低いから、支離滅裂なことを言ったりする」
しかしレイナはどうにも納得のいかないような困った顔をして、「そうなのかなぁ」と呟いている。
しばらく考え込んだ後にレイナは顔を上げ、決意の表情ではっきりと言い切った。
「ありがとうトラジエム。でも私、あのお兄さんの言ったことを信じたいの」
トラジエムの碧眼を包み込むように、レイナの暗褐色をした瞳が見つめている。その視線は決して鋭さは無いが、人間でいうところの意志を感じさせる光を持っていた。
トラジエムからすると不思議だった。レイナの認識における信頼度は、トラジエムよりも処理場の作業機人のほうが高いらしい。一体どのような情報を汲み取れば、そんな判断になるのだろう。
トラジエムが悩んでいると、レイナはさらに言葉を重ねた。
「あなたからしたら馬鹿かもしれないけど、信じるだけなら自由じゃないかな? だって、あなたが言ったことが本当なら、私たち、もうすぐ死ぬんでしょ?」
微笑みながら言ったレイナの言葉に、今度は即座に反論できた。
「死ぬという表現は機人には用いない。私たちは機械の延長線上にある存在で、生命体ではない」
これは中央工場の機人でなくとも分かる、常識的な見解だ。しかし、あろうことかレイナはその常識すら否定した。
「そんなこと、分からないよ。私だって、中身は機械かもしれないけど、ものを感じて、考えて、人間と同じ過程で行動しているんだもの」
機人には相応しくないその言葉を聞いて、トラジエムは先ほどから演算し続けていた一つの可能性を確信へ変えた。彼女は、レイナの欠陥が不具合として発現したと判断したのだ。
フィル・シリーズの欠陥は、自らの機能停止という概念を処理した時に発生する。その概念は蓄積データ内に作られた死≠フ定義と短絡してしまうことがあり、機人としての行動理念を侵蝕する現象が起こるのだ。
つまり、機人でありながら機能停止の認識を恐怖し、認識することそのものを忌避するようになってしまう。結果として、些細なことから回避行動や自己改変に走り、任務に支障をきたすのだ。
原因は、初期設定として存在している定義に蓄積データが干渉するという新システムであり、対処として機能停止の概念のみを不可変にすることで不具合を防止できる。しかし、すでに変更された概念は修正が困難であり、実用化済みの機体は全て回収された。
トラジエムの推測では、レイナの思考に不具合が起こっている可能性が高い。自らの機能停止を死≠ニ呼んだり、情報の取捨に偏りが生じたりしている点からすると、まず間違いは無いはずだ。
「多分、レイナの思考には不具合が起こっている。そのために異常な判断をしているだけ」
「それでもいいの!」
今まで優しく微笑んでいたレイナが、自らを奮い立たせるような表情で声を荒げた。無闇に大声を出さないことは医療機人として当然のことだが、今の彼女は優先順位が倒錯しているらしい。
もはやレイナは機人としての束縛を外れ、何か別の――あるいは何者でもない――ものへと変化しようとしていた。
「ただの機械だって言われても、私がこうやって感じていることだけは疑えないから。私は信じたいの。こんな私にも、救いはあるんだって」
レイナは、人間さながらの真剣さで訴えかける。しかし、彼女の思考が機械的なものであることが、トラジエムには理解できた。
フィル・シリーズには人間性を向上するために、対話で得た情報によって自らの認識を改変する機能がついている。これによって革新的なコミュニケーション能力を得たのだが、レイナの場合は行き過ぎだ。機人が持つべきではない死生観まで作り出し、もはや現実逃避とさえ言えるほどに認識が歪んでしまっている。
トラジエムの反論を待たず、レイナは話し続けた。
「私ね、これから天国に行くんだと思うの。人間で言うところの天国が、きっと私たちにも与えられているんだよ」
トラジエムはレイナの言葉から誤りを正すために思考を重ねたが、なかなか答えを出せない。作業に関する質問に答えるのがトラジエム本来の会話であり、抽象的な思考は得意でないのだ。
レイナはぼんやりと遠い夜空を見上げながら、トラジエムに語りかけた。
「願いが叶うんだったら、私の世話をしてたお医者さんに会いたいなぁ……。トラジエムには、大切な人はいる?」
質問を受けたのでトラジエムは思考を一旦中断し、聞かれたことの答えを考えた。大切な人とは、おそらく蓄積データの中に最も多く情報が入っている人のことだろう。記憶領域を検索した結果、トラジエムの中にダントツで多くの情報を残している人間がいた。
「それはきっと、ジンという工場職員。私に名前を付けたり、私を整備したりしていた人」
「へぇ、じゃあ、その人に会いたいんだ?」
その質問は、トラジエムを多少なりとも悩ませた。彼女が仕事をする上で、職員のもとを訪ねて指導や点検を求めなくてはならない時もある。しかし、今は仕事の最中ではない。よって、人と会う必要は無い。
しかし彼女にとって、ジンは重要な人間と認識されていた。彼がトラジエムを整備したり、様々な知識を授けたりすることで、彼女の助けとなることが多いためだ。そういう点で考えると、ジンに会うことは自分にとってプラスとなるだろう。仕事など無くなった今でも、その認識は形骸的に残っていた。
「早急に会う必要は無いけど、潜在的なメリットを考慮すると、会ったほうがいい」
「じゃあ、トラジエムはその人のことが好きなんだね」
レイナはトラジエムに微笑みかけて、さも当然のように奇妙なことを口走った。機人が人間に対して好きだ嫌いだと言うのは、全く必要の無いことだ。しかし、それ以上に根拠のある反論は見出せなかった。
人間における好き≠ニいう感情を、自分に――精神面も含めて――メリットを与える相手に対して感じるものだとした場合、どうだろうか。トラジエムがジンを必要としていることは、好きという言葉で表されるのかもしれない。
「好きという言葉の定義次第では、そうなるのかもしれない」
その答えを聞いて、レイナはとても嬉しそうだった。綺麗な石を見付けた子供のように、キラキラと目を輝かせている。
「トラジエムのこと、ちょっと人間らしいって思っちゃった。誰かに優しくされて好きになるのって、人間も同じだもの」
レイナの言葉を受け取ったトラジエムは、どうにも曖昧な状態になった。思考の原理を考えれば、人間らしいというのは大きく間違っているが、結果としては人間らしい結論を出していることも認められる。レイナの言っていることが正しいのか間違っているのか、今一つ判断ができなかった。
考えあぐねるトラジエムに、レイナが優しく語りかけた。
「きっと、天国に行けばその人にも会えるよ。だって、どんな望みでも叶うんだもの」
レイナの言っていることは間違っている。トラジエムは本来ならば反論すべきなのだが、なぜかあまり意欲が起きなかった。事故の影響で思考回路が今さら劣化して、判断が鈍っているのだろうか。それとも、レイナと話すうちに自分の行動理念が書き換えられてしまったのだろうか。
様々な可能性を検討してみたが、今のトラジエムにとってはどうでもよかった。思考レベルが下がりつつあるのなら、無闇に反論する必要は無い。
「トラジエム、想像してみて。あなたは、いつでもその人と一緒にいられるの。一緒に話したり、一緒に仕事をしたり、仕事以外のことだって、何でもできるんだよ」
そう言われてトラジエムが呼び起こした記憶は、かつてジンと共に仕事をしていた時のものだった。その時、彼女は確かに喜びを感じていた。それがジンと接することの喜びなのか、仕事を進めることの喜びなのか、ろくな思考ができない今となっては判断しかねる。
そろそろ、事故の影響が本格的に出てきたのだろう。それを危惧して、彼女はここへ送られたのだ。今の状況からすれば賢明な選択だったと、トラジエムは判断した。
判断材料として呼び起こした情報の中に、何か不可解な映像があった。思考にノイズが交じる。違和感の正体である映像が、勝手に再生された。
――私がここへ送られる日、工場の前、数人の人が付き添いで外へ出てくる。みんな知っている人、工場の職員たち。その中に、ジンがいた。彼の手が優しく私の頬に触れた。彼は泣いている。どうして? そんな彼に目もくれず、私は輸送車で連れられていった。
あの日、一瞬だけ見た光景。特に呼び起こす必要もなく、埋もれていた記憶。なぜ今になって思い出したのだろう。きっと、精度の下がった情報検索で何かと間違って出てきたのだろう。
「ねえ、トラジエム、悲しいの?」
思考の海に浸っていたトラジエムを、レイナの言葉が唐突に呼び戻した。向かい合うレイナが首を傾げて、トラジエムのほうを見つめている。
レイナの質問に答える言葉を、トラジエムは持ち合わせていなかった。今自分が何を考えていたのかもよく分からないし、悲しみという感情も上手く認識できない。
「分からない。どうしてそう思う?」
「いや、なんとなくだけど。うーん、経験と勘かな?」
はぐらかすように言って、レイナは笑った。様々な患者と意思疎通してきた彼女の中には、人間の心理に関する多くの統計が蓄積されている。その中から類型を探して、トラジエムの心情を予測したのだろう。
レイナの推測は、合っているのかもしれない。トラジエムはそう思い始めた。
理由も分からずに過去の記憶を思い出す、それも、自分が人と決別する場面を。これは、人間に当てはめれば追慕の情と言えるのかもしれない。
「悲しむ必要なんて無いんだよ。だって、これから会えるんだもの」
そう言って、レイナは遠くに視線を馳せた。
無数の施設郡が立ち並んだ凹凸だらけの地平線に、柔らかな光が少しずつ這ってゆく。薄闇の空も鋼色の雲も、あたたかい黄金色に染まり始めた。
いびつな大地から太陽が昇る。無機たちの嘆きが宿るガラクタの世界に、暁光の腕が伸ばされる。朝が訪れる、昨日と明日が触れるこの瞬間に。
「きれい……」
静かに呟いたレイナの目尻から、光の雫が零れ落ちた。
二人は肩を寄せ合って、大きな太陽を見つめている。レイナの涙滴も、トラジエムの無表情も、打ち捨てられた人造の肉体も、全てが朝焼けに包まれてゆく。
涙を拭きながら、レイナは照れくさそうに言った。
「ゴメンね、私、涙もろくってさ。なんか、感激しちゃった」
レイナは泣きながら、少し寂しげに笑っている。トラジエムはレイナを一瞥した後、再び朝陽を見つめながら静かに言葉を紡いた。
「でも、涙が出る機能が私に付いていたなら、私も今、泣いているような気がする」
「じゃあ、トラジエムも私と一緒だね。嬉しいよ、私、独りじゃないから……」
愛おしむような手つきで、レイナはトラジエムの左頬に触れた。トラジエムは拒まない。むしろ、懐かしく心地よかった。
――今、目の前にいるのは重要な人、私の好きな人。
トラジエムはレイナの頬に触れるため、右手に信号を送った。もはや動くはずの無い壊れた腕、その指先が微かに動く。それに気付いたレイナは、トラジエムの手を取り、自分の頬に導いた。皮膚の剥がれた、肌触りの悪い手――しかしレイナは幸せそうに目を細めている。
トラジエムとレイナは愛し合う人間のように、二人だけの世界で向かい合う。そして、朝陽に切り取られた二人の影が、ガラクタの上で優しく重なった。
されど後書きは竜と踊る……かも?
ゎはーーい、毎度お馴染みかもしれない的な鬼童丸だったりしまーす。うわ、今の一文でワープロの校正機能が頑張りまくってます。
今回は企画作品です。企画内容は前書きにもあるので書きませんが、随分と難儀させる企画ですよね。誰のせいだー(お前だよ鬼童丸)
この小説はもともと構想があったんですよ。最初の設定では、粗大ゴミとして処分される家電が集積所で会話する話でした。
そこへ企画の話が舞い込んだので、色々と迷った挙句にこの話を企画作品として選びました。本筋は一緒ですが、人造人間だからこそ書けた部分もありましたね。
ちなみに、この小説では人造人間のことを機人と表現していますが、これは人造人間やアンドロイドが言葉として重いので扱いづらかったためです。読み方はきにん≠ナもきじん≠ナもあんどろいど≠ナも支障ありません。
余談ですが、私の好きなライトノベルでは人造人間の呼称として擬人≠ニいうのがありました。なかなかいい表現ですよね。
では、人物紹介を。
○トラジエム…物知りな作業用機人です。企画で設定が決められた設定の通りです。それにしても銀髪ロングの少女とは、すごいデザインの作業機人ですよね。設計者でてこーい。
彼女は作中では一般的なタイプで、会話の中で情報を得ることはできても、それを使って自己改変することはできません。そのため、基本的に価値観が変化しないようになっています。
また、彼女がいちいち難癖をつけるのは、間違ったことを言われたら是正するという行動パターンが組まれているためです。なんか、色んな意味で私みたいですね。「あなたの感覚は擬似的なものに過ぎない」とか言いそうですし。
後半では彼女に視点が移動します。当初はレイナだけの予定だったのですが、トラジエムの機械的思考が人間性に近付いていく過程が面白そうだったので書いてみました。
○レイナ…作中では最新鋭の機人です。彼女は自分の体験に基づいて自己改変が可能なのですが、こういった学習能力こそロボットが人間に近付く上で必要だと思います。私が小学生の頃からの持論です。誰か作ってくれませんかね。
彼女は人間の価値観を柔軟に取り込んでいるので、書く上で制約が少なくて楽でした。また、そもそも会話が仕事なんで、行動理念を深く考える必要もあまり無いかと思います。
○青年…処分場の機人です。異常な環境で働いているので、ちょっと正気でない性格として描きました。多分、レイナのような機人がこの仕事をやってたら、すぐに不具合を起こして暴走するのでしょうね。
○ジン…工場の職員です。人だから音読みでジン=Aもっと言えば擬人のジンです。なぜ擬人かと言えば、彼がトラジエムを人のように扱っていたから。物に愛着を持ってしまうのは、人間らしいことだと私は思っています。そういう点、彼は人間らしさの象徴のように描きました。登場こそしないものの、トラジエムに大きな影響を与えた人です。