『ラブコメは時間旅行の後に』
1 素顔、双子
ネットを開けば、ぼくでも日本経済がぼろぼろになりつつあり、うつ病が広がっている様が手に取るように分かる。基本的にこの国は疲れているのだ。
だから、遅刻ぎりぎりで神岡ココロが教室に駆け込んできて、ぼく――飛騨翔太――の隣にある彼女の席について「疲れたぁー……」と干からびた様な声を出していても、ぼくは日本経済の疲弊の末端を見たような気分になっただけだった。
しかし、声ががらがらを通り越して旋盤の切削音みたいになってるな……とか思いながら、声をかける。
「お前、部活の朝練?」
「ああ、翔太……死にそう」
いきなり瀕死だった。
「死ぬなよ」
「うん……とりあえず朝練じゃない、朝練とは呼ばない。毎日が本番なのロボコンは」
そりゃ疲れる訳だ。ココロはぐはーとか言って机に突っ伏し、もごもごと言葉を続ける。
「重量削りであっちこっちのパーツをmagnesium合金にしてんの。もう削るの疲れたよ……寝不足も酷いし」
こいつ、女子のくせにロボコン部所属なのだ。ロボコン部と言えば、国営放送に出るあれ。作業が日付をまたぐ事もあるとかいう糞ハードな部活である。高専クオリティ。
「一昨日は学校に泊まったの、で昨日は遅くまで作業して、家に帰ったらもう日付が変わってるじゃん。その後一時間くらいかけて、半分寝ながら夕食を食う訳よ……」
「末期だな」
「うん。で、風呂入って出た後ゲームす――」
「おい待てっ」
机の上に出していた数学の教科書でココロをぶっ叩くと、彼女は頭を押さえてうーと呻きながら机に突っ伏した。
「何で叩くの? バカなの?」
「寝ろ! 寝不足なら」
「うん。数Tはちょっと余裕あるから寝るわ」
「ちげーよ授業はちゃんと受けろゲームする暇があったら寝れば良いだろって話!」
彼女はかっと目を見開いてぼくを睨んだ。
「じゃあ、いつすりゃいいんだよゲームは人生だっ!」
「ふざけんなっ! 知るかっ!」ロボコン部の先輩辺りだと、多分その辺りの時間の使い方は上手いんだろうなあ。恐ろしい。
このタイミングでチャイムが鳴って数学の窪田先生が教室に入ってきたので、ぼく達は会話を中断して立ち上がった。号令をかけて着席し、授業が始まる。
基礎数学Tの授業の間、ココロは宣言通り机に突っ伏して寝ていた。もういっそ留年しろ。
**
「そういや、お前って何か部活やってたっけ」
ココロがぼくに尋ねてきたのは、基礎数学Tの授業が終わった後だった。二時間ぶっ続けで寝ると流石に顔色が良くなって、声色もいつもの舌足らずな声に戻っている。
「ああ、文芸部。でも週一だな。毎日家でちまちま原稿書くから何か微妙だけど」
滅茶苦茶恨めしそうな目で見られて「いいなー楽そうだなー死ねばいいのにつーか死にそうだよ」とか言われた。
「ゲームやる余裕があるのは二人とも変わらないだろ?」
「うん、ごめん」
ココロは素直に謝った後、じゃあと切り出す。
「放課後は暇なの?」
「暇だけど、何で?」
「いや、大した用じゃないけど……私に付いてきてくれればいいよ?」
「気になるだろ、教えろ」
「いやっ、ちょっとここじゃ言えないからさっ、うん」
結局、その後ココロからは何も聞き出せなかった。次の授業が始まって聞けなくなって、その後すっかり忘れてしまったのだ。
思えば、確かにこれが全ての始まりだった。
**
放課後、ココロに引っ張られていかれたのは校舎の裏だった。ポンプ室なんて書かれたプレートの付いたドアのある辺りである。
「えっと、えっとさ、翔太……」
「お、おう、何だ?」
「そろそろお前には言わないとなーとは思ってたんだけど、えーっとさ……」
「うん……」
「……ぅー……」
もじもじして、もごもごと口を動かしていた。ココロの顔が赤くなってくるのが見えた。ぼくまで少し恥ずかしくなってくる。
「だーかーら、実は私はっ…………翔太危ないッ!」
ココロが飛び掛ってきて、ぼくを突き飛ばした。耳元をひゅっと風が通り抜ける。
どうにか倒れないように踏ん張った後、ぼくの視線はココロの頭の向こうに引きつけられた。
まだ浮き上がっていた、銀色の長い髪が重力に引かれて落ちるくらいの間。ほんのコンマ数秒の間に、少女の姿はぼくの目に強烈に焼きついた。銀色の髪、透き通るような白い首筋、素朴なワンピース。
そしてその掌から伸びた金属棒が猛烈な違和感を放っていた。よく見れば棒は回転しているようで、微かにモーターの機械音が響いていた。
電動ブレーキの動作音がして一瞬でモーターが止まって、やっとぼくは気付く。あれは、ドリルだ。
少女が言う。
「衰えてないですね、ココロは」
「てめえっ!」
呆けているぼくの前で、ココロは怒鳴った。ぼくも我に帰って叫ぶ。
「ココロ危ないっ!」
すでに少女は攻撃態勢に入っていた。手の先のドリルが回転すると同時に地面を蹴って飛ぶ。ココロに向かって、まっすぐに。
ぼくは、反射的に目を閉じた。
そのまま数秒が経った。するはずの音は何も聴こえてこなくて、校舎の外の道路を車が通る音と、微かなモーター音だけがしていた。
ぼくが戸惑って目を開けようとした時だった。
「――ひゃんっ」
少女の声。驚いて目を開けると、ココロが少女を後ろから抱きすくめて、首筋を撫でていた。
「私に勝とうなんて百年早いっ!」
銀髪の肩越しに、ココロと目が合う。
「あー、えっと……うん」
「うっせ見るな」
頬を上気させた銀髪の少女、少女を後ろから抱きすくめる同級生。ぼくは、彼女達を呆けて見つめていた。
ココロは少女の髪の生え際をまさぐって、やがてある一点にたどり着いて指で押した。少女の体から力が抜ける。
「よし、再起動三分かかるからその間に武装解除して……」
「ココロ、校舎の中から先生来る」
「やばっ、担げ」
訳の分からないままぐったりした少女を背負って、ぼくはココロを追って走り出した
**
こういう時に飛び込める場所というのはそうそうなくて、唯一使えそうだったのは我が文芸部の部室だった。とりあえず部屋中のカーテンを閉めて、パイプ椅子を並べて彼女を寝かせた。
「ここを開けて……うわ、良いなこの刃、工房のおんぼろボール盤に付かないかな」
ココロが彼女の体から刃物をどんどん抜いていく間、ぼくはずっと彼女らに背中を向けていた。目の毒だ。
「終わったよ」
そう言われて振り向くと少女のワンピースがはだけていて、微かに赤くほのめいている肌が見えてしまい、ぼくは慌てて後ろを向いてココロに怒鳴り散らす。
一通り怒鳴った後に、聞いてみる。
「何なの、こいつ。人間?」
ぼくが訪ねると、ココロはため息をついて言った。
「ドリル見ただろ? アンドロイドなんだよ」
「アンドロイドって、お前な」
「未来から来たの、私はこいつと同型のアンドロイド。信じろ」
振り返ると、彼女はいつもの意志の強そうな目をしていて、嘘をついているようには見えなかった。
ココロは黙ってシャツの胸元をはだけさせる。彼女が皮膚を少し強くつまむと、現れたスリットから鈍い金属の色がのぞく。
「信じろ」
「う、うん……」
突然のことに動揺して、言葉が返せなかった。気まずい沈黙を破ったのは、んーぅにゃあぁという、少女のうめき声だった。
「あ、やっと再起動終わった」
起動音の代わりなのだろうか。近づいて少女の顔をのぞき込むと、ぱっちりと目を開けた彼女と視線が合った。
「あー、えっと……」「どけ」
ココロに押しのけられて、ぼくは情けなく思いながら部屋の隅に退散する。
「まず久しぶり、トラジエム」
「……2068年の10月27日から、マイナス五十六年と二日ぶりです」
ココロとトラジエムと呼ばれた少女はしばらく見つめ合っていた。ふいにココロが弱々しく笑った。
「で、迎えに来てくれたの?」
「はい。もう完成したので、連れて帰れます」
ココロはしばらくの間、何も言わなかった。放課後の校舎に、部活の生徒たちの声だけが響いている。やがて、小さな声で言う。
「そっか、分かった」
それっきり二人はまた黙りこむ。
部屋が沈黙に満ちていたせいで、割と早く廊下の足音に気づけた。早足で、この部室に近づいてくる。
ドアが開かれた。文芸部の顧問のマリ先生だ。
「誰だ教室勝手に使ってるの、は……」
ぼくたちに気づいて、先生の目は丸くなっていった。世界が終わる瞬間を眺めるような気分で、ぼくは先生を見つめていた。
「おい、飛騨、神岡……ああ」
「あ、あのですね……」
ぼくが震える声で返事をした時、先生はぼくたちを見ていなかった。視線を宙に泳がせて、ちょっと考え事をしているようだ。
「いや、待てあー……なるほどな」
やがて状況を理解したらしく、にぃっと笑った。
「ココロ、やっとお迎えが来たぞ?」
ココロは黙って頷いた。ぼくは状況が理解できないままに立ち尽くしていた。
**
「いやー、私が帰ったらアパートの前でこいつが丸くなっててさ」
マリ先生は部室のパイプ椅子に座って話していた。ぼくが状況を説明してくれと頼んだら、足が疲れるとのたまいやがったので運んだのである。基本的に生徒の前では『理想の女教師』っぽく振る舞ってるけど、ある程度深く関わる相手には素が出てしまうのである。そして、ぼくの属する文芸部は、先生がもっとも素を出す場所の一つだった。
「で、服脱いでアンドロイドだって証明しやがったんで警察に連絡するわけにもいかなくなって、とりあえず我が家に住ませる事にした」
適当だなおい。
「でもって、昼間退屈そーにしてたから『私の学校に来いよ』って」
「本当に、適当ですね。戸籍とかないといけないんじゃないんですか?」
ぼくが聞くと、先生はふっと笑う。
「いや、まあ校長の娘なんで、そこら辺りはどうにかなった」
そう、マリ先生は校長の娘なのだ。それにしても、法人化したとは言え都立と銘打った高専である。大丈夫か、この学校。
「でー、こいつ結構すぐに学校生活にとけ込んでさー。最近はなーんだと思ってたんだが……」
先生が話を切り、代わってトラジエムが話しだす。
「……ココロがこの時代に来たのは、時間航法装置のテスト中、装置が暴走したから」「もう安定した時間航法が確立されましたから、未来に帰るのは可能なんです」「それで、私が迎えにきました」
ぽつり、ぽつりと吐き出すトラジエムの話し方は、内容がぶっ飛んでるのに驚くほどすっとぼくの胸の中に染み込んでくる。つまり、ココロはぼくの前からは居なくなって、本来居るべき場所に帰ると言うことだ。
「あー、そっか…………了解」
ココロは、吐き出すように言った。
「極大点は?」
トラジエムはぼく向けに「いつでも時間を越えられる訳じゃないんです、別の時間軸どうしがねじれとかで接近してる点じゃないと」と解説してから、ココロと凄まじい早口で会話を始めた。ぼくは、唖然として二人を見ていた。
だから、先生が声をかかけてきたのは、ぼくを見かねての事だったのかもしれない。
「おい、飛騨」
「何ですか?」
いつも通りを装ってマリ先生に返事をした。先生は少し迷ったようにした後、「いや、何でもない」と言った。
2 言えなかった言葉
神岡ココロは今日も遅刻ぎりぎりで教室に駆け込んできた。昨日ロボコン部をさぼったせいで朝の作業が大変だったのかなーとか色々考えていると、ぼくの隣までたどり着いた彼女と目が合った。
「……お、おはよう」
「お、おう」
そのまま席に着く。妙にぎこちない空気を察して、反対側の隣の堀口が声をかけてくる。
「おい、お前らどうした。お前フられた?」
「告ってもねぇし……いや、何でもない」
昨日の会話で、この事は誰にも言わないという事を約束していた。まあ、言ってもしょうがないし。頭が変になったと思われかねないし。
チャイムが鳴って国語教師が入室し、ぼくは何か言いたげな顔をしている堀口を無視して立ち上がった。結局、どれほどの非日常がもたらされようと、ぼくの日常は大して変わらない。これからも、ずっと。
**
ココロはずっと貧乏症な奴だと思っていた。昼に一緒に食堂に行くと、大盛りのライスと味噌汁だけ注文して、百九十円で食事を済ますのである。栄養バランス? なにそれという彼女の、おおよそ女子らしくない昼食を、男子生徒は「神岡まんま」と読んで恐れる。最後は猫まんまするのだ。
だけど、その日の昼に神岡まんまを見た時、ぼくの気持ちはむしろ暗くなった。ひょっとしたら、ココロに味覚なんてないんじゃないか。栄養バランスも動力が違うから関係ないんじゃないかと思ったのだ。
それはそうと、たまたま周りにクラスメイトの集団が固まってしまったのが今日のぼくの不幸だった。
きっかけは、隣に居た堀口に話しかけられたことだ。
「なー、今日、お前らやっぱ変だよ」
「そうか?」
「そうそう、ケンカ? 悪阻? 不倫?」
何でだよ。堀口とぼくの会話を聞いて、クラスメイト達が勝手に盛り上がりだす。
「授業中ノートの貸し借りしてなかったぞ」
「そういえば、授業中の手紙も回してなかった」
いつもだってしてな……そういえば、教科書貸してとかでメモ渡したりはするけどさ。
「今日、神岡ちょっと匂いが変だった」
お前何者だ。
昼食を食べきったココロが、ばんと手を突いて立ち上がった。
「……お皿、返してくる」
そういって立ち上がったココロは、そのまま食堂の外へと出て行ってしまった。
「あーあ逃げられた」
「おい、飛騨、追え」
「そうだ追えヘタレ」
クラスメイトが勝手なことを言うが、悲しいかな。ぼくは丁度Lカレーを食べ終わり、これ以上クラスメイトの視線に晒される度胸もなかった(LカレーとはカレーライスLサイズ、リーズナブルにして栄養の偏らない食堂の定番メニュー。三百四十円也)。
「……返してくる」
結局ココロと同じ事を言って立ち上がった。後ろからやじが飛ぶけど気にしない。だって、あいつらは何も知らないんだぜ? 無邪気に騒いでるだけだ。
ぼくは手早く皿を返却し、給水機で水を飲んでから食堂の出口へと向かった。歩き出してから、いつもより早足で歩いているのに気が付いた。
**
とはいえ、席を立った時点で、既にココロは見えなくなっていたのだ。追いつくはずもなく、結局ぼくは食堂を出たあたりで辺りを見回し、溜息をついた。追わなくても別に問題ないとか次の授業にどうせ出るだろとか色々な思惑が頭の中を巡り、結局ぼくはだらだらと歩き出す。
ココロを追うわけではない。
階段を登り、三階の廊下を歩く。食堂の真上に図書室があって、昼休みは本を借りて読むことにしているのだ。
投げやりに財布に仕込んだパスを押し当て、図書室に入る。文庫本の棚で、一つ目の棚の裏側を見る。ぼくは『端っこから全部読んでいく』というアホ極まりない事をやっていて、表の面はもうクリアして裏面に突入していた。
いつもどおり一冊手にとって、窓際の席に向かう。まあまあ面白そうなライトノベルだ。
最初のページを開く。
『西暦三千四百年、人類は妖精さん≠ニ呼ばれる巨大生物との生存競争を戦っていた。クワノキ村の少年ジョッシュは――』
決してぼくの好みではないけど、『全部読んでいく』のルール通り読み進めていく。十ページくらい読んだところで少女が人物の名前を呼ぶシーンがあって、誰だと思って読み返してみて愕然とした。読んだはずのページをろくに覚えていない。
「面白いですか? それ」
反射的に振り返ると、銀色の長い髪をしたトラジエムが出会った時と同じ無表情で立っていた。
「き、君学生じゃないでしょ」
「……一番大変だったのは偽装パス作るの。三十二秒かかりました」
「はぁ……で、何の用?」
「面白いですか?」
何も答えられずにいると、トラジエムは後ろからラノベをすっと取り、ぺらぺらとページをめくりだす。三十秒ほどで最後のページまでめくってしまう。
「文体0.1、ストーリー0.2、キャラクター0.3、ネタ0.4、十段階評価です」
「それで読めるんだ、っていうかさり気無く酷評だね……」
「五十年の技術の進歩を舐めちゃ駄目。私もココロも最先端技術ですけど」
そう言って、トラジエムは溜息をついた。それっきり言葉は途絶えて、しばらくの間空調の低いうねりと、窓の外の道路をトラックが走る騒音だけが聞こえていた。
「こっちではココロ、どうですか?」
「いや、全然普通の奴だと思ってたんだけど……」
「そうですか、当たり前です」
当たり前って何だよ。聞き返そうとした時、後ろから先生の声がする。
「トラジエム、どうやって入った」
トラジエムがぼくの時と同じ「……一番大変だったのは偽装パス作るの。三十二秒かかりました」という答えを返し、先生がぼくの隣に座る。
「よっこらせ」
一応、女教師だろお前。よく見ると目の下にくまが出来ているし、心なしかいつもの覇気がない。見かねて声をかける。
「先生やつれてますね」
「いや、こいつもとりあえず私のアパートに泊めたんだ。アンドロイド二人は、ちょっと勘弁して欲しい」
話を聞くと、トラジエムがココロから色々聞き出そうとし、ココロが一々突っぱねるという会話を夜通し繰り返していたそうだ。何だよその不毛なやりとり。
「いや、しかしだな飛騨。あいつ、基本はツンツンだから」
「何の話ですか。萌え要素は良いですよ」
「最初は学校に来いなんて言っても『やーだー早く帰りたい』とか言ってたんだよ。だけど、説明会に連れてったら急に前向きになった。お前何か知らないか?」
「学校説明会ですか? 別に何も……あっ」
その瞬間、ぼくは余りにどうしようもない真実に思い至って、軽く眩暈がした。
「ん、どうした飛騨」
「いや……もうチャイム鳴るんで教室に戻ります」
実際にはまだ余裕があるけど、そんな事気にしてる余裕はなかった。
「お、おい待て」「……先生、あの様子。多分何かあります」「そっか、今度ネチネチ聞き出すか」
後ろで自分勝手なことを言ってる連中を放置して、ぼくは図書室を出た。教室に向かう。
教室に入ると、自分の机に突っ伏して寝ているココロが見えた。少し迷ったけど、結局クラスメイトのいる中で確かめる度胸がなくてスルーすることにしてしまった。
**
放課後、ココロを尾行して工房の前で捕まえた。
「何だよ、うざいぞお前。変なこと聞いたからって……」
「ぼく達、中学生の頃会ってるよね?」
「っ……」
やっと思い出した。同じクラスになっても、思い出さなかったのに。
説明会の時に、校舎の中を勝手に見回っていた時にココロに会ったのだ。彼女は迷っていて、学校の出口すら分からなくなっていた。見かねて声をかけたのはぼくだ。すっかり忘れていた。
「うっせー……まあ、それで『別にこの時代も悪くはないか』って思ってだな、ほんの暇つぶしのつもりで……あー……ぅー……お前のせいなんだからな」
「うん、何て言うか……忘れててごめん」
「バカッ、それだけじゃなっ……高専祭見に行った時、ロボコン部の発表で隣で騒いでただろお前っ、まだいっぱいあるぞ、入試の時は隣の机に居たしっ……!」
馬鹿じゃないかお前。本当に、馬鹿な奴だ。
「でさ、同じクラスになって席が隣で何が『これから一年よろしく』だよ死ねよ本当に、こんなに可愛い子をどうして忘れるかな!」
「いや、だから本当にごめんって」
ココロは目を真っ赤にしてうーとうなる。
本当に、ちょっとした偶然の積み重なり。彼女がここを選んだ理由が、それだ。
「分かった、多分全部思い出した」
「まだある! いっぱい」
「嘘だろ!」
「うん、嘘」
「おいっ」
べーと舌を出す彼女はあまりにもいつも通りの彼女で、そしてぼくらはいつも通りのぼくたちだった。そのまま自分の気持ちを伝える事だって出来たはずだ。
ぼくたちの間に割って入ってきたのは、トラジエムの無感動な声だった。
「お二方」
油の切れたロボットみたいに首が動いた。
「旅立ちは明日の夕方。すみません」
彼女の声は、やけに虚ろに響いた。
3 離別、現実
その日の夜は考え事をしている内に明けてしまって、ぼくは眠い目をこすりながら学校に行く羽目になった。しかもその日は朝から体育。いよいよグロッキー状態となる。
ぼくがそんな状態だったのに、ココロは割合元気だった。体育の授業中だって、
「おい翔太ボール行った!」
「へ?」
「前っ!」
とっさに前を向いたら飛んできたボールが顔面に直撃した。ココロは「お前顔面ブロック上手いな!」とか騒いでたけど、小一時間説教したい。
結局その日は勉強も大して身が入らなかった。体育の後の英語の授業なんて、何も覚えていない。ただ、授業が終わって、気が付いたら声をかけられていた。
「翔太、飯食いに行こ飯」
「なんだよ……まあいいけど」
「今日は確か限定メニューあったよね?」
一々覚えてはいないけど、そういえばあったかもしれないと返したら、つまらない奴だと怒られた。悪かったな、毎日Lカレーで。
「つーか、お前は猫まんまだろ」
「ん、今日くらいはさ」
「やめろ、そういうの」
それだけ言うのが精一杯だった。何言うつもりだ。
「ヘタレ」
「うっせ」
「私がいなくなってもちゃんとやれよ? ノートは堀口に写させてもらえ」
「基本的に俺が写させてやってるだろ」
「そうだっけ」
おどけてみせた。やけに優しい。
ココロもぼくも、無理しているのがはっきり分かった。それでも、二人の間の空気は底抜けに明るかった。ぼくとココロの、どうしようもない努力の成果。本当にどうしようもなくて、でも他に守る物なんて無いぼくたち。
結局ぼくたちはチャイムが鳴るぎりぎりまで、食堂のテーブルで話していた。他愛のない、どうしようもない会話。もう次はないという現実から、ただひたすら目を背けて。
**
放課後、あいにくその日は文芸部の活動日だった。迷ったけど出ない訳にも行かないし、結局律儀に行ってしまう。多分ココロだってそうしてるはずだ。そういえばロボコンの大会って、今週の土曜日じゃないか。もうすぐだ。
今の話題は締め切りについてだ。そろそろやばいという話だ。そろそろといえば、ココロはそろそろ行ってしまうのだろうか。具体的な時間なんて聞いてなかったや。まあ、もう今更どうという事も――
「飛騨くん、寝不足? それなら俺もだけどさっ」
ぼーっとしていたら、先輩に気を遣われてしまった。慌てて大丈夫だと返事をして、会話が再開しそうになった時に部室のドアが開いた。マリ先生の声がする。
「おい、飛騨来い……部長、ちょっと借りる」
「あ、はい」
問答無用で引っ張り出されて、部室のドアが閉められた後、やっとぼくは口をきいた。
「あの、何なんですか?」
「いいか飛騨、よく聞け。――上手く行かない奴っていうのは、人のお節介を素直に受け取らない奴だ」
「あの、何の――」
「神岡は受け取らなかった。アイツは駄目なタイプだな。後はお前だけだ」
ぼくを置いてきぼりにして、マリ先生は勝手に言葉を続ける。
「トラジエムから聞き出すのは大変だった。そういう訳で、今日の十八時二十七分、運河の河川敷だ。十五分は余裕を持っていけよ」
「は、はあっ?」
「だから、余裕を持って行けと」
「いや、何にですか」
先生は溜息をついた。
「決まってるだろ、引き留めに行くの。恥ずかしい?」
その一言で、ぼくの思考は一瞬で焦点を結んだ。ココロをこの時代に引き留める。今まで通りの日常が約束される。最高じゃないか、と。
そして、同時に無数の不安とか懸念事項とかが浮かび上がってきて、鮮明になった思想は一瞬で曇る。どの言葉を返すか迷った末に、結局無難そうなのを返す。
「だって、ココロは未来で作られた奴ですよ? 帰るのが当たり前じゃないですか」
先生はにいっと笑った。
「あのな、お前にとっては『神岡は自分のそばに居るのが当たり前』なの。違うのか?」
違うでしょうそんな乱暴な。道理に反する。幾つでも反論は思い付いた。だけど、どれ一つとしてぼくの口からは出てこない。
「それがお前の結論だろうが。違うのか? 飛騨翔太」
居心地の悪い沈黙が、ぼくたちの間に満ちた。
やがて、先生が静かに言う。
「想像出来るか? 神岡の居ない学校が」
脳味噌の中を無数の映像が駆けめぐる。簡単だ。ぼくの日常から、ココロを引き算すればいい。
登校して、堀口とアニメの話でもして時間をつぶして、チャイムが鳴る。クラスの連中と一緒に、適当にやっぱりLカレーを食う。ちょっとだけ、文芸部の小説のネタに困る。ココロをネタに数本書いたっけ。あいつは挙動が面白くて、小説のネタに使えるのだ。
耐えられないことは無いのかもしれない。それでも、実感が沸かなかった。当たり前だ。ぼくにとっては、この学校に入学してから『自分のそばに居るのが当たり前』なのだから。
「――分かりましたよっ! 行けば良いんでしょ行けばっ!」
「はい、合格。残り時間は……三十分だな。急げ十五分前。あ、そうそうgoogleマップで印刷してやったよ? 今出す……これだこれ」
危うくふざけんなと言いそうになった。折り畳まれたコピー用紙をひったくる。
「行ってきま――」
「待て、ありがとうございますはどうした」
「ふざけんなっ!」
廊下を蹴った。後ろから「おい年寄りは労れ、若者いじりが趣味の年寄りを」とか言われてうるせえお前はまだ二十代じゃないのかとか色々言いたくなったけど、全部すっとばす。廊下をすれ違った窪田先生が、全力で走るぼくを見て目を丸くしていた。
とにかく全力で足を動かした。ただ、ココロを引き留めたい一心で。
**
夕暮れ時の運河の河川敷からは、鉄橋の向こうの空が茜色に染まるのが見えた。
マップのバツ印までたどり着くのに十七分かかった。そこから見回して、結構遠くの方に辛うじて二人の姿が見え、全力で走ってたどり着く。
「ココロッ!」
ぼくが叫ぶと、びくっとして二人はぼくを見た。トラジエムが言う。
「何しに来たんですか? 見送りならどうぞご自由に――」
「ココロッ!」
無表情で話すトラジエムを無視して、一人の名前を叫ぶ。
「何だよ馬鹿ッ! 今更来んなッ……」
「うるさい黙れ、行かれると困るから引き留めに来たの!」
「困らないだろっ……」
「困るよ! 俺の楽しみが無くなるの! 朝お前の登校が遅い理由を聞く楽しみとか」
「勝手に妄想してろ得意だろッ」
「ロボコン明後日だろどうするんだよッ!」
「行けないかもしれないってもう言ってあるから平気だっつーのっ、お前に心配されることじゃないっ」
「学校だって、急にいなくなったら色々あるだろ」
「マリ先生に事後処理頼んであるからっ」
「一緒に飯食う奴が居なくなるんだよ!」
「堀口と食えばいいだろっ」
ぜえぜえと肩で息をしながら、大声で叫びあう。世界なんて、時代なんて、歴史なんて、未来なんて、本気でどうでもいいと思った。ただ、ぼくたちの為だけに言葉を交わす。
そして、ぼくの為だけ、いや、ぼくたちだけの為の言葉を吐き出す。
「行くな」
「死ね」
「良いから行くなっ、行くなよっ」
「トラジエム、極大点はまだ?」
「まだ二分あります」
トラジエムを向いて、ぼくに背中を向けているココロに歩み寄った。歩み寄って、後ろから抱きすくめる。
「ちょっ……馬鹿、変態、死ねっ」
腕の中で暴れるココロを無理矢理ねじ伏せる。ココロの体は、ちょっと強ばって、暖かくて、微妙に湿っぽい。
何だ、アンドロイドって言ったって、全然人間と同じだ。凄いな、五十年後の技術。
「離せっ……馬鹿っ……」
ココロが抵抗を諦めて、腕の中の動きが大人しくなった。トラジエムが言う。
「困りましたね、あんまり近くに人がいると、トリップ出来ないんです。今のタイミングを逃すと、次は明日の午前三時五分になります」
「じゃあさ、今晩も、その後も、ずーっと抱きしめてたら?」「翔太の馬鹿っ」
「ココロが振り払えば、それまでです」
胸の中からする声は、少し嗚咽が混ざりだしている。
「トラジエムの馬鹿っ、ほんと、お前らみんな馬鹿だ、死ねよ、もう……」
腕の力を強くする。もう絶対に、離したくはない。
「ココロ……行くな」
「ぅー……」
ぼくの心臓の鼓動が、彼女に伝わっているはずだ。ココロに心臓はないけど、それでも何となく彼女の体が熱くなってきているのは、気のせいではないだろう。コンピューターの放熱だって、体温には違いない。
そのまま、時間が過ぎた。トラジエムの声が響く。
「極大点、通り過ぎました。どうしますか?」
「ココロ……」
「むくれてくしゃくしゃな顔してますよ、ココロ」
トラジエムの言葉に反応して、ココロがうめいた。言葉にならない声を出した後、彼女は言った。
「分かったよ……お前がそんなに言うなら、言うならっ……一緒に、いてやるよ」
最後の方はもごもごして小さい声で、殆ど聞き取れなかった。それでも、ちゃんとぼくには伝わった。腕の力を強める。
「お前のしょーもない日常生活のほんの満足のために、遅刻寸前で登校して一緒に飯食ってやるよ! あーもう馬鹿っ! トラジエム、博士に報告よろしくっ」
「はいはい、りょーかいです」
「あー、考えてみたらあんな糞エロ親父と居るよりは、翔太の方がマシかもな。あーあ、あーっ」
ぼくとトラジエムは顔を見合わせて、笑った。
ココロが言う。
「おい、翔太、一回手離せ」
「え?」
手を離した瞬間、ココロは体を百八十度回して、ぼくの胸に飛び込んできた。
「ちょっ」
「ばかっ、本当にばかっ、死ねよばかっ」
「お、お前なあ」
そのままぐりぐりと抱きしめ合う。もう離すものか。絶対に離さない。
ココロが少し腕の力をゆるめて、胸の中から見上げてくる。目を合わせる。
「……お前から言う事があるだろ、馬鹿」
「えっ? いや、えーっと」
「言わせんな馬鹿、恥ずかしい。お前から言え」
「あー、うん。えっと、ぅー……好きだ」
ぼくの胸の中でもぞもぞとのたうち回った後、ココロは小さな声で返事をした。腕の力を強めた。
**
「なーなー、トラジエム、あっちに帰った後どうするの?」
駅へと向かう道を、ぼくたちは三人で並んで歩いていた。
「博士は説得出来ますが……帰れるのはだいぶ後になります。しばらく極大点がないんです」
「だいぶ後って?」
「確かな事は分かりません」
そう言って、トラジエムはため息をついた。二人とも寂しそうな顔をしていて、ぼくはそんな二人を隣から見守る。
「だから、それまでは翔太さんといっぱいいちゃいちゃしていてください」
「馬鹿っ!」「トラジエム……」
ぼくたちが叫ぶと、彼女はふふっと笑った。ぼくが見た中で一番幸せそうな、女の子の表情だった。
4 未来、航法
週明けのその日も、ココロは遅刻ぎりぎりに教室に駆け込んできた。
「今日はどんな作業だったの?」
「ちげーよ単に寝過ごしたの! 大会の疲れが溜まっててさあ」
そのうちにアンドロイドでも疲れるのか、ちゃんと聞いておかないといけないと思う。
「そういや、大会どうなったの?」
聞くと、ココロはあーうーとうめきながら机に突っ伏した。うん。触れないでおいてあげよう。
「頑張って削ったんだよ! 頑張って削ったのに!」
「ああ、お疲れ」
「本当に疲れた! もう死にたい!」
どうやら疲れるらしい。相当忙しかったんだろうな。
「うん、トラジエムの事なんて考える暇もなかったよ……」
ココロは急にそんな事を言った。別れる時、トラジエムは次に会えるのはだいぶ後だと言った。どれほど後かは分からないけど、兎に角だいぶ後なのだ。
指で髪の生え際をかきながら、言ってみる。
「えーっとさ、あいつが来た時まで仲良くしてないと、あいつ悲し――」
「馬鹿死ねっ!」
ココロに蹴飛ばされて、結構痛いとか思いながら足をさすっていると、堀口が声をかけてくる。
「お前ら、何か良いことでもあった?」
「あー……うん、まあ」
「よし、黙って経過を聞かせろ」
「嫌だよ何でお前に言わないといけないんだ」
そう返した瞬間、堀口は「なるほど言えない様な展開があった訳か」と勝手に勘違いして納得し(いや言葉的には合ってるんだけど)、同時にクラスの連中が沸く。
「どこまでいったんだ?」
「抱きしめて押し倒して……路地裏だよなやっぱ」
「ホテルって学生は入り口で止められるの?」
「お前聞いてどうするんだよ行く機会ないだろ」
勝手な事を言う益荒男共にココロが怒鳴り散らし、ぼくはそれを影から見守る。不思議と怒鳴っているココロを見ると安心した。
「お前、なんでそんな顔してるんだよ、孫見る年寄りみたい」
少し怒った表情で咎めてくるココロ。やっぱりお前はぼくの良く知ってるお前なんだなと思って安心してました。言葉にするとこんな感じになると思うんだけど、とても言えるはずもなくて、ぼくはあいまいに返事をした。
いつもは憂鬱なチャイムが鳴っても、何故か少し気分が清々しかった。化学の日村先生が教室に入ってきて、ぼくはいつもの様に立ち上がって礼をした。
**
その日の放課後、ぼくとココロは一緒に川沿いの道を歩いていた。ロボコン部の活動が一段落ついて、ココロが暇になったのだ。
「俺さ、文芸部の原稿がそろそろやばいんだよね。ストーリー考えてない」
「ロボコン部みたいに日付跨いで作業すれば? 一日で終わるよ?」
「それはいつもやってる」
締め切りとその次の日の境目くらいに。
後ろから声がしたのは、その時だった。
「そういうのは計画性が大事、ですよ?」
慌てて振り返ると、銀髪の少女がそこに立っていた。
「――ちょっ、何でいるんだよっ!」
ココロが大声で叫ぶ。ぼくはまだ目の前の光景に実感が沸かなかった。
「だいぶ後になるってっ――」
「私にとっての、です。あっちで二年ほど過ごしました」
ようやくぼくの理解が追いつく。
「寂しかったんです。寂しかったので、当分こっちに居ます。この時代は太陽活動が活発なので割合楽に移動出来るんで――」
「ふざけんなっ!」
ココロが怒鳴った後に彼女に飛びついた。トラジエムは抱きつかれて一瞬目を丸くしたが、すぐに腕をココロの背中に回す。
そのまま抱き合う二人を、少し離れた所から見つめるぼく。
「えっと、どんな表情でこの状況を見ればいいのかな……」
独り言のつもりだったのに、しっかり聞いていたらしくトラジエムがぼそっと呟いた。
「好きな女の子と銀髪の美少女が抱き合ってる光景。興奮すれば良いんですよ」
「てめぇっ!」
ココロの怒鳴り声が運河に響いた。ウォーキングのおばさんに注視され、子供に指さされ、同じ道を歩いていたらしいクラスの連中から鬨の声が上がる。
運河の鉄橋を轟音を立てて電車が通り過ぎ、そしてぼくたちは歩き出した。
『あとがき』
人間、基本的にあんまり上手くは出来てはいません。原稿の締め切りをオーバーしたり、印刷のコピーのマスターが出来上がってから致命的なミスを指摘されて、文化祭まであと三日を切った夜に、ちまちまと、それはもうちまちまと修正作業に勤しんだり。
え? 誰の事でしょうかねぇ。ははっ。
どうも、隼鷹です。はじめましての人ははじめまして。そして二回目の方はお久しぶりです(夏季刊読んでくれた方、ありがとうございます。これを書いてる時に改めて見返してみたら、今回とは真逆の方向性なんだよね。読者さんに殴られる感じですよね)。
さて、人間は基本的にあんまり上手くできていないという話。例えば、お金がもらえるのは基本的に嬉しいのです。だけど、働くのは嫌。
空から女の子が降ってくるのはとりあえず嬉しいのです。だけど、それで空のお城が絡むような大冒険に巻き込まれるのは、ちょっと考える。
働かないけどお金が欲しいという件は、ひょっとしたら私が年寄りになる頃には解決するかもしれない。技術の進歩と言う奴により、生活必需品を含む物資は全て自動で生産されてて、孫に向かってこんな事を言うようになってるのです。
「ワシが子供の頃は働くのが当たり前だった。今は働くのなんて一部の道楽者だけだしなあ……あ、ワシが技術者として頑張ったから今の生活があるんだよ?」
将来の孫の幸せの為です。皆さんも一緒に頑張りませんか?
しかしです。空から女の子が振ってくる方は、正直実現するとは思えません。この手の「まず実現しないだろう」という、しかしそれなりに切実な願望、モヤモヤは、誰もが持っているはずです。
ただのクラスメイトの女の子がアンドロイドだと言う事。そして、人間とアンドロイドが当たり前のように友情を育み、恋をすること。
ぼくにとっては、それなりに切実な問題で、願望だった。そういう物を『紙』の上に定着させてみたかったのだ。
まあ、ピント調整を理解していなくて手ぶれの酷いシロートの写真みたいなものだ。色々と問題はある。
ただ、それでも彼らは、思いっきりの笑顔で写っていた。
私は「ちょっと写真撮って」とか言われてカメラを握っただけの存在です。だから、書き終えてみて、今はただ彼らの幸せを願っているだけです。
この後書きを書いている時、胸の中で声がした。ココロが「おい下手くそじゃねーか!」と叫び、トラジエムが「まあ、初心者さんですし」と毒を吐き、翔太がそんな二人を苦笑いしながら見つめている。
必死に言い訳を考えながら、私はこの後書きを、物語の登場人物が紙から離れる時特有の切なさを感じつつ、打ち終えた。
――この物語はフィクションです。