最近、お金稼ぎのために援助交際を始めた。きっかけは些細なことで、今から丁度一ヶ月くらい前に掲示板で知り合った悠という男から誘われたからだった。彼は援助交際の管理人をしていた。彼は私のようなお金が欲しいけど未成年だから夜のお店では働けない、そんな女の子を集めて援助交際の客を斡旋するらしい。私たち女の子は客から稼いだ現金の何割かを彼に渡す。そんなシステムだった。    

私はすぐさまその話に飛びついた。コンビニバイトよりも自給が良いし、お金が欲しい私にとって、こんな良い仕事は無い。

今日も沢山、客が入ってくる。入ってくる客はおっさんばかりで、若いお兄さんは一人もいない。若くてロリ顔ということだけが取り柄の私には、客が沢山ついた。

客は本能むき出しで私の体にむさぼりつく。私はただ二時間寝っころがっているだけでいい、たったそれだけのことで、瞬く間に大金が手に入る。それに、私から客に特別何かしているわけでもない。それなのに、客は喜んでお金を出してくる。滑稽だ。

 

    *   *

 

給料日が来た。私はドキドキしながら、預金通帳を開く。

「今月は、十六万か……。」

日に日に金額が増えていく預金通帳を見て私は顔がにやけっぱなしだった。

この頃からだろうか、私は少しずつ人を見下すようになったのは。自分の欲求を発散させる為にわざわざ大金を出している男共を馬鹿にするようになったのは……。

 

*   *   *

 

携帯のバイブが鳴っている。悠からの着信だった。

「あ、もしもし?」

「あのさあ、一つ聞きたいことがあるんだけど……」

「何?」

「お前、先月生理休暇とって無いけど、大丈夫なの?」

そういわれた瞬間、すぐさま電話を切った。

「あ、おい……。アイツ切りやがった……」

手帳を開き、先月のページを確認する。私は仕事を休んだ日は必ずメモするようにしている……はずだったのだが、先月のページにメモは一切無かった。私は財布だけ持って表に飛び出した。生理が来ない。まさかね……。

急いで薬局まで自転車をすっ飛ばして、妊娠検査薬を買った。家に戻ってすぐにトイレで妊娠検査薬を試してみた。試すのはもちろん初で、説明書を読みながら、一つ一つ手順を追っていく。どうやら結果が出るにはしばらく時間が掛かるらしい。

暫く経って、結果を見てみた。結果は陽性だった。”妊娠”それは私が経験したことも無い未知の世界だった……。

「どうしよう……」

私は暫く、トイレに突っ立ったまま考えた。しかし、自分がこれからどうするべきなのかわからない。ただ一つ言えるのは、私に”産む”という選択肢はない。相手は客。客との子供なんて欲しくない。仮に産んだとしても、愛情を持って接することが出来ない。私の所に生まれてきても幸せになんてなれない。だから、ごめんね……。

 

携帯で悠に妊娠を報告した。

「今から、そっちに行く」

との事だった。

彼が家に到着したとき、外はまだ暗くはなっていなかったので、タクシーで急いで産婦人科を受診することになった。彼は付いて行くと言って聞かなかったが、私自身の問題なので、彼を連れては行けなかった。

*   *   *

 

看護婦さんから問診表が渡された。一緒に渡された記入例に従って一つずつ空欄を埋めていく。

分娩希望・中絶希望という欄があった。私は迷わず中絶希望に丸をした。尿を採取し、名前が呼ばれるまで待つ。

暫く待っていると、自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。黙って先生の待つ個室へ向かう。

「はい、では内診台の上で横になってください」

私は言われた通り、内診台の上に横になった。腰から下は、カーテンが掛かっていて見えない。

「では、内診しますので肩の力を抜いてくださいね」

どうやら、内診はカメラを使ってするらしい。

「篠田さん、隣のモニターを見てください」

私は首を傾けてモニターを見た。そこには、何か白い物体が映し出されていた。

 

内診台から降りて、次の先生が待つ診察室。

「妊娠されています。今、七週目に入った所です。」

前々から分かっていた事実だったが、その言葉は私の胸に重くのしかかった。

「問診表を見る限り、あなたは中絶を希望されていますね。もしするのであれば、お腹の中の赤ちゃんの為にもなるべく早いほうが良いです」

「お願いします……」

「分かりました」

その後、看護婦から改めて手術の簡単な説明と同意書が手渡された。また、採決をし、手術日を決めてから病院を後にした。

 

*   *   *

 

手術当日、私は不安のせいか一睡も出来なかった。眠い目をこすりながら辺りを見回すと、私の携帯にメールが一通入っていた。悠からだ。

「終わったら電話して」

それだけだった。

 

八時に産婦人科に着いた。自動ドアをくぐると辺りは少し薄暗い。辺りをよく見回してみると、天井の蛍光灯が半分ほど消えていた。来るのが早すぎたのだろうか。

受付で書類を渡し、手術費用として十五万支払う。たったこれだけのことで、一つの命が失われる。

暫く待っていると、診察室に呼ばれた。

「昨日はよく眠れましたか? 」

医師は言う。

「いいえ、あんまり……」

「今日が手術の予定日ですが、本当に良いんですね? お腹の子はもう戻っては来ませんよ? 」

「お願いします……」

「分かりました。では手術の前に処置をしますから、内診台の上に横になってください」

私は言われた通り、内診台の上に横になった。すると、複数の看護婦達が私を囲み、私の四肢を内診台に紐で固定し始めた。

「えっ?」

ものの数十秒で私は自由を奪われてしまった。カーテンの裏ではカチャカチャと何やら嫌な音がする。私は自分で心臓の鼓動が聞こえるくらい緊張していた。

(嫌、やっぱり怖い……)

もう遅かった。

「はい、じゃあ、力抜いててね」

そう聞こえたかと思った瞬間、下腹部に激痛が走った。今までに体験したことも無いような激痛だった。思わず、隣に居る看護婦の腕を掴む。

「はい、いいですよ。今、ラミ入れましたからね」

短いようで長かった地獄の一分だった。

 

病室のベッドの上で横になる。何をするわけでもない。ただひたすらボーっとしていた。手術までは後二時間程ある。隣の病室から、何やら楽しそうな声が聞こえた。

「よおし、いい子だ。早く生まれてきてくだちゃいね〜」

「やだ、パパったら。もお、恥ずかしいからやめてよ〜」

むかついた。

(私はこれから逆のことをするんだぞ。人を殺すんだぞ……)

しかし、もうここまで来てしまった。今さら悔やんでもどうしようもなかった。

お腹の中の子にはもう謝ることしか出来ない。どうしようもない後悔で私の胸は一杯になった。

 

*   *   *

看護婦が呼びに来て、再び診察室へ向かう。

「休めたかな?」

医師は心配そうに私を見つめる。

「少しお腹に違和感があるくらいですけど、大丈夫です」

「わかりました。では、今からさっき入れたラミを抜きます。その後、麻酔をして手術ですからね」

「はい……」

「では、内診台へ……」

てっきり、手術着をきて手術室でやるのかと思っていたが、違っていた。おまけに、腰から下にあったカーテンも無い。そして、さっきと同じように四肢を縛られ、内診台に固定される。横になった私の頭の上にはパックに入れられた液体や無数の管がぶら下がっている。

「では、麻酔を入れますよ」

頭がボーっとする。頭の上の麻酔液が体の中に入ってくるのが分かる。もうすぐ来る、私とお腹の中の赤ちゃんとのお別れの時間。

「篠田さん、数を数えましょう」

「イチ、ニ、サン……」

(私、何てことしたんだろう……。人、殺した……。ごめんね、ごめんね。

許して欲しいとは思ってない。ただ、謝らせて欲しいの。ごめんね……。)

「はい、終わりましたよ。お疲れ様でした」

医師はそう言うと、取り出した赤い肉塊をゴミ箱に捨てた。

 

*   *   *

 

気が付いたときには病室のベッドに横たわっていた。なぜか凄く寂しい。何かとてもかけがえの無い宝物を失った気分。それが何なのか、それは自分でも分かっていた。

「ごめんね、赤ちゃん。痛かったよね? 苦しかったよね? 怖かったよね?」

誰も居ないはずの病室で、自分は誰かに謝っていた。

 

暫くすると、悠が病室まで迎えに来てくれた。丁度、帰宅許可が下りていたので二人で家まで帰ることにした。

「大丈夫か?」

「うん、ありがとう」

帰り途中の道で悠が言った。

「腹減ってない?」

そういえば、中絶の前日から飲食を禁止されていた。

「うん、お腹すいた」

「そうか、じゃあファミレスにでもいくか。俺が奢ってやるわ」

私と悠はそのままファミレスに入った。

「何でも頼んでいいからな」

私は沢山のメニューに目移りしながら、何を頼むか考えていた。そのとき、隣のテーブル席に座っている家族が目に入った。

「オギャア、オギャア!」

「あ〜あ。よちよち」

母さんが赤ちゃんをあやしていた。

「オギャア、オギャア!」

(あれ? 私、泣いてる? )

初めて涙が溢れてきた。

(嫌……、やめて……。私に赤ちゃんを見せないで……)

前の自分ならきっと羨ましく思っていたと思う。だったらなぜ? なぜ産んであげなかった? 赤ちゃんはもう戻っては来ないんだよ? 私は改めて自分の犯した罪を見つめ直した。

 

*   *   *

 

誰かが言ってた。赤ちゃんは人を憎むことを知らない。だからママのことも憎んでない。だって、赤ちゃんにとっては、たった一人のママだから。赤ちゃんはママが幸せになるのを願っているはず。だから、ママも絶対に赤ちゃんのことを忘れてはいけない。私は忘れないよ。いつかそっちに行ったら一杯遊ぼうね。それまで待っててね。

 

あれから二年、もうあの仕事は辞めた。あれ以来、未だに赤ちゃんを見ると胸が苦しくなる。あのときの出来事がいつも頭についてまわる。寝ているときも、赤ちゃんが夢に出る。自分に向かって何か話しかけている。

「ママ。僕に名前をください。早くしないと、白いのを着たお医者さんが僕をおなかの中から引っ張り出して、殺してしまうんだよ。」

「だから、せめて天国へ行く前に名前だけでもください。」

「なんで、僕を殺そうとするの? 今まで一杯愛情を注いでくれたのに、本当はこれからも愛情を注いでくれるはずだったんだよね?」

「ママ、何で泣いてるの?僕は何か悪いことをしちゃったのかな……。」

「僕は怒らせるようなことも悪いこともしていないのに、何で産まれちゃ駄目なんだろう」

「もし、僕がそういうことをしていたのなら謝るね。ごめんなさい。」

「だから、せめて僕の名前だけでも教えてください。」