竹取物語、かぐや姫が竹から生まれそして月に帰って行く誰もが一度は聞いたことがある話。かぐや姫は月に帰る前に不老不死の薬を帝に残していく。だが帝は不死になってもかぐや姫にはもう会えないと、大勢の兵士を連れ天に最も近い山でその薬を燃やしてしまう。だが二人の兵士が不老不死の薬の話に興味を持ち、燃やす前に隙を見て薬を飲んでしまう。それからその二人の兵士は年を取らず、怪我をしてもすぐに治る不老不死の存在になった。恐れられ迫害された二人は逃げ、色々な場所を転々としながら旅を続け一人の男が案内した山に着きそしてそこで出来るだけ目立たぬように暮らし始めた。しかし時が経つにつれ薬を飲むことになったのは相手の所為だと憎み合うようになり別々に暮らし始めた。その二人の兵士の名は、七尾 零児と如月 空也。これはその二人のうちの一人、七尾 零児の物語。
目が覚めると、日はとっくに沈み、空には月が浮かんでいた。昼過ぎに倒れたところまでは覚えているが、あれから何時間経ったんだ?
「あーあ。結局生き返るのか」
数日前、ふと餓死をすればそのまま死に続けられるのじゃないかと思い実行したんだが無駄だったらしい。生き返ってもすぐに死ぬのなら、それは完全に死ぬことと変わりないのじゃないかと考えたのだ。が、結果は酷いものだ。ご丁寧に死ぬ少し前の一番苦しい状態で生き返らしてくれたらしい。これまでは苦しむのが嫌で食べる事だけはやめなかったのに、こんなことなら試さなければよかった。せめてもの救いは、湖だとかに身投げしなかったことか。もしそんな事をしていたら、永遠に溺れ死ぬ苦しみを味わい続けることになっていた。
とはいえ、今も十分空腹で辛いのだが。こんなことなら食料を用意しておくのだった。
「くっそぉ…… あぁ?」
がさり、と音のした方を見ればそこには一羽の兎が茂みの隙間から顔を覗かせていた。どうやら神様は、よほど凝った皮肉がお好みのようだ。
「ははっ」
本当はもっと大声で笑ってやりたかったのに、もう掠れた声しか出なかった。
「んっ……ぐ、はふっ……んぐ」
飯は腹が減っているほど美味いというのには同意するが、出来ればもうこんな経験はもう二度としたく無いものだ。もしこの兎を仕留め損なっていたらと考えると、それだけで背中が薄ら寒くなる。
結局、これからも生き続けなければならないのか。
「お」
またもや背後で物音がした。丁度いい、一羽じゃ足りなかったのだ。それどころか、この森林にいる兎を食べ尽くしたって――
「はあ?」
腹が減りすぎてついに幻覚を見始めたのだろうか? それとも妖怪か? なんでこんなところに子供がいるのだ?
「あ、あの」
木の陰から身体を半分だけ出した子供は、おずおずといったふうに声をかけてきた。というより、女だったのか。頭にほっかむりをしているから気付かなかった。
「あん?」
「ひっ」
怖がるくらいなら声をかけなければいいだろう……。こんなところに子供がいる理由は気になるが、下手に関わるのも面倒だ。さっさと追っ払って、新しい得物を探しに行こう。
「餓鬼がこんなところに来るものじゃない。さっさと帰れ」
それなりに怖そうな声を演じてみたのだが、少女はこちらをじっと見つめたまま動こうとしなかった。なにか言いたげだが、それを聞いてやる義理はない。もう放っといてこっちが動こうと思った途端、少女が口を開いた。
「あ、あの!」
「っ……なんだ?」
「えっと、お聞きしたいことが……その、あなたは妖怪ですか?」
「はあ?」
この状況で最初に聞く事がそれか? この餓鬼、頭がおかしいんじゃないのか? まったく、変な奴に出会ってしまったものだ。
そういえば、自分はなんなんだろうか? 妖怪ではないが、まともな人間とも言い難い。今までこんな質問をされたこともないし、自問すらしたこともなかった。…… いや、そんな事はもうどうだっていい。
「人間だ、一応な」
「そう、ですか」
なんでちょっとがっかりしているんだ。妖怪の方がまずいだろう。
「ちょっと待て。お前、なにしに来た?」
もしかしたら、こいつは、俺が言えた事じゃないがとんでもなく馬鹿な事を考えているんじゃないか?
少女の目をじっと見つめると案の定目を逸らしやがった。やっぱりこいつは死のうと考えていたんだろう。面倒事は避けたいが、知ってしまった以上このまま放っておく訳にもいかない。今更目の前で人が死んでも心が痛むような事は無いが、流石にこんな小さな子供が死のうとしているのを放っておいたのでは、目覚めが悪くなりそうだ。
「はあ」
少女の方に身体を向けて座り直す。相手もへたり込むようにその場に座ると、膝を抱えて俯いた。所詮相手は子供なんだ。適当にそれらしい事を言っておけば納得して帰るだろう。
「お前なあ、子供が自殺なんて馬鹿な事を考えるな。この先良い事が待っているかも知れないだろ? だからさっさと家に帰れ。それに親が心配するぞ」
「いいんだよ、これで」
思いのほか力強い返事に、ちょっとだけ驚いた。それと同時に、ほんの少しだけこの少女に興味が湧いた。どうもちょっとした気の迷いだとか、その場の思い付きで死のうとしている訳ではないらしい。
「どうしてそう思うのだ?」
かなり久しぶりだけど、それなりに優しい声って奴を出せたと思う。その証拠に、少女も戸惑いがちにだけどこっちに視線を向けてくれた。
「なにかあったのか?」
少女はしばらく黙っていたが、やがて俯いたまま呟くようにこう言った。
「私は、あそこにいないほうがいいんだよ」
「あー……いや、だからな、その理由を聞いているんだ。わかるか?」
これだから餓鬼は嫌なんだ。まともに会話も出来やしない。やっぱり無視しておけば良かった。そんな事を思って溜息をつくと、少女はくしゃりと顔を歪めた。勘弁してほしい。ただでさえ面倒になってきているのに、ここで泣かれたら面倒どころじゃない。もう逃げてしまおうか?
そんな事を考えていると、予想に反して少女は意を決したように顔を上げると、おもむろに頭に巻いていた手ぬぐいを剥ぎ取った。
「お、お前……それ……」
もっと早く気付くべきだった。こんな時間に、滅多に人が寄り着かない森林に、ほっかむりをした少女が現れたんだ。ちょっと考えればそこに何かあるとわかったはずだ。
頭から突き出した、人間にある筈のない毛の塊。信じられないがそれは獣の耳だった。
正直、驚きのあまり言葉を失ってしまった。まさか本当に妖怪だったのか? しかしそんな気配は感じない。いや、ほんの微かに、注意深く観察しないと分からないほど微かに、人間以外の気配を感じる。こんなやつに出会ったのは初めてだった。
「最初に……」
と、少女はぽつりと零す様に話しだした。
「変化があったのは一人でこっくりさんって遊びをしてて、遊んでる時にお母さんに呼ばれてお片づけをしないで止めちゃった日の夜なの。おしりのところから毛が生えてきて、何日か後には尻尾が生えて……。誰かに話すのは怖かったからずっと黙ってた。でも最近耳が生えてきて……」
「それで親にばれたわけか」
「うん、お父さん達は色々と話し合って、誰にも言わない事にしたんだって。でもどんどん酷くなってるのを見て、今日村の外れに住んでるご隠居さんに相談しに行ったの」
「ご隠居……で、どうだったんだ?」
俺だってずっと山に住んでいる訳ではない。十年おきくらいに山で採れるものを村に持って行って、旅人のふりをして服やその他の物に交換してもらったりはする。だからご隠居と呼ばれる物知りの婆さんの事は知っていた。
「えっと、難しい言葉ばっかりで良くわかんないんだけど、こうてんてき? な、はんじゅうだって。あと、こっくりさんのたたりがどうのって」
「ん? ……ああ、後天的な半獣に、こっくりさんの祟りか。ふーん……途中で儀式を止めてこっくりさんにお礼をしなかったから祟られた訳か」
こっくりというのは漢字で書くと狐狗狸。その場に低俗な動物霊を呼び出し占いをするというものだ。始め方と終わり方にはちゃんとした手順があり、それを間違えると祟られてしまうと言われているが実物は初めて見た。
「うん、御隠居さんも幽霊の祟りは専門外だって困ってた。どうしようもないんだって。お父さん達、家でずっと泣いてた。そうだよね、自分の子供が化け物になっちゃったんだもん。嫌だよね? 私だって嫌だもん。それに、もし他の人に見られたら、私達大変な事になっちゃうと思うから……だから私は、あそこにいない方がいいんだよ」
話を聞いてみて、少しだけ自分に似ていると思った。皆と違う身体。人間とも化け物とも言い難い中途半端な存在。周りから向けられる奇異の目……挙げ出したらきりがない。どれもこれも経験済みだ。こいつもまた、同じ事を経験していくのだろう。それぐらいの事なら子供にだって想像できる。だからこそこいつは自暴自棄になっているのだろう。
ただ、似たような境遇ではあるが違う所もある。お互い普通の人間に戻る事は叶わないが、こいつには終わらせる事が出来るという点だ。そしてこいつは、真っ先にそれを選んだ。それが少しだけ面白くなかった。過去の自分と重なるから尚更そう思った。別に死ぬ事はしない。好きにすればいいと思う。自分だって死ねないだけで何度も試しているのだから、人の事を言えた義理ではない。気に入らないのは、こいつがなんの努力もしてない事だ。子供だからあっさりと見切りをつけられるのだろうか? それとも、支えてくれるものが少ないからこそ、簡単に切り捨てられるのだろうか? こいつは、周りに理解してもらう努力もせず逃げ出すのか? もしかしたら受け入れてもらえるかもしれないのに。もしかしたら、迫害などされずに済むかもしれないのに。もしかしたら……!
「じゃあ、私もう行くね」
「待てよ」
少女が立ちあがろうとしたところで呼び止めた。怪訝そうな顔で見上げてくる少女に近付くと、見下ろしながら言ってやった。
「そんなに死にたいなら、手伝ってやろうか?」
「え? でも、どうや――ひっ」
俺が手にした刀を見て、少女の顔は一瞬引きつった。
「あ……あぁ……」
「どうした? 死にたかったんだろ? だったら殺してやるよ。どうせ自棄になってただけで、たいした覚悟も無いんだろう? 自殺なんて怖くて出来ないから、あわよくば妖怪に食ってもらおうとでも思っていたんだろう? 残念だが、妖怪はお前が思っているほど優しくはないぞ。いたぶるだけいたぶって、少しずつ少しずつ、お前の身体をじっくり味わって食っていくんだ。死ぬほど痛いのになかなか死ねないし、自分の食われる音をずっと聞き続けるんだ。想像するだけでぞっとするだろう?」
「ひっ……や、やめ……」
「ああ、だから手伝ってやろうかって聞いてんだ。あいにく人を殺して楽しむような趣味はないからな。てっとり早く苦しまないように殺してやるよ。こっちは今更人ひとり殺したところで罪悪感なんて抱かないから、安心して殺されてくれていいぞ」
「いや……いやぁ!」
「なんだよ。死にたかったんだろ? それとも死にたくない理由でもあるのか? お父さんやお母さんが恋しくなったか? ……ほら答えろよ。死にたいのか、死にたくないのか、どっちだ?」
「わ、私は……」
「どっちだ!」
「い、いやあああ」
少女は這うようにして駈け出し、森林の外へと逃げて行った。その姿が見えなくなってから、その場に大の字になって寝転がった。あれこれ話していたら、また腹が減ってきた。
「なにやってんだか」
見上げた空では、相変わらず満月がこっちを見下ろしていた。本当に腹が立つ。唾でも吐きかけてやりたいぐらいだ。
「あーあ。あんな餓鬼、食っちまえば良かったなあ」
収まる事のない腹の虫に辟易しながら、目を瞑った。
あの半獣の少女との再会は、思いのほか早かった。
「あ、よかった。ここに――どうしたんですか!」
「あ、あぁ。ちょうど、いい、ところに。悪いけど、水を持ってきて、くれないか……」
「はい! 待ってて下さい!」
走り去る後ろ姿が見えなくなる前に、朦朧としていた意識は完全に途絶えた。
「いやー助かった。ありがとな」
「あの、なにがあったんですか?」
「そこらへんに生えていた茸を食ったんだけど、どうも毒があったらしい。腹が減っていたから生焼けで食っちまったんだが、それが悪かったのかな」
「え、毒ですか? 大丈夫ですか?」
「んー……まぁ、な。普通より丈夫なんだ」
「は、はあ」
不死身なんだから死なないんだ、なんて言える筈がない。もしこいつが村の連中にその事を話したら面倒な事になる。完全に疑いの目で見られているが、追求されても困るので話を逸らすことにした。
「で、なにしに来たんだ? というか、昨日もそうだけどどうやってここまで来たんだ?」
ここは慣れてないと大人でも簡単に迷ってしまう森だぞ? こんな子供が迷わずどうやってここまで来たんだ?
「あ、はい。煙が見えたので、それを目印にしました。それに昨日も今日も、森に入ってすぐの所だったので、大丈夫かなと」
確かに今日は茸を焼く為に火を起こしたし、昨日は兎を焼いていた。その時の煙が外から見えていたらしい。昨日も今も空腹で死にかけていたから、自分がどこにいるか把握する余裕なんてなかった。いや、しかしそれにしてもだ……
「中に入ったら木が邪魔で煙なんて見えないだろ。それにいつまでもそこにいるとは限らないし。何より、妖怪が出たらどうするんだ」
「見えないけど、真っすぐ進めば大丈夫かなって。いなくなってても、足跡を追えば見つかると思って。妖怪は……その時は、走って逃げます」
呆れた。もしかしてこいつ、物凄く馬鹿なんじゃないか? それとも、こういうのを頑固というのだろうか?
「ま、なんでここまで来られたのは分かった。で? まさか、本当に殺されに来たんじゃないだろうな?」
「い、いえ! それはもう、やめました」
そう言って少女は恥ずかしそうに微笑んだ。
「今日はお礼を言いにきました。」
「礼を言われるようなことをした覚えは無いんだけどな」
「そんな事はないです。だって、あの日私の事を驚かしたのってわざとですよね?」
「ぐっ」
こんな餓鬼に気付かれるとは……。自分は演技の才能がからっきしのようだ。やっぱり変な気を起こす前にどっかに行ってしまえば良かった。
「あの後家に帰ったら、お父さんとお母さんが私の事を探してたんです。すっごく怒られたけど、二人とも私のこと心配してくれてて、お母さんなんて泣いちゃって……。でも、嬉しかった」
最後は少し声が震えていた。見れば、目じりに薄らと光るものがあった。
「そうかい……そりゃ良かったな。まあなんだ、お礼なんて要らないからさっさと家に帰りな。妖怪にでも襲われでもしたらそれこそ親が心配するぞ」
本当は早く一人にしてもらいたいだけなのだが。ただでさえ長年まともに人とまともな会話をしてこなかったのに、子供が相手だなんて。それに、何となくだがこいつは苦手なんだ。
「わかりました……。じゃあ、また来ていいですか?」
「はあ? なんでそうなるんだ」
ほら、面倒な事になったぞ……
「あなたは私の事を怖がらなかったから……一緒にいて安心出来るんです」
「気のせいだ、そんな事はないからさっさと帰れ」
「あ、そういえばまだ名前聞いてませんでした」
「話を聞け!」
「私は篠崎美香です。よろしくお願いします」
「はぁ……。帰れ、もうこんな所に来るな」
「嫌です。私が何をしようが勝手じゃないですか。それに死んだとしても、それは私のせいです」
駄目だ。こうなったら絶対に言う事を聞かないタイプだこいつ。
「あー、もう。なんだって付き纏うんだ」
もしかして、こいつも似た者同士だと感じたのだろうか? 類は友を呼ぶというやつか? しかし少女は、予想外の事を言ってきた。
「なんだか、寂しそうに見えたから」
「寂し、そう?」
そんな事を言われるとは思ってもみなかった。寂しそう? 何を馬鹿な。ここ数百年、寂しいだなんて思った事一度もない。独りなのが普通であって、誰かとこうして会話していることの方が異常なのだ。だから、寂しいなんてことはない。
「気のせいだ」
「そんなことないですよ」
「はぁ、もう訳がわからん。さっさと帰ってくれ……」
「また来てもいいですか?」
「わかった、わかったからもう帰ってくれ」
「やった! じゃあまた来ますね」
篠崎美香名乗った少女はまた行儀よくお辞儀をすると、後ろ姿を見せ歩いて――ふと立ち止まると、慌てて戻ってきた。
「あぁ? どうした?」
「まだ、あなたの名前教えてもらってません」
「はぁ……零児だ」
「れーじ?」
「違う。れ、い、じだ。七尾零児」
「ふーん。変な名前ですね」
「ぶん殴るぞ」
少女はくすくす笑うと、今度こそ帰っていったのだった。
「なんなんだ、あいつは」
そう呟いて、自分が笑っている事に気が付き、思わず顔を触って確認してしまった。こんなふうに笑ったのなんて、一体いつ以来だ?
「篠崎、か」
火の始末をしながら、気付いたらあの奇妙な少女の名前を呟いていた。
少女と再会した数日後。
「あ、零児さーん! お久しぶりでーす!」
「結局来たのかよ……」
「まあまあ。また会えたんですから、一緒にお話でもしましょう?」
「お前なあ、ほんとに…… ほんと、くっ」
「零児さん?」
「あっはっはっはっはっ!」
まったくなんて奴だ。長い事生きてきたが、こんな奴に会ったのは初めてだ。これが本当にあの自殺を考えていた奴と同一人物なのかと疑いたくなる。
もしかしてこれは自分がからかわれていて、こいつは陰で笑っているんじゃないか。そんなことすら、一瞬本気で疑ってしまった。けどきっとこいつは、これで普通なんだろう。そうでなければ、今頃ここに住んでいられなくなっていた筈だ。だからこそ、それが無性に面白かった。いくら自分の為だからといって、こんなところに住みつく怪しい奴にここまで好意を寄せられるだろうか?
「あーあ。こんなに笑ったのは久しぶりだよ」
「あのー。私、何か面白い事しましたか?」
「ん? いや、まあそうだな。お前は面白いよ」
結局あの後、何百年ぶりかの雑談を楽しんだ。こいつの事は苦手だと思っていたが、慣れてしまえばなんて事はない。変なところで頑固になる事はあったが、むしろ聞き分けはいい方だった。話した内容と言っても、こっちはほとんど聞いているだけだったが自分でも驚くぐらい盛り上がってしまった。ただ、こいつはこっちの身の上だとか、なんでこんな所で暮らしているのかを聞こうとはしなかった。子供なりに何かを察しているのだろうか? まぁなんにしても、聞かれないに越した事は無いのだが。
それにしても不思議な奴だ、とつくづく思った。ここ数百年というもの、出来る限り誰とも関わらないように生きて来た。どんなに仲良くなっても、不老不死だと知った瞬間化け物を見るかのように見てきたし、無駄だと分かっていても殺そうとする奴等もいた。中には手懐けて利用しようと考える馬鹿な連中もいた。だけどこいつは、篠崎は今までの奴らとは違う気がした。自分が不幸な境遇にいるから他の人にも優しくしよう、そういう考えならまだわかる。しかし、しばらく篠崎と話してみたが、そんなふうに考えている様には見えなかった。きっと根がそうなんだろう。相手がなんであれ関係ないんだ。素直というか、純粋というか、それとも優しすぎるのか……。そこが危なっかしくて少し心配であるけれど、だからこそそんなところに引きつけられた。
「じゃあ、もう帰りますね」
「ん。気を付けて帰れよ。ああ、それとな」
「はい?」
「いつぞやのお礼の事なんだけどさ」
「はい! 何でも言って下さい」
「敬語、やめにしないか? なんというかさ、どうにも慣れないんだ。それに子供らしくない」
「んー、零児さんが言うならそうします」
そう言うと、篠崎はしばらくもじもじしていたが、やがて顔を上げた。
「じゃあ、あの…… れ、零児」
「ん?」
「へへへ。零児」
「なんだよ」
いや、本当になんなんだこの恥ずかしいやり取りは。
「ほら、もういいだろ? 帰りな」
「うん。あ、そうだ」
「どうした?」
「零児もその髪型やめた方がいいと思うよ」
「髪型?」
「ぼさぼさになってるよ」
そういえば、まともに他人と会話する事がなくなって以来、身だしなみというものに気を配らなくなっていた。といっても、別に今のままでも困る事はないから面倒なだけだった。
「別にいいよ、このままで」
「えー? もったいないよ。零児かっこいいんだし」
「は?」
「あー! 零児、顔が赤くなってるよ?」
「っ、年上をからかうな!」
捕まえようと手を伸ばしてみたが、篠崎はひらりと身をかわして避けてしまった。
「あ! それと篠崎じゃなくてちゃんと美香って呼んでください」
「はいはい、わかったよ」
今度こそ美香はにししと笑いながら帰っていった。
あれ以来、美香とは度々会うことになった。といっても、俺は特に刺激のある生活を送っているわけはないから、毎日会っていてもすぐ話す事が無くなってしまう。だから会うのは一週間に一度だ。俺が、森林の入口近く、初めて出会った場所で焚き火をして、美香が道に迷わないように目印の煙を上げるのだ。森に住む妖怪には言い含めてある。昔俺が妖怪退治の真似ごとをしていたこともあって、妖怪達は俺に怯えて近寄らないから楽なものだ。ただ、わざわざ腰掛けに使えそうな木を持って来たのは、我ながらやり過ぎな気がしないでもなかった。
そう。美香といる時間はとても楽しくて、つい忘れそうになる。例え半獣でも永遠には生きられないという事を。いつか別れる日が来るのなら、その前に自分から離れた方が傷は浅くて済むはずだ。なのに、いざ美香に会うとどうしてもその事を言えなかった。頭の中ではもう少しだけ、もう少しだけとその言葉ばかりが巡っていた。独りきりの生活が長かったから、その反動だろうか? それとも単なる庇護欲か? あんまり考えたくは無いが、無意識のうちに半獣なら普通の人間よりも寿命が長い筈だから、すぐ一人ぼっちにならずにすむなんて思っているのだろうか? 後天的とはいえど半獣なのだから間違ってはいないはずだ。問題は、俺がそんな浅ましい理由で美香と一緒にいるのかということだ。篠崎の人柄に引きつけられているのは事実だが、本当にそれだけだろうか? どんなに考えても自分では答えが出なかった。そして今日もまた答えを出せず、別れを告げる事もできず、美香を見送ることしかできなかった。
「じゃあね、零児! 今度ご隠居さんに教えてもらった面白い物見せてあげる!」
「あぁ、楽しみにしている。またな」
美香の姿が見えなくなってからも俺はその場に立ち尽していた。次はまた一週間後、それまでに俺は自分なりの答えを出せているのだろうか……。
「随分と素敵なお友達だな」
「っ」
聞き慣れた腹の立つ声に驚いて振り向くと、そこには木にもたれかかって腕を組んでいる如月空也がいた。
「久しぶりだな」
こっちを睨んでいる如月を無視して歩き出す。今はこいつの顔を見たくない。
「おい。せっかく会いに来てやったんだから少しは愛想を良くしたらどうだ。それとも、実はお前子供にしか興味が無いのか?」
不快だとも思わない。あいつの戯言はもう聞き飽きてしまった。
「盗み聞きか? お前も落ちるところまで落ちたもんだな。あとついてくるな」
「人聞きの悪い事を言うな。俺がここに来たら偶然貴様があの子供と話していただけだ。それに名誉の為に言わせてもらうが、聞いたのは別れの挨拶をする少し前からだ」
「そうか、それは悪かったな。どっか行け」
「断る」
「ちっ」
立ち止まって振り向く。すると、如月も立ち止まった。いつ見ても殺意の湧いてくるその顔は、いつも以上に腹の立つ顔をしていた。
「なんの用だ?」
「別に用という訳では無いが最近貴様をめっきり見かけなくなったからどうしたのかと思って探していた」
「あぁ? なんだそりゃ。別に俺が何処で何をしていようが勝手だろうが。放っとけ」
そこまで言い切ったところで、首を傾げることになった。如月が珍しい表情をしていたからだ。怒っているのとはちょっと違う、不機嫌そうな表情だ。なんなんだ? こいつだって俺の暴言は聞き慣れているだろうに。
「なぁ、折角だ。久しぶりに殺し合いをしようじゃないか。あの日、お前が唆した所為で薬を飲むことになったのを忘れてはいないぞ」
「はぁ? やだね。そもそもあの時、薬の話をしてきたのはお前じゃないか。第一俺は今そんな気分じゃ――うわっ」
咄嗟に飛び退く。見ればさっきまで俺がいた場所を薙ぐ刀があった。
「どうだ? やる気になったか?」
「上等だてめぇ……」
ここまで挑発されて、背を向けられる筈がない。
「行くぞ如月ぃ! 喧嘩を売ったことを後悔させてやるぜ!」
「そうこないと」
目が覚めると、目の前にぶん殴りたくなる顔があった。が、身体が動かない。全身の傷は深く、その痛みでまた気を失いそうだった。
「うっ…… くそ」
「無駄だ。まだ完全に治りきってない。先に意識だけ戻ったようだな」
ぎちぎちと痛む首を回して自分の身体の状況を確かめた。右腕は丸ごとちぎれているし、両足はなんとか繋がっているくらいぐちゃぐちゃだった。傷を見るのは慣れているが、これは流石にぞっとする。
「ぐっ、あぁ…… いってぇ……」
ほんの少し力を入れただけで全身に激痛が走った。視界に火花が散る。内臓も傷んでいるのか、呻いた拍子に血を吐いた。
「ちく、しょう……」
「いい加減に諦めろ」
あれから数時間、何度も挑戦しているのに一度も勝てなかった。いつもは大概引き分けで、負けたとしてもここまで酷くやられる事は無かったのに。
「お前、つまらなくなったな」
「あぁ?どういう、意味……うっ、ごほっ」
「あの子供と知り合ってから弱くなったのではないか?」
「あいつ、は……関係、無いだろ」
左腕だけでなんとか身体を持ち上げる。脚は完全に治ったし、生えかけている右腕の痛みも堪えられない程ではなくなった。まだふらつく脚で立ちあがって、近くの木にもたれかかった。足元に広がる血だまりを見て、乾いた笑いが出てきた。無様に負けたものだ。
「本当につまらない男になった」
「あぁ? だから、何がどうつまらなくなったってんだよ?」
俺がそう言うと、如月は立ちあがって服の汚れを叩き落とし溜息をつくと、結局無言のまま首を振った。
なんなんださっきから。人の事を勝手につまらないって好き勝手言いやがって。いい加減腹が立ってきたし、傷もほとんど治ってきたところだ。もう一戦挑んで今度こそぶちのめしてやろうか。
そして俺が、一歩踏み出そうとした時だった。
「何を勘違いしているのか知らないが、あの子供は俺達とは違うんだぞ?」
足が止まった。それどころか、心臓を鷲掴みにされたような気さえした。
「なにを、急に」
言い出すんだと、言いたかったのにそこから先は声が掠れて言葉に成らなかった。反論しなきゃいけないのに、何を言えばいいのか分からなくて口はもごもごと動くだけだった。
「お前があまりに楽しそうにしているから忠告しておこうと思ってな」
「よ、余計なお世話だ。それにあいつは……」
半獣だから、なんだっていうんだ? 俺と美香とでは住む世界が違いすぎる。そんなこと、如月に言われなくてもわかっていたはずだ。
「俺達は普通じゃないんだぞ?」
如月は俺の身体ではなく、地面に広がる血だまりを見つめながら、子供を諭すような声で言った。そうだ、俺は不老不死だとか以前に、生き方そのものが普通じゃない。こんな殺し合いでしか生きていることを実感できない奴が、今更あんな子供と仲良くなって楽しくお話して、なに普通の人間みたいに振舞って――
「違う……今はもう違う!」
俺はもう以前の俺とは違う。殺し合いなんてしなくても、俺は……!
「そうか? お前はもう少し自分がどういう生き物なのか弁えるべきじゃないのか?」
如月の言葉に打ちのめされた気分だった。足からは力が抜け、その場に崩れ落ちそうになった。否定出来なかった。出来る筈がなかった。事実さっきの俺は、如月との殺し合いを楽しんでいたのだから、たとえ生き甲斐ではなくなったとしても、そんなのは獣と何も変わらない。
「俺、は……」
ふと、生え揃った自分の両手を見下ろした。如月と殺し合いを続け、お互いの血で汚れきったこの手で、俺は、何度も美香に触れてきた。何度も。何度も。如月にあんな事を言われたからだろうか、まるでその行為が、手に付いた血を拭うためのものだったかのように思えた。
「っ」
口に手を当て喉にせり上がってきたものを寸でのところで飲み下す。
違う。そんなことはない。そんなつもりじゃなかった。俺はただ美香といるのが楽しかっただけで……
「ようやく自覚出来たようだな」
「ち、違う! 俺は……俺、は……」
否定しなきゃいけないのに、どうしても言葉が出てこず、握りしめた拳は震えるばかりだった。そんな俺の様子を見て何を思ったのか、如月はまた溜息をついて背を向けた。その時、如月はちらっと横目でこちらを見たが、その目には憐れみの色さえ浮かんでいた。
「俺は帰る」
「待ってくれ。俺は」
如月はぱっと振り返ると、さっきより鋭い目で睨みつけてきた。
その迫力にたじろいでしまい言葉を口にすることが出来なかった。そんな俺の姿に呆れたのか、如月は何も言わずに向き直りそのまま一言も口にすること無く立ち去った。その背中が月明かりで隔たれ、完全に夜の暗闇の中へ隠れてもなお、俺は手を伸ばす事が出来なかった。
そして時は過ぎ、美香が来る日になった。
「零児! 久しぶりー!」
美香が走って来て俺のすぐ近くで立ち止まる。
「あぁ、久しぶり……」
「えっと、どうかしたの?」
やっぱり、演技は下手らしい。なるべく顔には出さないようにしていたのに、あっさり感づかれてしまった。
「ああ。今日はちょっと、話したい事があってな」
「話したい事?」
「そうだ……美香、もうここには来るな」
美香は少しの間きょとんとしていたが、私の言ったことを理解すると途端に泣きそうな顔になった。その痛ましい表情に、胸が苦しくなる。
「な、なんで……どうして? 私、何か悪い事した?」
「違う。お前は何も悪い事なんてしてない」
「じゃあなんで? 私のこと嫌いになった?」
「馬鹿言うな。嫌いになんてなるもんか」
身勝手だとわかっていても、美香の顔を真っすぐ見れなかった。見たら決心が揺らいでしまうような気がして、俺は俯いたまま話を続けた。
「悪いけど理由は言えない。ただ、もう俺達は会わない方がいいんだ」
「なにそれ! 納得でき――」
俺が焚き火の後を乱暴に踏み潰すと、美香はびくりと身体を竦めた。砕けた燃えかすが飛び散って俺の足の上に乗る。軽い火傷になったが、それもすぐに治ってしまった。そんな事よりも小さな悲鳴に胸が締め付けられた。前にも聞いた、自分を恐れる声。あの時は何とも思わなかったのに、今では耐えがたいほど辛かった。けど、ここで引き返すわけにはいかない。
「頼む、言う事を聞いてくれ」
「零児……」
「ごめんな」
背を向けて、震えそうになる声でそう言った。しばらくして美香が立ち去る音が聞こえてきた。足音に混じって聞こえてきたすすり泣く声が、ずっと耳に残っていた。
完全に足音が聞こえなくなって、気配も感じなくなってからようやく振り向いた。当然そこには誰もいなかった。
これでいいんだ。ちょっと前の自分に戻っただけじゃないか。寧ろ今までがおかしかったんだ。何度も他人に関わって、その度に痛い目を見て来たんだから、たった一人の子供と縁を切っただけでなにをそんなに苦しむ必要がある?
「くそっ!」
やり場のない怒りと悔しさを吐き出す為に、残っていた燃えかすを蹴散らした。もう二度と、この場所で焚き火をする事は無いだろう。散らばった燃えかすから目を逸らして、俺は森林の奥へと戻っていった。
あの日から俺は何度も如月に挑戦した。だがどうしても勝つ事が出来なかった。原因ならわかっている。如月を前にすると、あの夜の事を、そして美香と別れた日の事を思い出してしまい集中出来ないのだ。こんな調子では美香と別れた意味がないのに、その気持ちばかりが先走って思うように戦えなかった。最初は俺の挑戦を受けていた如月も、そんな俺を見て「今のお前とは戦う意味が無い」と言ってきた。その時のあいつの顔は、今まで見てきた中で一番怒っていたと思う。それ以来、俺は気持ちの整理が出来ないまま悶々とした日々を過ごしていた。
それが美香と出会ってから別れるまでの時間より長くなった頃だった。その日は妙な胸騒ぎがして一日中森をうろついていたのだが、結局原因を突き止める事が出来ないまま夜を迎えてしまった。そういえば美香と初めて会った日もこんな満月の夜だった。そんなことを考えていたら足が里の方へ向かっていた。別に美香の事が気になった訳ではない。ただ何となく、今日はもっと見やすい所で月を眺めたかっただけだ。森から出て、のんびりするのにちょうどいい場所はないだろうかと辺りを見回している時だった。ふと誰かの叫び声が聞こえた気がした。
「なんだ?」
気のせい、ではない筈だ。まさか、とは思いながらも村の方へ走りだす。こんな夜中に村の方から悲鳴なんてただごとではない。
里へ近付くと、ますます声は大きく聞こえてきた。やはり気のせいではなかった。しかも一つや二つではない。それに今でははっきりと妖気が感じられた。どうやら里が妖怪に襲撃されたらしい。
「これ、は……」
里に着いたが、状況は思っていた以上に酷かった。女たちは子供や老人を連れて逃げ惑い、男達は武器を持って群がる妖怪達と戦っていた。が、戦況は誰が見たって絶望的だった。戦っている男達は傷だらけで、何とか持ちこたえているといったようだった。
「おい、お前ら……っ!」
一瞬、頭の中が膨れあがったかのように錯覚した。正面にいた妖怪に、美香が捕まっていたのだ。妖怪の節くれだった指が、美香の細い首にぎりぎりと食い込んでいた。半獣化して多少の妖力を持った美香は狐火と呼ばれる青白い火の塊をぶつけていた、だけどそれも本物の妖怪の前では無意味だった。ぜぇぜぇと喘ぐ美香の体からは少しずつ力が抜けていき、手足が弱々しく垂れ下がっていった。
「てめぇ……」
「あぁ? げっ、てめぇは」
他の妖怪達も俺に気付き近付いてきたが、そいつらを無視して突っ走る。あいつにあれ以上喋らせたくなかったし、美香の苦しそうな顔を見たくなかった。相手が何かを言おうとしたが、それより先に拳を叩きこむと相手は美香の首を掴んでいた手を話して吹き飛んだ。
「大丈夫か?」
「げほっ……うぅ……れい、じ?」
「お前、なんで逃げなかったんだ? 他の子供は逃げているじゃないか」
苦しそうに咳き込む美香の体を擦ってやりながら聞くと、美香は「だって、私はみんなより強いから……」と答えた。たったいま殺されかけていたのに「ごめんね」と笑った。
「馬鹿だよ……お前」
「へ、へへ……ちょっと無理しちゃった」
「もういい。お前はゆっくり休んでいろ。後は俺がやる」
美香をその場に寝かせると、俺は刀を抜きながら様子を窺っている妖怪達の方へ振り向いた。
「さてと。てめぇら、覚悟はできてんだろうなあ?」
戦いは呆気ないものだった。思い出してみれば里を襲撃した連中の大半は見た事のある顔で、それも昔俺が負かした事がある奴等ばかりだった。そいつらは俺の顔を見た途端怖気ついてしまい数匹殺った時には全員逃げ出していってしまった。しばらく増援を連れてもう一度来ないか警戒していると遠くから妖怪達の叫び声がして、そしてすぐに止んだ。それから何も起こらなかったからおそらく妖怪共が責任の押し付け合いでもして争ったのだろう。
「ちっ、逃がしたか」
「零児。来てくれてありがとう」
「あ、いや……まあ、な」
いつの間にか近くに来ていた美香が真っすぐ見つめてくる。はっきりいってどう反応したらいいのかわからない。いったいどんな顔をすればいいのだろうか?
「あの……」
「ん?」
声をかけられたのでそちらを振り向くと、夫婦らしき二人組が立っていた。話しかけて来たのは男の方だ。声が恐る恐るといったふうだったが、無理もない。
妖怪に襲われていたところに突然見慣れない男が乗り込んできたうえに刀で妖怪を蹴散らしてしまったのだ。きっと混乱しているんだろう。
「えっと、どなたでしょう?」
できるだけ怯えさせないように尋ねたのだが、その質問に答えたのは美香だった。
「私のお父さんとお母さんだよ」
「えっ」
もう一度、二人の顔を見る。美香の両親だったのか。言われてみれば、似てない事も無い。
「先程は助けて頂き、本当にありがとうございました」
「あ、いえ、こちらこそどうも」
こちらこそってなんだ。我ながら間抜けな返事をしてしまい、心の中で苦笑してしまった。まさかこんな形で美香の両親と対面するとは思ってもいなかったから、すっかり頭の中が真っ白になってしまったのだ。いや、別に緊張する理由なんてないのだが、何故か姿勢まで正してしまっていた。
「もしかして、あなたが七尾零児さん?」
今度は母親の方が尋ねてきた。のだが、なんで俺の名前を知っているのだろうか?
「娘から話は聞いています。なんでも、近頃よく山で遊んでくれるかっこいいお兄さんがいるそうで」
「え……かっこいい?」
百歩譲って俺の事を話すのはいいとしてもだ、よりによってどうしてそんな紹介をしているんだこいつは!
「あぁやっぱり。娘から特徴を聞いていたのですぐにわかりました。いつも娘がお世話になっています」
「あ、は、はあ……どうも」
いや、おかしい。この状況でこの挨拶は絶対におかしい。美香がなんであんな性格をしているのかわかった気がする。間違いなくこの二人の影響だ。
「ん?」
気付くと、周りに人が集まっていた。彼らも戸惑いがちではあったが、美香の両親とは理由が違う。彼らの警戒は、むしろ美香に向けられていた。そうか、里の連中はまだ美香の半獣化の事を知らないんだ。
「零児……」
「大丈夫だ」
美香を背中に隠す。美香の父親は私の隣に立って美香の肩に手を載せ、母親はしっかりと抱きしめていた。
「ねぇ、あなた美香ちゃん、よね?」
「おい、その姿は、一体どういうこった? そりゃまるで、なぁ?」
「そうだ。説明してくれないか? どういうことなんだい?」
「いや、それよりこの男は誰なんだ? 刀を使っていたが、あいつ等とは違うのか?」
一人が口を開くと、あっという間に質問攻めにされた。その混乱は次第に恐怖に変わっていった。たったいま妖怪に襲われたばかりだと言うのに、自分達の住む里に得体の知れない者が混じっている。それだけで彼らが不安に陥るには十分だった。問い詰められる事には慣れているが、流石にこんな事態は初めてだった。必死に頭を回転させても打開策など思いつかなかった。
「なあ、説明してくれ! そいつは……それは、なんなんだ!」
「おい! なんとか言え!」
ついに皆が掴みかかろうとしてきた、まさにその時だった。
「落ち着かんか!」
突然凛とした声がしてきたので、俺達は驚いて声のした方を振り向いた。するとそこには背筋をぴっしりと伸ばした婆さんが立っていた。
「はいはい。皆、落ち着きなさい」
そう言って、その場を鎮めたあとこちらを振り向いてにっこりと笑った。年老いてはいるが、その言動と笑顔は不思議と安心感を抱かせる。泰然と構えた様子がそう思わせるのだろうか?
「私の今の名前は……夏葉と申す。あんたが皆を助けてくれたのじゃな。」
婆さんは目の前に立つと、俺の体を上から下まで無遠慮に見てきた。
「ふむ、やはりあんたも普通の人間とは違うようじゃの」
「な、なんでそれを」
「凄かろう。無駄に年をくっているわけじゃ無いからの」
彼女は自慢げに胸を張ると、我慢が出来ないといったふうに吹き出した。
「ふふ、からかってすまないの。でも感謝しているのは本当じゃ。ま、なにはともあれまずはこの場を収めないといかんの」
「大丈夫か? その……この子の事」
俺の後ろから不安そうに見上げている美香の髪を撫でてやる。これだけの人数に囲まれて敵意を向けられていたんだ。泣きださないだけでも立派なものだ。
「任せときんさい」
胸をとんと叩いて、婆さんはにかっと笑った。そしていきなり俺の後ろに回り込んで美香を引っ張りだしてしまった。
「え、おいっ」
あまりに突然のことだったので俺も美香の両親も固まったまま動けなかった。美香も状況が飲み込めず、混乱したままたどたどしい足取りで皆の前に出て行ってしまった。
婆さんはそんな俺達には頓着せず、さっきまでとは明らかに違う雰囲気で話を始めた。
「皆に話がある。おそらく、皆はこの子の容姿に驚いているじゃろう。これではまるで妖怪だと」
「なっ」
俺が呆気に取られたように、婆さんの話を聞いていた連中も、勿論美香の両親もその明け透けな物言いに息を呑んでいた。そして婆さんはさらにとんでもない事を言い出した。
「じゃが違う。実は、この子はお稲荷様の使者。妖怪に襲われ困っている我らにお稲荷様が救いの手を差し伸べてくださったのじゃ! そして選ばれたのがこの子というわけじゃ」
「「え!」」
驚きの声は、俺と美香のもの。遅れて、俺の後ろにいた二人の口からも戸惑いの声が漏れ出ていた。なにしろ、美香の半獣化の原因はこっくりさんの祟りだし、半獣化が始まったのだってずっと前のことだ。それが今になってお稲荷様の使者だなんて都合のいい話――あるかもしれない。俺と美香の両親そしてあの婆さんしか原因を知らないのだ、騙そうと思えばいくらでも騙せる。しかし、こんな状況で信じてもらえるだろうか?
「おお、なんと!」
「美香ちゃんがお稲荷様の? すごいわぁ!」
「ご隠居、それは本当ですか! こりゃあめでたい!」
あっけないな! それだけあの婆さんが信頼されているということなのか? どちらにしろ、美香が助かったのならそれでいいのだが。
それから婆さんは美香の体についてあることないこと説明した後、あれこれ美香が神聖な存在なのだと信じ込ませつつ、でも普段は普通の人間として接するようにとめちゃくちゃなことを言い出した。けれど皆ありがたそうに話を聞いているから、ここは余計なことは言わずに任せた方がいいだろうと判断した。ちなみに俺は、いつの間にかあの婆さんの知り合いの息子ということになっていた。怪しいにも程があるが、それを咄嗟のでまかせで信じ込ませてしまうのだから大したものだ。
「それにしてもあの婆さん、とんだちゃっかり者だったな」
「面白い人でしょ?」
隣に布団を敷きながら、美香は楽しそうにそう言った。婆さんの話が終わった後納得した皆は解散する事になったのだが、美香の両親の厚意で泊めてもらうことになった。最初は断るつもりだったが、あんな事があった後で心配だったから厚意に甘える事にしたのだ。とはいえ、流石に同じ部屋で寝るのは憚られたので別の部屋で寝ることにしたのだが、美香が一緒に寝ると言ってきたからこうなってしまった。
しかしこれはいい機会だった。美香には話しておきたい事があった。
「なぁ、ちょっといいか? 寝る前に、話しておきたい事があるんだ」
布団に潜り込もうとしてきた美香は、きょとんとしたまま出てきて俺の前に座った。美香は自分の運命を受け止めて、それでも生きていくと決めた。皆からどんな目で見られるかわかっていながら、それでも皆を護るためあの姿を見せて戦った。それなのに俺は逃げていただけだった。美香に何も話さず、ただ自分の都合だけで別れを告げるなんて卑怯だ。たとえこれで俺達の関係が決定的なものになってしまったとしても、後悔はない。
「なに?」
「ああ、美香にはまだ俺の事をなにも話してなかったからな」
美香は頭の良い子だ。これだけで俺が何を話そうとしているのか、すぐに理解したらしい。そこで俺は、自分が不老不死である事の経緯、如月空也との因縁、そして俺が美香に対してどういう気持ちを抱いているか、何故別れる事を選んだのかについて全て話してやった。子供には難しい部分もあったがそれでも美香は黙って最後まで聞いてくれた。
俺が話し終えても、美香はしばらく黙っていた。少し長く話しすぎたかもしれないが美香なら時間をかければちゃんと理解でき――
「なにそれ……」
「え?」
ようやく口を開いたと思ったら、美香は見るからに不機嫌そうな顔でそう言った。
「零児がなんでそんなに悩むのかわかんない。」
「あ、いや、だから……俺は」
「どうして零児が私と会うのがそんなに変なの? 友達と会いたいと思うのは普通じゃないの?」
美香の答えは単純なものだった。
「だけど、俺が如月とやっている事は気にならないのか? もうずっと……今でも殺し合いを続けていて、それを楽しんでいるんだぞ? 何とも思わないのか?」
「人を殺すのは駄目だと思う。死ななくても駄目だと思う。それに零児が傷つくのは怖いし嫌だ。でもしょうがないかなって思う。私はそんなに長生きしてないからよくわかんないけど、でも零児の話を聞いても私が零児のこと好きって気持ちは変わんないから、多分それでいいんだと思う」
美香の答えは今度もまた単純なものだった。けど、反論のしようが無かった。
情けなくなってくる。長い時を生きてきて、こんな小さな子供に諭されるなんて。嫌な思い出ばかりに囚われ、如月の言葉に踊らされて大切なものを見失っていた。俺がどんな奴なのかを知ってなお、美香は受け止めてくれた。好きだと言ってくれた。それがたまらなく嬉しかった。俺も美香の事が好きだ。この子と一緒にいたい。いつか、本当に別れなければならない時がくるまで、一緒に生きていきたい。
ぼろぼろと流れる涙を乱暴に拭って、美香を思い切り抱きしめてやった。ああ、そうだ。この温かさも、ずっと忘れていた。本当に、本当になんて温かいんだろう。
「零児―。苦しいよー」
「ああ……。うん、ごめん……。ありがとう」
「ねぇ、零児」
「どうした?」
「さっき言っていた如月って人とはこれからも、その……殺し合い、するの?」
「それは……まぁ、そうだろうな。美香には間違っているように思えるかもしれないし、俺もおかしいとは思うけど、腐れ縁ってやつだ。俺達はそういう形でしかわかり合えないんだよ。それに楽しんでいたのは事実だし……。だから多分これからも続いていくんじゃないかな。あいつの事は大嫌いだけどな」
「ふーん」
美香は唇を尖らせると、半目で見つめてきた。というより、睨んできた。そんなに俺の説明が気に入らなかったのだろうか? しかし、事実なのだからどうしようもない。
「ん? どうした?」
美香は自分の布団から出ると、何故か俺の布団の中に潜り込んできた。
「こっちで寝る」
「え? どうしてだ?」
「いいから。零児と寝るの」
俺の胸に顔を埋めながら、美香はもごもごとそう言った。俺としては一向に構わないし、むしろ誰かと一緒に寝るのは久しぶりだったから嬉しいぐらいだった。ちょっと照れ臭いが。
「美香、枕取って」
「やだ。うでまくらして」
今日の美香はずいぶん我儘だ。あんなことがあった後だし、甘えたいのだろうか?
「まぁ、別にいいけど」
俺の腕を枕にして、美香はぴったりとくっついて眠りについた。前より大きくなった耳が当たってくすぐったいけど、別に嫌な気分ではなかった。
完全に寝たのを確認してから、俺も美香の頭を撫でながら寝たのだった。
「ん……」
久しぶりの布団の寝心地は最高だった。しっかりと抱きついている美香を起こさないように離すと、俺は縁側に出て朝の空気を吸った。空気が随分蒸し暑くなってきている。もうすぐ夏がくるのだろう。
「あら、おはよう七尾さん。朝は早いのね」
声がした方へ振り向くと、そこには美香の母がいた。
「あ、おはようございます。泊めていただいてありがとうございます」
「そんなに固くならなくていいわよ。あなたは私達の恩人なんだから。それより」
「なんですか?」
美香の母はそこで一息つくと、姿勢を正して頭を下げた。
「娘がお世話になりました。本当にありがとうございます」
「それは昨日聞きましたよ」
「昨日だけではないでしょう? それにあなたにはこれから長い間、私達よりずっと……長い間、あの子がお世話になると思うから」
「聞こえて……いたんですか」
「ええ」
そう言って、美香の母はにこりと笑った。その優しげな笑顔は今でも記憶に残る母のそれとよく似ていた。自分を褒めてくれたり、慰めたりしてくれたとき、母は決まってこんな顔で頭を撫でてくれた。そんな事を思い出していると、つい泣きそうになってしまった。他人と関わらない生活が長かったのと一度堰が切れたのとで、感情の振れ幅が大きくなっているのかもしれない。
腹にぐっと力を入れて涙が出るのを堪えたが、母親というのは不思議なもので、そう言う事をすぐに察してしまうらしい。美香の母は肩に手をそっと乗せると、もう片方の手で頭を撫でてくれた。
「あ、あのっ」
「今なら誰も見てないわ」
「っ」
自分が最後に自分の母にこうしてもらったのはいつだっただろうか。さすがにもう思い出せないが、きっとその時も今と同じくらい嬉しかった筈だ。
「自分の方が……っ……年上、なんですけどね」
「あら、聞いた事ない? 親にしてみれば子供はいつまでも子供なのよ?」
美香の母はくすくす笑いながら撫で続けてくれた。流れる涙を受け止めてくれる人がいる事がこんなに安心出来ることだったなんて、この家族に出会わなければずっと忘れたままだったかもしれない。
「美香を、よろしくね」
「はい……任せてください」
「それじゃあ私は戻るわね。ああそれと」
「なんですか?」
「寝癖凄いわよ? あっちの部屋に姿見があるから直してきたら?」
慌てて手櫛で直す。まったく気付いていなかった。今までのやりとりをこの状態でしていたのだと思うと恥ずかしい。
「ふふふ。美香が起きる前で良かったわね、七尾君」
「七尾、君……」
なんだか体だけ大きくなった美香を見ているようだった。
「ねぇ、零児。お願いがあるんだけど」
「お願い?」
美香の家で朝食をご馳走になり、森に帰ろうとする直前のことだった。俺が玄関で履物を履いている後ろから、美香がそう声をかけてきた。
「どうしたんだ? 改まって」
「うん。昨日話してた如月さんって人のことなんだけど」
やっぱり殺し合いを止めて欲しいのだろうか?昨晩も微妙な反応をしていたし、まだ完全に納得出来ていないのかもしれない。しかし、美香のお願いは想像の斜め上をいっていた。
「零児が如月さんと戦ってるところ見てみたいの!」
「どうした如月ぃ! いつもより動きが鈍いんじゃないのかー?」
「ちっ、黙れ!」
頭に当たりそうな刀を寸でのところで受け止めた如月は、息も絶え絶えに叫んだ。
「なんでこの前の子供がここにいる!」
如月が指差した先には、地面に座って俺達の戦いを見物している美香がいた。あのあと何度も危険だから来ちゃ駄目だと説得したのだが、さすがというべきか、全く聞き入れてくれなかった。けれど、美香なりに俺の事を理解しようと努力しているのがわかって、甘いとは思いながらも連れて来てしまったのだ。
「子供にこんなところ――くっ、見せていいと思っているのか!」
「大丈夫だろ。美香はそこらの子供とは違う。それより余所見してていいのか?」
「ちっ、くそが!」
「くそっ……」
「今度こそ俺の勝ちだ」
「ふん。今回はあの子供がいたから集中出来なかっただけだ。それより……どうしてだ」
「ん? なにが?」
如月は大の字のまま俺をじっと見上げていたが、やがてこんなことを言ってきた。
「手加減しただろ」
「そんな事はしてない。俺はいつもどおりだ」
「嘘だな。ならどうして俺は死んでいない? どっちも死なないなんてことは今まで一度も無かった筈だ。あの子供がいるからか?」
二人して美香を見る。美香はきょとんとしたまま成り行きを見守っていた。
「どうだろうな……。でも勝ちは勝ちだ。」
如月は鼻を鳴らすと、そっぽを向いてしまった。
「満足できたか?」
美香の所に戻ってそう言ってやると、美香は肩を竦めてくすぐったそうに笑った。
「なんかね、色々凄かった! かっこ良かったよ!」
「はは、そっか」
「うん。でも、やっぱり怖かった」
「そっか……」
美香の頭を撫でてやる。慣れていないから力の加減が出来なくて少し乱暴になってしまったが、美香はけらけらと楽しそうに笑ってくれた。これでいいんだ。全てを理解してもらえるとは思ってなかったし、寧ろちょっと安心したくらいだ。美香はこのままでいるのが一番なんだ。
「それで、えっと。如月さんとお話していい?」
「は? いや、まぁ、俺はいいけど……」
振り返ってみれば、俺達の会話が聞こえていたのか如月も首を傾げていた。
「おい、如月」
「はぁ……別に構わない」
「美香に変なことするなよ」
念の為に釘を刺しておいたのだが、ものすごく睨まれた。そんなに怒らなくてもいいじゃないか。
「構わないってさ。でも気をつ――いって!」
いきなり殴られた脇腹を押さえながら美香を見ると、美香はじとっと半目で睨んできた。なんで美香まで怒ってんだ?
「零児はあっちいってて」
「え? なんで?」
「いいから!」
珍しく怒鳴ってきた美香の迫力に押されて、一歩下がってしまった。もしかして今の俺はとんでもなく情けないんじゃないか?
「何を話しているんだか……」
手持ち無沙汰な俺は何をするまでもなく、二人の姿をぼーっと遠くから眺めていた。二人とも小声で話しているから何を言っているのかはわからないが如月が動揺しているのがここからでもわかった。ただしそれは、喧嘩とか緊張しているわけでもなく和気あいあいとしている様にも見えた。何を話しているのか気になったがそれを後で聞いても怒られそうな気がする。
「なんか……空しくなってき――いてっ」
いきなり頭に鋭い痛みが走り、思わずしゃがみ込んで呻いてしまった。足元を見れば、掌程の大きさの石が落ちていた。さっきから俺の扱い酷すぎないか?
「呼びたいんだったら普通に声をかけろ!」
その石を拾って投げ返したが、如月は楽々避けてしまった。
「ふん。俺はもう帰る」
「無視かよ……。話は終わったのか?」
如月と美香は顔を合わせたが、美香が笑ったのに対し、如月は苦笑いのような表情を浮かべた。本当に何の話をしていたんだ?
そのあと、結局如月は何も言わずに帰ってしまうし、美香は美香で妙に上機嫌で帰る道すがらずっと俺の手を握っていた。
「寒くなってきたな。二人が心配してなけりゃいいけど」
「大丈夫だよ。零児と一緒にいるって言ってあるから」
信頼されすぎだろう。昨日あったばかりだぞ。
「なんていうか、美香の親ってすごいな」
ちょっと遠まわしな言い方をしてみたが、すぐに俺が言いたい事を悟ったらしい。小さく笑うと「だから大好きなの」と言った。そんな美香の頭をがしがしと乱暴に撫でてやると、けらけら笑いながら腕にしがみついてきた。やっぱり、美香にはこういう子供らしい仕草が似合っている。
「なんだか妹が出来た気分だよ」
「零児は……」
「ん? 俺がどうした?」
美香はしばらく俯いていたが、やがて小さく首を振った。
「ううん。なんでもない」
「なら、いいけど。おっ」
俺がちょうど前を向いた時だった。夜空を一筋の光が横切った。
「流れ星か」
「え……」
と、美香は不安そうな声を出したかと思うと、さっきよりも強く抱きついてきた。
「どうかしたのか?」
「零児は怖くないの?」
「ああ、そっか。美香は流れ星が怖いのか」
昔から流れ星を凶兆として見る人がいたが、その風習は今でも残っているようだ。
「流れ星をどう見るかなんて人それぞれだ。昔から美香と同じような考えをする人はいるけど、俺は綺麗だと思う。それに流れ星が流れている間に願い事を言うと叶うとも言われているしな」
美香は夜空をじっと見つめていた。とっくに流れ去ってしまった流れ星を追いかける目は、もう怯えてはいなかった。
「また、見えないかな?」
「どうだろうな、そうそう見えたりするものじゃないだろうし。ま、二度と見えないわけじゃないから気長に待てばいいさ」
「うん、そうだね。その時は……また零児と一緒に見たいな」
この時俺が、美香の頭をそっと撫でてやった事は、誰に話したって理解してもらえる事だろう。
色々な事を話しあい、そして笑い合いながら俺達は手を繋いで星空の下を歩いていく。どうかこの時間が長く続くようにと願いながら。
〈続く〉
あとがき
こんにちは、新入生の方は初めまして夜天童子です。
今回は二十ページ程で終わらせる予定でしたが書いている途中で登場する予定のなかった人物を出したりした所為で落ちがつけられなくなったので続きます。すみません。一応、次で終わる予定です。そのあと如月空也の物語を書けたらなぁと思っていますが予定は未定です。
では、物語と登場人物の解説を書いていきます。
物語としては最初に書いたとおりに竹取物語の後、裏ではこんなことがあったという想像の物語です。ちなみに不死の薬を天に一番高い山で燃やすというところまでは竹取物語です。そんなの知っているよと思うかも知れませんが、残念ながら自分の姉は盛大に勘違いしたので一応書いておきます。続いて登場人物達です。
七尾零児と如月空也についてですが二人は違う村出身でずっと同じような事をして暮らす村に嫌気がさして都に上京し似たような理由で村を出た二人は仲良くなり兵士として暮らしていた。その後かぐや姫の件があった後、帝が兵士に何が入っている壺かを教えず次の日にそれを山で燃やして来るように命令した夜、帝の独り言を偶然聞いてしまったのが如月です。その後如月は冗談のつもりで七尾に話したのだけれど興味をもった七尾が如月を誘って蔵に忍び込み薬を飲んで――。後は作品にあるとおりです。
ここまで読んで少なからず一人は思ったでしょうが、ちゃんとストーリーを考えているなら作品に書けよって事ですかね。実は最初は書いていました。でも竹取物語の部分を書くのは流石にページ稼ぎになるしぐだぐだになると思い、ばっさり削りました。文章力が及ばず申し訳ない。
さて、気を取り直して次は篠崎一家についてです。
まず、美香ですが最初はかぐや姫繋がりで兎の半獣にする予定でしたが半獣化する切欠を思いつかなかったので却下。そしてなんだかんだで狐になったのですが理由としては色々やりやすかったし、何より自分が好きだからです。狐は寄生虫が怖いですが好きです。
次に両親ですが特に書く事はありません。父親が途中から空気ですがそこら辺は気にしないでください。(単純に存在を忘れていた)
とりあえず、今解説出来るのはこれくらいです。あとがきを見てなるほどな、と思った人は分かりにくい文章を書いてごめんなさい。上達できるよう精進します。
今回はこの辺で終わりにします。作品を読んで頂きありがとうございました。次の作品も読んで頂けると幸いです。それでは、いつかまた会う日まで。