とある夜、一人の少女が夜の道を駆けっていた。その少女はシャツの上にカーディガンを羽織り、スカートを着用していて、一目で学生と分かる服装をしていた。
相当走り、息を切らせた彼女が行き着いた場所は、ある工業系の高校だった。校門は当然ながら南京錠やらの鍵で厳重に閉ざされていた。それを確認した彼女は、右手をかざし、ブツブツと何かを唱え始めた。すると、門を固く閉ざしていた鍵がカチッという音を立てて開錠された。
校舎に入ると、前を見るのも難しい程の暗闇が廊下を支配していた。それにも関わらず、彼女は歩みを止めなかった。彼女が歩き始めて、五分程度というところで、暗い廊下に光が差していた。その光は、体育館の照明によるものだった。
「校長先生のスピーチ、もう始まっちゃってるか」
彼女はそうつぶやき、体育館の扉をそっと開けた。そこには、夜中にも関わらず、百人程度の学生と十人強の教師らしい人が、校長の話に耳を傾けていた。
「えー、それでは私からの話は以上だ。いつも言っておるが、私は神であり、その神を冒瀆するような事は許さん。例えば、今コソ泥のように扉から入ってきた奴」
その言葉を聞き、体育館にいる人間、ほぼ全員が後ろを振り返った。
「うわぁ! す、すいません。今度からは気を付けますので、何卒お許しを!」
「ふん、まぁいいだろう。それでは、さらなる魔法の技術向上を目指し、勉学に励むように。今日はこれにて解散!」
校長がそう告げると、その場にいた人々は霧のように消えていった。
* * *
この夜中に起きている出来事は、夢などではなく、れっきとした現実だ。大体の人は勘付いたであろうが、この学校は普通の工業高校という建前の裏に、魔法学校という顔を持っていた。
* * *
「花蓮、なんで今日遅れたりしたの?」
授業中、先ほどの少女に別の少女が小声で話しかけている。
「いやぁ、寝坊しちゃって」
「また? あんた一体何時間寝てるの?」
「何時間寝たっていいじゃん。あ、そんなことより、今日校長先生何話してたの?」
「別に、変わった事は言ってなかったよ。いつも通り、校則は破るなって執拗に釘刺してた」
「あぁ、校外で必要以上に魔法使わないとか、魔法科以外の生徒との恋愛禁止とかってやつか」
しばらく彼女らは雑談を続けていたが、流石に教師に気付かれてしまった。
「こら! そこ、何喋ってんだ!」
「す、すいません。」
一喝された二人は一言謝り、雑談を中断した。
* * *
「や、やばい。また寝坊した」
花蓮という名の少女は昨日と同様に道を駆けっていた。しかし、よっぽど焦っていたのか、前から歩いてきた少年に気付かず、ぶつかり転んでしまった。
「痛っ、あっ、ごめんなさい」
「ああ、こちらこそごめんなさい」
花蓮は起き上がるとすぐにまた走りだしていった。その後ろ姿を見た少年は、ある違和感に気付いた。
「あれ? あの子が着てる制服、俺たちの学校のやつだな」
その少年は、好奇心に駆られて、今の少女を追いかけていった。
* * *
花蓮はまた、校門の前に着くと例の呪文のようなものを唱え始めた。夜の暗闇に隠れ、それを見ていた少年は驚いた。校門がまるで、自動ドアのように勝手に開閉を始めた。少年の頭の中には、一つの考えがよぎった。
「まさか、魔法?」
疑問を口にしてみたが、どうにも非科学的過ぎて夢でも見ているかのような気分になった。しかし、それ以外に今の出来事を説明できる言葉が見つからなかった。
その間にも、花蓮は校舎の中に入っていった。少年も校門を乗り越えて花蓮を追いかけて行った。
真っ暗な廊下の中で、花蓮は違和感を感じていた。自分の他にも今、この廊下を歩いている人がいる。花蓮は最近習った護身用の軽い攻撃呪文を頭の中で復習しながら、突然振り返った。
「誰! 後ろにいるのは」
「わ! ごめん。僕です。さっき道で会った」
「何? 私の事つけてきたの?」
「いや、そうなんだけど、実は僕、この学校の生徒で機械科に所属してて、それで、今日偶然この学校の制服を着た君に会ったんだけど、こんんな夜中に制服でどこに行くのかなと思って」
「キカイカ? いずれにせよ魔法科じゃないのか」
魔法科以外で、同年代と会ったことがなかった花蓮にはこの少年がもの珍しく見えたらしい。
「敵意もないみたいだし、さっきのも本当のことっぽいわね」
とりあえず警戒を解いた花蓮はもう少しこの少年と話すことにした。
「どうせ今から教室行ったって欠席扱いになるんだから、ちょっと話相手になってくれない」
「あ、ああいいよ」
「私は花蓮っていう魔法科の生徒なんだけど、あんた、名前は何ていうの?」
「セツナ、僕の名前は刹那だ」
魔法科と機械科、異なる立場の人間に興味が湧いた花蓮と刹那はこの時を機に度々出会うようになった。
* * *
ある日から刹那が夜の学校に姿を見せなくなった。花蓮も最初の方は特に気にもしていなかったが、日を増すごとに心配になっていった。そんな気持ちが頂点に達したころ、学校の放送で、ある呼び出しを食らった。
「桜花蓮さん、校長先生がお呼びです。至急校長室まで来てください」
花蓮は嫌な予感がしていた。そして、その予感は見事に的中してしまう。
「桜花蓮、あなたはここに呼ばれた理由がわかりますか」
花蓮は黙って横に首を振った。
「これを見れば少しは分かりますか?」
校長が指を鳴らすと花蓮の目の前に、傷だらけの刹那が現れた。
「校則違反ですよ。魔法科以外での恋愛はね。この少年には悪いですが、罰を受けてもらいました。今はもう虫の息でしょう」
校長は邪悪な笑みを浮かべ、花蓮の方を向き、こう告げた。
「止めはあなたがしなさい。そうすれば、あなたの罰は取り消しましょう。もし、彼を助けたかったらそうしなさい。あなた位の力でもまだ、間に合いますよ。しかし、その時にはあなたという存在が無くなることになると思いますがね」
花蓮は刹那に近づくと手をかざし呪文を唱えた。
「おやおや、自らを犠牲に彼を助けますか」
花蓮はそれに対しこう答えた。
「当たり前です。だって私は彼が好きなんですから」
その答えを聞くと、校長は花蓮と刹那に向かって呪文を唱え始めた。
そして、最後にこう言った。
「合格です。末永くお幸せに」
* * *
次の日の朝、仲むつまじく花蓮と刹那は手を繋ぎながら登校していた。昨夜、校長が二人に使った魔法は、記憶を書きかえる魔法で、二人から魔法に関する情報を消したのであった。
「ふふ、私も甘くなりましたか。」
校長は一人、校長室から二人の姿を見てそうつぶやいた。