北欧神話にある悪戯を司る神。最高神オーディンの息子にして、度重なる悪戯の末に神界を追放された神。その名を邪神ロキという。

 

 ネオンが煌々(こうこう)とする夜のセンター街。そこに一人の男がいた。彼は、ジーンズに大きめの白い半袖シャツ、首にはカラフルなストール、頭には黒いニット帽、露出している腕にはシルバーのアクセサリーといった格好をしていて、一言で表すならば、奇抜な風貌をしていた。

 彼はしばらく街を歩いてくと、一人の中学生くらいに見える少年にすれ違いざま声をかけた。

「おい。そこの少年」

 その声に少年は、一瞬驚いたような仕草をした。

「僕ですか?」

「そう。その僕だ」

「お前、何か困ってるんだろ?」

 男の問いに対し少年は驚いた表情を見せる。

「な、なんでわかったんですか?」

「そんなことはどうでもいいだろ。悩んでること全てを俺に話してみろ」

 男は、少年が困惑しているにも関わらず勝手に話を続ける。当の少年はそんな男に恐怖を覚えているのか、足が小刻みに揺れている。

「怖がる必要はねぇ。さ、早いとこ話しな」

 男の言葉に異様なプレッシャーを感じた少年は、自身の抱える悩みについて口を開いた。

「実は、さっきまで人探しをしていたんです」

「ふむ。さっきまでという事はもう済んだのか?」

「いいえ、今日だけで半日は探してたんですけど、結局見つからず終いで、今日は諦めて帰るところでした」

「その言い方だと、明日も人探しをするつもりか?」

 少年は黙って頷く。

「警察とやらには相談しねぇのか?」

 この問いにも少年は黙って頷く。

「成程、理由ありってやつか。詳しく教えろ」

「はい、僕が探してるのは僕の兄です。兄は不良をやっていて、最近父と喧嘩したのを境に悪い連中と付き合い始めたんです。それからというもの、兄は家に帰ってこない日が増えて、今回は二週間も帰って来ないんです」

「それで、心配して探していたわけか」

「はい」

 それから男は少しの間考え込み、少年に告げる。

「わかった。俺がお前の兄貴を探し出してやる」

「え?」

 突然の事態に少年は再び驚きを露わにする。

「聞こえなかったのか? 俺が代わりに探してやると言ったんだ」

「でも、あなたは兄の顔も知らないし、大体他人じゃないですか」

「他人だったらいけねぇか? それに、お前の兄貴の顔なんざお前から特徴聞けば済む話だろう?」

「ま、まぁそうかも知れないですけど」

「じゃあ、お前の兄貴の特徴を言ってみろ」

「えっと、細身で身長が一七〇くらいでハッキリとした目をしていて、髪が茶髪のショートヘアだ、ってことくらいしかないかな」

「それだけか? もうちょっと絞り込んでくれ」

「うーん。強いて挙げるなら左目の下にホクロがあるくらいです」

「まぁ、それでも情報がないよりはマシだな。ちょっと待ってろ」

 男はそう言うと、ポケットから携帯電話を取り出し、何処かに電話を繋いだ。

「もしもし、俺だ。人を探している。特徴言うぞ」

 男は電話の相手に先ほど少年から聞き出した情報を伝え始めた。

「ふむ。わかった。此処からさほど離れてないようだな」

 男が納得したように思えた次の瞬間、男の顔がゆがんだ。

「は? 親父? なんで俺がそんな事気にする必要があんだよ。俺は親父から勘当された身だぜ?」

 男は電話口の相手に反論しているようだ。電話口から相手の声が漏れているわけではないが、時折男が相槌を打っているので、相手も負けじと反論していることがわかる。

「いいか? 俺は、親父とはもう他人なんだよ。分かったか、ウルド」

 そう言うと、男は一方的に電話を切ってしまう。

「たく、まただ。すぐに親父の名前出しやがって」

「あの、何処に電話してたんですか?」

 少年は男に問いかけた。

「あぁ、俺の知り合いだ。人探しはそいつの得意技なんでね」

「それで、僕の兄の居場所はわかったんですか?」

「一応な。ただ、早くしねぇと何処かへ移動するかもしれない。急ぐぞ」

 そう言い放ち、男は足早に歩き始めた。少年もその後を追い、煌めく街の中へと消えていった。

 

     * *

 

 男が向かった場所は、先程まで居た街とはかけ離れた雰囲気の2階建ての廃屋だった。さっきの場所からは数百メートルもない距離だが、その建物だけが、まるで別次元のもののようにも感じられる。

「此処にいる様だな」

 そう呟くと男は、薄笑いを浮かべる。

「ちょっと待ってな。すぐ戻ってくる」

 そう言い終わるか否か、男は小走りでその場から去ってしまった。突如として一人きりにされた少年は困った様子でその場で固まってしまった。

「そんな、待ってなって言われても、心細過ぎる……」

 それからしばらく経つと、突然ガラスが割れるような音が辺りに響いた。その音を聞きつけたのか、男が走って戻ってきた。

「どうやら、事態は軽くなさそうだな。おかげで仕掛けも一つしか作れなかったぜ」

「今の音、この建物からですよね?」

「あぁ、間違いねぇ。最悪の事態になる前に突入するぞ」

 男は、廃屋の扉を思いきり開く。しかし、扉の周辺には誰もいない。

「二階だな。行くぞ」

 廃屋の中を見回し、男はスタスタと二階へ続く階段を上っていく。その後ろを少年がオドオドとした様子でついている。

 男が二階のフロアに入った時、茶髪の少年と目が合った。

「てめぇ、此処に何の用だ」

 男は、少年の問いを無視してその横を通り過ぎようとする。茶髪の少年は、男に殴りかかろうと拳を振り上げた。しかし、それよりも先に男の拳が茶髪の少年の顔面に入ったため、それは不発に終わった。

「一応聞いておくが、こいつは君の兄貴か?」

「い、いいえ。違います。」

 そうか、と言わんばかりに、男はその倒れこんでいる少年を部屋の隅の方へ投げ飛ばした。

「おい、今変な音しなかったか?」

 屈強そうな男が、音を聞きつけて少年らのいる部屋を覗きに来た。

「なっ、てめぇ何者だ?」

 屈強そうな男は部屋の隅に倒れこんでいる少年を見て、一瞬驚いたが、状況を把握したのか、男に対して敵意をむき出しにしている。

「誰だっていいだろ? お前も俺に倒されるんだからな」

 その言葉が、相手の逆鱗に触れたのか、屈強そうな男は、少年らの方へ突進してきた。それも、男は体よく(かわ)し背中にカウンター蹴りを一撃加えた。

 屈強そうな男は、その攻撃を受け、背中を押さえながら悶えている。しかし、その男は立ち上がり、よろめきながらも、先ほどまでいた部屋に戻っていく。

「ふん。どうやらボスのところまで案内してくれているようだな」

 その後を追い、男と少年はボスが居るであろう部屋へと入って行った。そこには、先程の男と数人の青年、そして額から血を流している茶髪の少年一人がいた。

「兄さん!」

 男の後ろについていた少年が叫ぶ。どうやら、血を流している少年が彼の兄らしい。

「ハハハ。おい、お前のかわいい弟君のお迎えだぞ」

 青年らの内の一人が、流血している少年の髪をわしづかみ言う。しかし、気を失っているのかその少年はグッタリして微動だにしていない。

「兄さんに何をしたんだ」

 少年は怒りと恐怖でか、震えた声で青年らに問う。

「何をしたかって? こいつが俺達のグループから抜けたい、って言うからケジメをつかせてやってんのさ」

 一人の青年が悪びれた様子もなく答える。すると、この部屋に入って初めて、男が口を開いた。

「ケジメ、か。それにしては、バイオレンス過ぎねえか?」

「俺達のルールに文句があるならお前らも同じ目にあってもらうぜ」

「やれるもんなら、な?」

 男の挑発的な言葉で青年らが一斉に襲い掛かってきた。しかし、男はあくまで冷静な姿勢を保ちながら、腕にはめた腕輪を外す。

「覚醒しろ、ドラウプニル」

 男がそう唱えると、腕輪は形を変え黄金色の槍に変わった。そして、その槍を天に向け、続けて唱えた。

「放て、レヴァテイン」

 すると、槍から目では確認できない衝撃波が青年らを襲い、男とその後ろの少年と少年の兄以外、全員が部屋の壁に体を打ち付けた。

「ん? しぶといのが一人いるようだな」

 男の目線の先には強打した背中を押さえながら、男を睨み付ける青年がいた。

「面白い事してくれるな」

 その青年は口もとをニヤリとさせ言う。それに対し、男は何も言わず少年の兄を担ぎ上げ、少年とともに部屋を後にしようとする。

「おい、待て!」

 青年が速足で男を追いかけるが、男は全く反応しない。しかし、男は部屋を出た瞬間、振り向き言った。

「捕えよ、ルーン」

 すると、部屋の扉が突然閉まり、青年らは部屋の中に閉じ込められた。

「な、なんだ? 扉が開かねえ?」

「あぁ、それ、二、三日は開かないからな。まぁ、それまでに全員悔い改めるんだな」

 部屋の中の青年はその言葉を聞いても諦めきれないのか、扉を激しく叩いている。男は、その事には気にもせず、担いでいた少年の兄を降ろし、話しかけた。

「おい、もう起きな。全部終わったぜ?」

 意識が戻ったのか、唸り声をあげながら少年の兄はゆっくり目を開く。そして、弟の存在を確認したのか、驚いた素振りを見せている。しかし、男は一方的に話を進める。

「お前、何であいつらと縁を切ると決めたんだ? 怖くなったのか?」

「そうです」

「じゃあ、何であいつらのグループに入ろうとなんて思ったんだ? 親父との喧嘩が理由か? そうだとしても、あいつらがヤバい連中だって事くらいは分かっただろうよ」

「……言っても分かってもらえないと思うけど、気にして欲しかったんだ、父さんに」

 男は、その答えが予想外だったのか一瞬顔を引きつらせた。だが、隣でその答えを聞いていた少年は、兄に言った。

「兄さん、父さんが気にしないわけないじゃないか。父さんは、兄さんがあいつらと組み始めたのを知って、ずっと悔やんでるんだよ? 自分のせいで兄さんがそうなったんじゃないかって」

「本当か?」

「本当だよ。だから家に帰って父さんと仲直りしてくれよ、兄さん」

 少年の兄は涙を流し、壊れた人形のように「すまない」と繰り返し弟に許しを請いた。

 ふと、少年は男の事を思い出した。

「あ、有難うございま……。あれ?」

 少年は男に感謝の言葉を投げかけようとしたが、既に男の姿はなかった。

 

     * *

 

 男は繁華街の中に居た。彼は、夜が明け始めた空を見上げ、独り言を呟いていた。

「親父に気にされたかった、か。俺も最初は無意識にそう考えて悪戯してたのかもな。」

「俺、下界で善行積んで待ってるから、いつか許してくれよ、親父」

 空を見上げている男の目からはいつしか一筋の涙がこぼれていた。

 

 

 

 

 

あとがき

 こんにちは、当時二年の雪鳥です。というのも、元々部誌の方に掲載されていました「あとがき」を一年ぶり(実際には約六か月ぶり)に見直しましたところ、自身でも見るに堪えない精神状態でのあとがきだった事が判明しまして、自主規制(?)をかけて書き直した、というわけでございまして。

 

 さ、それはともかくあとがきです。

 今作品は北欧神話に登場する神、ロキにスポットライトを当てた作品です。今作品ではロキを最高神オーディンの息子として扱いましたが、その他の説として、ロキはオーディンの義兄弟にあたる、とも言われています。

 

 一応、私は北欧神話を全て熟知しているわけではないので、これらの説に確証がない事をお断りしておきます。

 (参考に致しました資料)ペルソナ3・マスク2

 ごめんなさい、資料が色々と偏り過ぎですね。反省します。

 

 そう言えば、作中でロキさんが電話していた相手、本当は最後の方で登場させるつもりだったのですが、時間の都合上叶わなくなってしまいました。

 なので、この場を借りましてその人物の紹介をさせて頂きます。作中でロキさんは「人探しはそいつの得意技なんでね」と申しておりましたが、正確にいうと、「人探し」ではなく「人の過去を司る」ことが得意なのです。ここで、北欧神話に詳しい方なら、もう電話の相手がお分かりになるでしょう。分かりにくかったら申し訳ありません、電話の相手の正体は北欧神話で時を司るとされている三姉妹の女神、「ノルン」の内で過去を司る女神、「ウルド」です。分かりにくかったら本当に申し訳ないです。

 

 それでは、そろそろこの辺で私のお話はお開きにさせて頂きます。ここまでお付き合い頂き真に有難うございました。それでは、次へどうぞ。