人間誰しも、人生の内、一度は不可解な出来事に遭遇、またはそれらを耳にするでしょう。例えば、何気なく撮った写真に本来存在しないものが映っていたりというオカルトな現象や時間軸を超えた物語など。

 これから私が書き記します物語もそう言った類の話として扱われるものなのでしょう。

 

 その日、私は普段通りの生活をしておりました。起床して、朝食を食べ、会社に向かう、普段と違った行動と言えば、食事の支度やゴミ捨て場にゴミを捨てに行ったということだけでした。元々、食事の支度やゴミ捨てという行為は恋人のユミに任せていて、その間、私は会社に出勤していました。

この日に限って何故私がゴミ捨てを行っていたかと申しますと、真に恥ずかしい話なのですが、その前日に彼女と喧嘩別れをしてしまい、その作業を行う者が居なくなってしまったという話なのです。

 

 彼女との喧嘩の種は、そのほとんどが私の自宅での態度についてでした。彼女は、『付き合った初めはもっと優しかった』だとか『私よりも仕事が大事なんでしょう』といった古典的な恋愛小説で出てくるような台詞を私に浴びせました。その言葉を受けて、私も黙ってはいられませんでした。

「君との生活が大事だからこそ、仕事を一生懸命しているんだ。それなのに君はなんだ、そんなにこの生活が嫌ならば出ていけばいい」

 私は、言葉を吐いてから後悔しました。売り言葉に買い言葉、私は語気を荒げて彼女に怒鳴ってしまい、それを受けた彼女は俯き、微かに震えながら、私に言葉を返しました。

「分かったわ、出ていくわよ」

そう言うや否や、踵を返して彼女はいつも持ち歩いているバッグを持って玄関へ向かっていった。慌てて制止する僕を鬱陶しいように退けると、私に捨て台詞を浴びせ、出ていきました。

「この、ゴミ」

 

 こうして、『ゴミ』と呼ばれた私は、ポリ袋一杯の不燃ゴミを抱えてゴミ捨て場に向かっていました。

 私の記憶の中では、ゴミ捨て場は近所の空き地近くに設けられたカラス避けの網で上面を覆われた粗末な木箱のはずでした。しかし、その木箱はなくなっていました。

おかしいと思い辺りを見渡すと、近くの空き地だったはずの所に、私と同じようにゴミの詰まったポリ袋を持った人が数人集まって、奥に居る誰かと話しているようです。しばらく様子を見ていると、主婦と思しき中年の女性が奥の方に居る誰かにゴミ袋を渡し、『よろしくね』と声をかけている。すると、他の数人も、その『誰か』に袋を渡して、先程も女性と談笑しながらその場を去って行きました。

 私は、その空き地だった場所に近づきました。すると、そこにはダンボールや新聞紙、粗大ゴミなどで、家のようなものが形作られていました。玄関、と言うより出入口であろう隙間から中の様子を伺いますと、中には少年が一人、先程の人々が持ってきたゴミ袋の中身を探っていました。

「君も僕にプレゼントをくれるのかな?」

 唐突に発せられた少年からの問いかけに驚きました。少年はゴミ袋から顔を上げると私の方へ歩み寄ってきて、返答のない私に言葉を変えて問いかけてきました。

「君が『ゴミ』だと判断して持ってきたものを僕にくれるかな?」

 その言葉を聞いて、彼は私の持ってきたゴミを欲している事を察しました。私が呆気にとられているのもお構いなしに彼は私の手から袋をとり、中身を全てその場に出していきました。

「うん、君が持ってきたゴミも十分使えるものじゃないか」

 そう言って彼は私が出したゴミの中から、調味料のチューブやヒビが入ったプラスチックケースなどを取り出して私に見せてきました。

「君は、そのゴミをどうするんだい?」

 私は少年に質問してみた。少年は即答で「使うんだよ」と答えると、身近のダンボール箱の中から生ゴミと思われる物体の入ったビニール袋を取り出して、私のゴミ袋に入っていた調味料チューブを極限まで絞って中身をその袋の中に入れた。

 そのどう考えても吐き気を催すような状態のビニール袋を彼は平然として扱っている。気になって私がその袋の事を質問すると、想定外の言葉が返ってきた。

「食べるのさ。それ以外に何があるというのだい?」

 一般的に理解し難いその言葉に何か言い返そうと、思案していると彼は私に諭すように語りかけてきた。

「君にはこの食物の塊が生ゴミのように見えるかもしれない。でもね、これらはこんな姿になる前はちゃんとした食物だった。それよりも前は君や僕のようにこの世を生きたモノたちなんだよ。このままこの塊を食べないという選択肢もあるが、食べるという選択こそが彼らの弔いになるとは思わないかい?」

 彼の話を聞いていて、反論することは出来なかった。すると、彼はクスクス笑い「お腹に入ればごっちゃでも関係ないしね」と付け加えた。それは、彼なりに場を和ませようと気を遣って放った言葉だったのか、はたまた、それが本音だったのか、私には判断できませんでした。しかし、彼のその言葉で幾分かその場の空気が和んだような気がしました。

 ふと、時間が気になって左腕の時計を確認すると、私が会社に遅刻するかしないか程の時間になっていました。私は彼にもう行かなくては、と伝えました。

「ねぇ、明日も来てくれるかい。君とは良い友達になれそうだよ」

 少年は私に微笑みながら言い、私はその申し出を承諾しました。

 

 

 

その翌日、私はまた彼の住まいを訪れました。この日は可燃ゴミの日であったので、燃えるゴミの詰まった袋を携えて彼を訪ねました。

「やぁ、来てくれたかい」

 少年は心なしか嬉しそうに笑みを浮かべながら私に挨拶をしてくれました。私もそんな反応が嬉しくてつい笑みがこぼれました。

「それじゃあ、君のそれ預かるよ」

 そう言って彼は私の手からゴミ袋を受け取り、昨日のように、使えるものを選別し始めました。そんな彼を見ながら、私は彼に幾つかの疑問を投げかけてみました。

「君は、何故ここでゴミを集めているんだい?」

「まだ使えるからさ、場所に関しては特にこだわりはないよ」

「ここに居る前はどこに居たんだい」

「何を言ってるのさ、僕は生まれた時からここに居るよ」

 私の質問のほとんどは軽くあしらわれてしまった。しかし、私はその時、最も気になっていることを最後に問いかけました。

「家族は、いるの?」

 その言葉に対しても、彼が特別動じるわけでもなく、「いないよ」と即答されてしまいました。

 しかし、彼が一人きりでここに居るということがわかり、一種の正義感というものでしょうか、それとも同じく今一人きりの私の姿とダブって見えたのか、彼を助けてあげたいという感情が芽生え始めました。

 私は彼に生活支援の一環として家に居候することを提案しました。しかし、彼は今の生活が気に入っていると言って「気持ちだけもらって置くよ」とあしらわれてしまいました。

 無理強いはしまいと私はすぐに退きましたが、どうにかして彼の支援をしてやりたいと思い、これから毎日会う事を約束しました。彼はその約束を受け、とても嬉しそうに微笑み、感謝の言葉をかけてくれました。

 

 

 

 その日、家でふと彼の言っていた言葉に違和感を感じ始めました。彼が言った『僕は生まれた時からここに居る』という言葉が引っ掛かったのです。その時に気が付いてもおかしくはないのですが、彼の居た場所は私の記憶では何もない空き地だったはずの場所でした。なので、その言葉は矛盾しています。

 私は気になり、インターネットを開いて、少年に関する情報を調べました。小規模とは言え、少年が一人でゴミで作った家で暮らしているのです、何かしらの情報があるはずだと思ったのですが、結果はほとんど収穫ゼロです。

 私は、まさかと思い、オカルト系のサイトでも調べては見たのですが、そちらでも全くと言っていい程、情報は得られませんでした。

 結論として、私は彼の発言が嘘だったのではないかと思い始めました。実はここ数日の内にあのような生活を送るようになってしまい、せめてものプライドとして、古参であることのアピールをしてみたのではないかと、そう私は結論付けました。

 

 

 

 私は、それからと言うもの、毎日彼と会い、仲良くなりました。

(その後何か記述があるように見えるが文字が読み取れない)

 

 

 あしたもきっとかれとあうでしょう。

 

  * *

 

 以上でこの手記は終わっている。

 この手記の書き手と思わしき男性は、男性の家の近くの空き地で死亡しているのが発見される。死因は急性アルコール中毒で、この手記や元恋人の話から推測するに、愛していた人に『ゴミ』と言われショックを受け、過剰なアルコール摂取と『ゴミ』を必要としてくれている架空の少年をつくることで、現実逃避を図ったものと思われる。

 しかし、不可解なのは、彼が亡くなっていた空き地には、ゴミでつくられた家が出来ており、それらの部品には、死亡男性だけでは到底運び得ない粗大ゴミも含まれていた。その家が何時、誰が何の目的でつくったものなのかは、未だ不明である。

 

 

 

あとがき

 こんにちは、初めての方ははじめまして、雪鳥と申します。

 今回私が書かせて頂いた作品は、私たちと同じく文芸同好会会員であり、前会長を務めました御方、鬼童丸さんの作品である「短編集アトカタモナク」より、「かりそめワールド」の二次創作として、執筆させて頂きました。

 二次創作と言いましても、登場人物を一人お借りして一部の設定を使わせて頂いただけで、「二次創作」として掲載させて頂くのもおこがましい程なのですが、せっかく作った作品なので、今回の季刊に企画モノとして出させて頂きました。

 さて、今回の作品の解説(?)ですが、簡単に言えば、「男が振られ、打ちひしがれて家事をしていると、『ゴミ捨て場の少年』と出会う。と言った内容の手記がゴミ捨て場で見つかった変死男性の傍にあった」ということなのですが、まぁ、バッドエンドですね。

 

 作者目線で解説させて頂きますと、

男性は女性に振られた時点でその女性から見て「ゴミ」という扱いになりました。そんな男性が出会ったのが、ゴミに可能性を見出し救済(活用)してくれる少年です。男性はそんな少年に魅入られ、少しずつ少年に近づいていきます。しかし、少年と親密になるにつれ、男性は救済されるべき「ゴミ」へと近づいてしまうのでした。そして、男性が行き着いたのは、少年との共生。男性は本当に「ゴミ」になってしまうのでした。ゴミ捨て場に残るのは、男性の魂の抜け殻と少年の住まいだけ。もしかしたら、少年は、別の平行世界で男性を救済したのかもしれません。それとも、少年は男性の命を奪うために現れた死神だったのでしょうか。本当のことは、誰も知りません。

と言ったところでしょう。

 

 ここからは、私の雑談ですので、読み飛ばしても構いませんが、もしよろしければ、暫しお付き合いください。

今年度に入りまして五年生になりました私、雪鳥ですが、今思えば五年という歳月は長いようで短いものでした。

一年の時から活動させて頂きましたこの「雪鳥」としての文芸活動、思い返せば、楽しいことばかりでした。

これをお読みになっている一年生の皆様、これからレポートや委員会などで辛い思いをするかもしれませんが、それらは必ず報われる時が来ると思います。私が偉そうに言える義理ではありませんが、どうか頑張ってください。

また、在校生の皆様、まずは四年間に渡る現在までお読みいただいてありがとうございます。私には、まだ作品を掲載する機会が幾つか頂けるようです。もう少しだけ、雪鳥の空想小話にお付き合いいただけると嬉しいです。

さて、四月に入り、就活生の仲間入りを果たした私ですが、執筆活動はまだ続ける所存でございます。もちろん、就活をおろそかにするわけではございません。精一杯頑張らせて頂きます。

それでは、次のページへどうぞ。