その日は雨が降っていた。ひんやりとした大気が空間を満たし、雨の降る音以外には何も聞こえない。そんな、寂しい夕方の事だった。
私は傘を差して、その夕方の道を歩いていた。道といっても大通りなんかではなく、車一台しか通れないような狭い路地。路地の左右には古風な瓦屋根の一軒家が軒を連ねており、まるで一昔前の下町に迷い込んだようだった。
そこを私は歩いていた。いや、迷っていた。いったい何故こんな場所にいるのだろう。考えるが思い当たることは一つもない。仕方がないので、私は歩いていた。
私の進む道には大小様々な水たまりが出来ていた。今日は白い服だったので水たまりの水が掛かって汚れてしまうと、泥の汚れが目立ってしまう。それを避けたかったので、私は水たまりを避けながら先に進む。それでも偶に避け損ねて、ばしゃりと音を立てて水たまりに足を突っ込んでしまう。多少不機嫌になりつつ、そのまま前へ進む。
少し進むと、猫を見つけた。猫は塀の上から、私のことをじっと見ていた。構ってほしいのだろうかと思ったが、生憎手元に猫を喜ばせるようなものが無かったので無視して前へ進む。
少々すると、小石が足元に斜め後ろの方から飛んできました。何事かと傘の向きを変え、小石の飛んできた方を見るとそこには先ほどの猫が居た。猫は相も変わらずこちらをじっと見つめていた。少し気味が悪かったので、足早に前に進む。
また少し経って、もう居ないだろうと振り返り塀の上を確認する。そこには猫の姿は無かった。胸を撫で下ろし視線を地面に落とすと、猫と目が合った。その目は真っ直ぐに私を見ていた。私は怖くなって猫から逃げるように、雨の中を駆け出した。
しばらくすると周りの風景が変わる。路地を抜け、少し開けた場所に出る足元は舗装されたものから土の地面へと変わっていた。左右の家々は無くなり、代わりに木が一本立っている。緑の葉が疎らに生えているだけで、何の木かは分からない。近づいてみると、思っていたより年を経ていた。
私は風景が変わったことから、もう少し進めば何かが変わると思った。何故かは分からないけれど、妙な確信があった。何の根拠もないけれど、期待を胸に前へ進む。
少し進むと水辺に出た。どうやら川のようだ。雨の所為か、霧がかかって向こう岸が見えない。水の近くだからか、先ほどよりも一層空気が冷えている。
ここまで来たはいいが、この後どうすればいいのか。私は途方に暮れてしまった。仕方がないので、私は来た道を戻ろうとした。その直前に私は霧でぼんやりとしか見えなかったが、川の上に何かの明かりが灯っているのを見つけた。川の上で明かりをつけるものと言ったら、おそらく船だろう。正に渡りに船。
私はその船に大きな声を出して、その船を呼んだ。船があるという事は人も居るだろう。その明かりは私に気付いたのか、ゆっくりと大きくなっていく。
それが近づいてくると、徐々にその姿が分かっていく。それは予想通り船だった。数人しか乗れないような、簡易な木の船だ。上に人が乗っており、その人が櫂で船を漕いでいた。
しかし、その乗っている人は少し異様だった。その人は黒のローブで全身黒ずくめ、それに対して顔は真っ白の仮面で隠していた。
その人の姿に恐怖は感じたが、それより今はこの状況をどうにかしなくてはいけない。その為にあの人から何か話が聞ければと思い、船が着くのを待つ。
船が着くとその人は私の方を見て、ため息をついた。ただの迷子か。そう呟くと、その人は私の後ろを指さした。その指の方向を見ると、少し前に居た猫がそこに座っている。私は少しその猫から距離を置く。すると船の人が、その猫は怖いものではないと言った。何故だかその人の言う事は嘘ではないと、私は感じた。
「その猫を連れて、先ほどの大きな木の所まで行きなさい。そうすれば帰れるだろう」
その人はそう言って、去ってしまった。
私はその言葉を信じて、猫を連れて木の元まで行った。すると、その木の葉が一斉に落ち、代わりに桜の花が一斉に咲き始めた。雨雲によって日光を遮られた暗闇の中、その花は淡く不思議な光を放っていた。その光景は、およそこの世のものとは思えない幻想的なものだった。不思議な光は徐々に強くなっていく。
じきに私は目を開けていられなくなり、瞼を閉じた。
* * *
目を開けると、私は自室のベッドで寝ていた。カーテンの隙間から日光が差し込む。今までの事は夢だったのだろうか? 寝起きでまだはっきりとしない頭で考える。
どちらにせよ、結局は何も変わらない。今日はもう始まっている。あそこが何処であろうと、今はもう関係ないのだ。
カーテンを開けると、雨上がりの空に虹がかかっていた。
あとがき
皆さん、お久しぶりです。もしくは初めまして。付月と申します。最近、原稿が提出できてないです。圧倒的なネタ不足です。今回の小説も難産でした。編集さん迷惑かけてごめんなさい。
さて、今回の作品ですがぶっちゃけ、意味分かんないと思います。まず、この世界ですが前半は主人公の心を映し出したような世界ですね。雨は心の涙、水たまりは自分に降りかかる厄介ごと、猫は水が嫌いな自分自身であると同時に、厄介ごとから逃げている自分を映し出す鏡みたいなものです。
後半の川とかは「三途の川」と思っていただければ。逃げていった先にたどり着いたのが三途の川とか、死んじゃいそうです。桜の木については、何となく死のイメージがあったのと、開花=春の訪れによる再生の暗示のつもりです。
そんな感じでそろそろ時間がやばいですね。それでは皆さん今回はここら辺でお暇させていただきます。それでは、次の作品にお進みください。付月でした。