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前編『憑かれる男』

 あらすじ

 ある日のこと、俺、関口(せきぐち)幸生(こうき)は一人の女性と出会った。その女性は俺の命の恩人であり、名前を冥加(みょうが)(ゆかり)という。

 『命の恩人』である彼女との出会いは、地元の商店街、改築工事現場前だった。彼女は工具の雨から俺を救った。その救い方は脇腹を蹴り飛ばすという、手荒な方法であったが。

 その後、彼女は応急手当という名目で俺を彼女の家という場所へ連れていき、ある宣告を受ける。彼女の言葉をそのまま言うと、『あなたの寿命がそろそろ尽きるんで、地獄の使者があなたを殺しに来るわよ』だそうだ。始めこそは半信半疑だった俺も、その使者という怪物に遭遇してその話が事実であることを知る。

 その使者という怪物、初めて遭遇したのは、操り人形のような使者、木偶(でく)と、それを使役する傀儡(かいらい)という使者であった。傀儡はまるで少年のような体格でありながら、老人のような低い声が特徴である。

 彼らは始め、直接俺と対峙することはなく、間接的に俺を殺そうとしていたが、いつまでも中々死なない俺に耐えかねて強行手段に出たのだと言う。

 その後、俺は紫と共に傀儡を含めた計四体の使者を返り討ちにするべく戦闘を行った。

 それから現れたのは、体の外見を自由に変化させる胡乱(うろん)、紳士風であるが突如として大型の熊並に体格を変化させる怨嗟(えんさ)という個性的な使者たちだった。俺はその使者たち、胡乱と怨嗟を撃退することに成功した。しかし、その後傀儡と木偶が現れることで戦況は一変する。

 傀儡は木偶を操り俺達に襲い掛かり、紫に、常人が一目で致命傷だとわかるような傷、左胸を貫通する傷を負わせる。ここで、俺は違和感に気付く。紫の傷口からは一滴の血も流れていなかったのだ。

 傀儡はその現象を確認すると、紫の正体を俺の守護霊と判断する。傀儡のその話を信じることが出来なかった俺だったが、紫はその推理を肯定すると、一瞬の隙をつき木偶を破壊し、傀儡に攻撃を仕掛ける。しかし、それを見越していた傀儡は、紫に呪いをかけ俺を殺すよう仕掛ける。

 多少の意識が残ってはいるものの、傀儡の支配下に置かれてしまった紫はある行動をとる。紫は、自らのコアを傀儡にぶつけ、自らの命と引き換えに傀儡を消滅させたのだ。

 こうして、紫の命と引き換えに手に入れたはずの日常。しかし、それは、突如として終わった。

 紫が生き返ったのを始め、消滅したはずの胡乱、傀儡と木偶までもがまたも俺の目の前に現れたのだ。

 こうして、蘇った紫らは、自らが生き返った理由が別の使者の時を操る能力によるものだと推理する。そして、その使者を討伐すべく立ち上がる。

 その拠点は何故か俺の家、そして全員が同居するという事態が発生したのだが。

 

 

 

 

 朝、ふと目を覚ますと、味噌汁のにおいと野菜をきざむ包丁とまな板の軽快なリズムが目覚めたての頭を刺激する。上半身を起こし背伸びして、朝の新鮮な空気を深く吸い込む。

 右を向くと、小学生ほどの女の子もとい小さくなった胡乱が寝息をたてて天使のように眠っている。左を向くと、二十代くらいの女性もとい紫が掛布団を剥ぎ、長い黒髪を振り乱し、あまつさえ腹を出していびきをかいて眠っていた。

 本当にどっちが守護霊なの、と突っ込みたいのを堪え、朝食の用意が着々と進んでいるであろう台所へ向かう。

 台所では、小さな男の子、傀儡がつま先立ちで背伸びし味噌汁を作っている鍋をかき回している。

「よう、傀儡、おはよう」

 朝の挨拶をする俺に対し、傀儡は俺に見向きもせず、鍋に向かい言葉を返す。

「ああ、起きたか」

 相変わらず無愛想な傀儡だったが、傍から見ると一所懸命に親の炊事の手伝いをしている利口な子のように見えて、どこか可愛らしかった。

「傀儡、何か手伝うか?」

「我輩の方はよい、守護霊と使者の小娘たちを起こしてこい」

「はいよ」

 俺は傀儡の指示を素直に聞き入れ、先ほどまでいた寝室まで戻ると、眠っている二人に声をかける。

「おい、胡乱に紫、朝だぞ起きろ」

「うーん」

 はじめに返事を返したのは胡乱だ。まだ眠たそうな目を擦ってゆっくりと立ち上がると、背伸びをして俺に朝の挨拶をする。

「おはよう」

「ああ、おはよう」

 心なしか胡乱は不機嫌であるように感じられた。まぁ、そもそも挨拶を交わす相手が、ついこの間まで殺し合いの相手なのだから当たり前ではある。

 胡乱が部屋を出ていくその間、紫はほとんど動いていない。強いてあげるならば、一度、大きないびきをかいた後、呼吸が止まって、再度呼吸する際に少し寝返りを打ったことくらいだ。

「おい、不良守護霊さん、つい昨日まで俺を殺そうとしてた使者たちはとっくに起きてますよ?」

 皮肉を込めて吐いた台詞は眠っている紫には効果がなかった。仕方なく俺は少々手荒な方法で起こそうと考える。

「おい、紫ってば起きろ」

 頬を軽くひっぱたくが、効果は無い。

「紫、起きろ」

 頬を引っ張ってみるが効果は無い。

「ここまで来ると恐怖を覚えるな」

 瞼をこじ開けてみるが、一切起きる気配をみせない。違和感を覚えた俺は、傀儡に紫の状態を傀儡に伝える。

「ああ、やはりか」

 傀儡はそれだけ言うと、テーブルに並んだ朝食に箸を運ぶ。

「おい、どういうことだよ」

 説明を求める俺に傀儡は告げる。

「簡単な事だ。使者の近くに長時間いたので、守護霊特有の陽の気が薄れているのだ。多分だが、今日の夕方頃には目を覚ますだろう。」

 傀儡曰く、使者は存在するだけでその場の物質や生物に負荷を与える。そして、その負荷を守護霊が肩代わりすることで、負荷による現象、例えばモノの故障であったり、病気であったりを軽減または相殺するらしく、その負荷の許容量を超えた守護霊は一種の昏睡状態に陥ってしまうという。そして、紫の今の状況が、その昏睡状態というものらしい。

「どう見ても、ぐうたらしてるようにしか見えないが?」

 俺のその質問に傀儡は答えない。

 使者と守護霊のそういった性質に関しては、全く知識のない俺は、傀儡の言葉を信じるしかない。ここは、傀儡を信じて夕方に紫が起きるのを待つことを決め、傀儡のつくった朝食に箸をつける。

 朝食を食べ終わった俺は、食卓の簡単な後片付けを済ませて、学校へと向かう。

 

 

 

 学校に行く道、クラスメイトの桂木裕紀とすれ違う。裕紀は学期始めの頃に、幼馴染みの彼女が引越しで遠くへ行ってしまうも、手紙を通して遠距離恋愛をしている男だ。しかし、ここ最近遠距離恋愛をいいことに新しい彼女と二股をかけているという噂がある。そして、髪フェチだ。

 そんな彼は平日の登校の時間というのにジーンズにシャツのラフな格好で大荷物を背負って、学校とは逆方向に向かっている。

「お、おい。裕紀、お前どうしたんだ?」

 裕紀に問いかけると、彼はとても爽やかな笑顔で俺に語り始めた。

「俺、もう吹っ切れたよ。俺はこの町を出てあいつに会いに行く」

「え、あ、あぁそう」

 話を聞くと、遠距離恋愛を続けてるうちに、お互いに本当に自分を好きでいてくれているのか不安になり、彼女から迷惑になってないか問われたのをきっかけに、直接会って、まだ愛していることを直接伝えるのだそうだ。

「それじゃ、俺はもう行くよ?」

 俺は、裕紀にそう言うと、裕紀は大きく手を振りながら言う。

「おう、そんじゃクラスの奴にもよろしく言っといてくれよな、じゃあな、またいつか会おうぜ」

 俺は適当な相槌をついて裕紀と別れた。

 桂木裕紀、幸せそうな男だ。

 

 

 

 今日の授業はどの教科も裕紀の欠席について教師が不思議そうにしていた。どうやら、裕紀の奴、休学とか退学とかの手続きを一切せずに、夜逃げ同然で出て行ったらしい。裕紀は今まで遅刻はしても、一日中欠席するということが少なかったので、悪い病気にかかったのか、だとか、何かの事件に巻き込まれたとか、そういった憶測が飛び交っていた。

 多分、事実を知ってるのは俺だけだろう。裕紀と普段話していると言う事で、俺もクラスメイトから裕紀のことを聞かれたが、「旅に出た」とだけしか言えなかった。実際そうなのだが、欠席一日目ということもあってか、誰も信じてはいないようだ。

 

 

 

 学校から帰り家に戻ると、傀儡が深刻そうな表情でリビングに佇んでいた。

「どうした、傀儡」

 俺が話しかけると、突然話しかけられて動揺した様子で俺に話しかける。

「あ、ああ幸生か。いや何、守護霊の小娘がいまだに起きぬのでな。我輩が時を操る使者であれば、この隙をつくものなのだが。何も起こらない事が逆に不自然でな」

「確かに、今俺が襲われたとして、本来俺を助けるべき紫が動けないんだからな」

 一呼吸おいて、俺は先ほどの傀儡の俺の呼び方について話す。

「それにしても、傀儡が俺の事、幸生って呼ぶなんて初めてだよな? 今までは『小童』とか『貴様』とか呼んでたのに、どういう風の吹き回しだ?」

「ん? そうであったか? 我輩の記憶では……」

 傀儡が少し考え込んだかと思うと、突如として頭を抱えて膝から崩れ落ちた。

「お、おい大丈夫かよ」

 俺は思わず傀儡に手を伸ばし、立ち上がるのをサポートする。

「く、我輩としたことが、殺しのターゲットに手を差し伸べられるとはのう」

立ち上がりはしたものの、頭を押さえて苦悶の表情を浮かべる傀儡は俺にか細い声で問いかけた。

「小童、いや関口幸生よ、幼少の頃、我輩と一度会っているだろう?」

 幼少の頃、その言葉を聞き、俺は、ある過去を思い出した。

 

 

 

 これは、幼稚園生の頃だろうか、いずれにせよ、物心ついてまだ間もないであろう時期の記憶だ。

 俺は軽自動車の後部座席にチャイルドシートで座り、前の運転席には父親が、助手席には母親が乗っている。確か、この時は、俺の誕生日で外食に行った時の帰りだったと思う。

「おいおい幸生、まだ寝るんじゃないぞ、家に帰ったら誕生日のプレゼントがあるんだからな」

 父親がそう言うと、母親が言う。

「いいじゃない、プレゼントは明日でも渡せるわ。もう疲れちゃっただろうし、ゆっくり寝ててもいいのよ、幸ちゃん」

 確かに、と笑いながら言う父親。俺は、確かこの時、眠気に負けて目を閉じたのだと思う。その直後だった。

 瞼を閉じていてもわかる対向車のライト、そして、誰かの叫び声、金属がぶつかる音、突然揺らいだ重心、鳴り止まないクラクション。正直目を開けるのが怖かったと思う。でも、いつかは開けないとならない、覚悟して開けた瞳には、とても残酷な現実が映った。

 先ほどまで、陽気に笑いながら話していた父親は、ハンドルに身を任せ、グッタリとしている。母親は辛うじて動いていたものの、どこか骨を折ってしまったのか、身をよじるだけで息も絶え絶えの状態だった。そんな状態にも関わらず、母親は俺の身を案じ話しかけてくれた。

「幸ちゃん……、待ってて、いま、助けるから……ね」

 俺は覚えがないが、この時俺は頭を打っていて救急隊がくる頃には意識が無くなっていたらしい。その後知った話だが、父親はその場で即死が確認され、母親も病院への搬送中に亡くなったという。そして、事故の原因は未だ解明されていない。

 

 

 

 この過去を思い出した俺は、傀儡を問い詰める。

「おい、ちょっと待て、まさか、あの事故はお前の仕業なのか? 答えろよ!」

 俺の問いかけに傀儡は答える。

「いいや、我輩はここ最近に使者として生まれた。お前の幼少期には影も形も無かったであろう」

「じゃ、なんで、俺とその時にあったなんて……」

「わからん! だが、我輩には幼少の頃の貴様の姿が記憶の片隅にあるのだ。貴様と一度会っているとしか思えん」

 怒りにも似た感情の余り、語気を強めてしまった俺に、傀儡も珍しく強い口調で反論した。

 傀儡が珍しく語気を荒げたことにより、ただ事ではないと察した胡乱が隣の部屋から顔をのぞかせる。

「どうしたんだい、そんなでかい声を出して」

 ふと冷静さを取り戻した傀儡が「昔の話をしていたまでよ」とお茶を濁す形でその場を取り繕った。

「守護霊の小娘はまだ起きぬか?」

 傀儡が胡乱に問いかけると、胡乱は、「今の所、何も変わらずさね」と言葉を返す。

「こんな時に襲撃でも受けたらたまったもんじゃないな」

 俺が呟くと、突然ドアのチャイムが鳴り響いた。

「あ、はーい、今開けまーす」

 玄関まで歩きながら、来客者に声をかける。

「はい、どちら様で……」

 言葉を失った。俺の目の前に現れたのは、使者の一人、怨嗟だった。一度、戦闘を行ったものの、自ら負けを認め、撤退した唯一の使者怨嗟は取ってつけたかのような冷たい笑顔で、俺に問いかける。

「こちらに、私と同業の方がいらっしゃいますね? それも二人」

 その問いかけを聞いていた胡乱と傀儡は、各々の臨戦態勢に入り、怨嗟の動きを見ていた。

「おっと、そんな強張らなくてもよろしいのですよ? 私はただお伝えしに来ただけですから」

「ほう、宣戦布告とな、よろしい言うてみろ」

 傀儡は臨戦態勢を崩さず、怨嗟に言う。

「ふふ、どうやら私は招かざる客のようだ。それでは、言伝だけ伝えて退散いたします」

 怨嗟はそう言うと、一呼吸置いて『言伝』を伝えた。

「深夜十二時ちょうど、そこの少年の学校の正門へ来てください。後は現地でお話ししましょう。それでは」

 言い終えると同時に、怨嗟は霧のようにその場から消え去ってしまった。

「ふん、向こうからわざわざ居場所を知らせるとは、中々に命知らずな輩だな」

 傀儡は臨戦態勢を解くと、そう毒づく。

「けど、それだけの自信か根拠があるんでしょう」

 脱力しきって座り込んだ胡乱が言う。確かに、わざわざ場所と時間を設定するほどだ。何かしらの理由があってのことだろう。

 俺達は、指定された時間までの間、各々で時間をつぶすことにした。

 

 

時間は十一時三十分、指定された時間の三十分前だ。紫はまだ眠っている。今回の戦いは傀儡と胡乱、そして俺の組み合わせで行くことになった。

「今回の戦闘は守護霊の小娘がおらん。そのため、止めは貴様が刺すのだ。わかったな」

 使者同士の対決では、死亡という概念がなく、致命傷を受けても、少しの時間休眠するだけに留まる。使者を本当の意味で殺す消滅は守護霊の加護を受けた物質または守護霊によってのみ可能である。今回は、守護霊である紫が戦闘不可能なため、守護霊の加護を受けた刀を持った俺でしか使者を消滅させられないということだ。

「せいぜい足を引っ張るなよ」

 憎まれ口をたたき、指定された俺の学校へ向かう傀儡を追い、俺と胡乱も家を後にした。

 

 

 

深夜の学校、正門前にタキシード姿の怨嗟が佇んでいた。

「皆様今晩は、皆様お揃い、というわけではないようですね」

「ふん、白々しいわ」

 不気味な笑顔の怨嗟に傀儡は毒づく。怨嗟は気にも留めず、ポケットから懐中時計を取り出すと、カウントダウンを始める。

「三、二、一、時間です」

 瞬間、辺りの雰囲気が一変した。何かが変わったというよりかは、周りの空気が固まってしまったかのような、感覚的な変化だった。

「時間を止めて頂きました」

 懐中時計の蓋を閉めると怨嗟は俺達にそう告げた。

「止めて頂いた、ということは、これは貴様の能力ではないな?」

「まぁ、そういうことにはなりますね」

「一体、どこにいるんだよ、その使者は」

 俺が疑問を投げかけると、怨嗟からは意外な答えが返ってきた。

「貴方達の目の前にいらっしゃるではないですか」

 その答えには流石の傀儡もまさかと言った様子で怨嗟に問いかける。

「この、学び舎が、使者だとでも言うのか?」

「正確には、この学校の一部分ですね。まぁ、余計な詮索は抜きにして早い事仕事を終わらせましょう」

 怨嗟はそう言うと、迷わず俺に向かい掴みかかってきた、が、その攻撃は予想だにしなかった方法で阻まれた。怨嗟の腕が突然塵と化したのだ。

「な、これは、どういう……」

 何が起きたのか把握できない怨嗟、しかし、それは俺達も同じだった。直後、どこからともなく声が聞こえてきた。

「怨嗟、貴方は喋りすぎた。暫し休眠していなさい」

 その声が聞こえると、怨嗟の顔はみるみる老人のようになり、やがて骨と皮だけ程にやせ細り、倒れ込んでしまった。

「少年よ、済まないね。私は君に危害を加えるつもりはない。ただ、君の隣にいる傀儡に話があるだけです」

 謎の声が傀儡の名前を出すと、傀儡自身は何故自分なのかと文句を言うわけでもなく、その声に返答する。

「我輩に用事か?」

「ええ、貴方、使者の掟は知っていますね?」

 謎の声の言う使者の掟、俺の知っている限りでは、使者は同族対決では死なない、対決に負けた使者は勝った使者に服従する、というものである。傀儡が伝えていないだけでまだ続きがあるのだろう。謎の声は言葉を続ける。

「使者として生きるものは、殺害を命じられた人間を一年の間に殺さないとならない。もしも、一年以内に殺害が成されなかった場合は、その人間に憑いた使者を消滅させる、というものですよ?」

 俺は初めて聞く使者の掟、傀儡は舌打ちし、謎の声に言う。

「だから何だと言う。我輩が獲物をいつ殺そうが勝手であろう。それとも何か? 我輩はそんなにも信用がないとでも言うのか?」

「信用、というよりかは、懸念しているのですよ? あなたが生前の記憶を思い出す前に、早く使者としての人格を形成して頂きたいのです」

 生前の記憶、使者としての人格、俺にとっては初めて聞くワードで状況が読めていなかった。そんな俺の混乱を察してか、胡乱が俺に語りかけてくる。

「使者は、元々、あんたと同じ人間なのさ。人は普通死んだら、成仏して天国行ったり、地獄行ったりすんだけど、時々、生前の行いに関係なく、地獄か天国からの勅命で使者か守護霊として現世へ戻されるんよ」

 胡乱は俺が話を理解しているかを問い、軽く首を縦に振り答える。

「そんで、使者にせよ守護霊にせよ、現世に戻ってから時々、ほんの数秒だけ昔のことを思い出すのよ。けれど、現世での記憶が戻ると、使者の役割、詰まる所、人殺しがしにくくなるんで、使者としての新たな人格を前の人格に上書きしちゃうのさ」

 胡乱は、そこまで言うと、俺にある推理を聞かせる。

「あんた達の昼間の話、少し聞かせてもらって思ったんだけど、あたしの考えが正しけりゃ、傀儡はあんたの父親の生まれ変わりだよ」

「俺の、父親? 傀儡が?」

 正直肯定し難い仮説であったが、その説ならば、傀儡が俺の幼少の頃を知っているという仮説にも合点がいく。

「その通りです。傀儡、貴方はそこの少年の父親だった者です。」

 胡乱の推理を聞いていたのか、謎の声はその仮説を真実と認める。

「――く、く、く」

 小さく笑い始めた傀儡だったが、その笑いの勢いは徐々に増していき、ついには狂ったかのような高笑いに変わる。

「ハハハ、寝言をほざきおって、我輩は傀儡、地獄の使者でそれ以上でも以下でもないわ!」

「ならば、この場で少年を貴方が殺しなさい。そうするために先ほども怨嗟を止めたのですよ?」

「指図されるのは気に食わんが、我輩も遊びすぎたようだな。ここまでお膳立てされたのだ。有効に活用させてもらおう。」

 そう言うと、傀儡は右腕を鎌に変化させると、大きく振りかぶり、俺に向かって横一線に斬りつけて来た。幸い一撃が大振りで隙が多いので、ギリギリで回避できる程度の余裕はあった。おれのすぐ近くにいた胡乱も身をかわしており、直撃は免れているようだ。

「胡乱よ、さっさと帰れ、さぁ!」

 胡乱は傀儡にそう言われると、一瞬顔をしかめ、舌打ちすると霧となってこの場からいなくなった。

「くくく、さぁ逃げ惑え」

 味方が一人もいなくなってしまった俺は、近づいてくる傀儡から逃げようと、学校の校内へと入って行く。

 校内へ入ると、階段を駆け上がり、袋小路にはまらないようにできる限り四方へ逃げられるような空間を探して廊下を走った。しかし、しばらく廊下を走っていると、幾つかの方向から何かが歩いてくる音が聞こえた。

「……」

 音の正体は木偶だった。考えてみたら傀儡はこの使者、木偶を支配下に置いており、敵の探索等は全てこの使者を通していた。

 木偶はガラス玉のような瞳で俺のいる方向を見つめると、くるみ割り人形のように口を開閉させながら、ギシギシと木製の体を動かし歩いてきた。

 さほど足の速くない木偶を振り切るのはつらくは無かったが、その代わりに二、三の教室の扉しかない行き止まりの空間に入ってしまった。俺はそれらの教室のうちの一室に隠れ、木偶をやり過ごそうと考える。

 俺が入った教室は奇しくも俺のクラスの教室であった。入る直前は気付かなかったが、幾つか見覚えのある整頓されていない机、日直のクラスメイトが消し忘れた今日最後の授業の板書、それらを見て初めて気付いた。

 コツコツと木が床を叩くような音が近づいてくるにつれて俺は息を殺す。足音が止まり、無音状態になると、心臓の鼓動が全身に響き渡り臓器が口から飛び出しそうになる。それから、一分経ったかというところで、足音が今度は離れていく。安堵の余り、深い溜息をつく。

「隠れん坊は楽しかったであろう?」

 ドア越しに老人のような低い声が聞こえたかと思うと、俺の隠れていた教室の扉が勢いよく開く。

「小童よ、戯れは終わりだ」

 傀儡は教壇まで追い詰められた俺にとびかかり、鎌と化した腕で俺の首筋を薙ぎ払った、と思った。

「ぐ、何?」

 俺の後方から聞こえる、正門前で聞こえたあの謎の声。振り返るとそこには、横一線に傷の入った掛け時計を抱えた青年が立っていた。

「ハッ、芝居をうちながらお前を見つけるのは手間だったが、これで形成は逆転したな」

「は、はは、何を言っているのです? 私に傷一つ負わせただけで勝ったつもりですか?」

 動揺してはいるものの冷静に言い返す青年だったが、その顔色は次の瞬間から青ざめる。

「傀儡! 関……なんとか! 起きたよ!」

 俺達を呼ぶ声、その声の方向を向き直ると、胡乱が紫を連れて来て戻ってきたのだ。

「ば、馬鹿な! 怖気づいて逃げたのでは」

 青年は胡乱が応援を呼んで戻ってきたことが理解できなかったようだ。胡乱はそんな使者に言い放つ。

「私は今、使者の掟により、傀儡に服従している。それに、会話以外でもコミュニケーションはとれるのよ」

「うーん、よく寝たわ」

 相変わらず呑気そうな紫であったが、その手元には、そんな彼女には似つかない印象を持つ大鎌が握られ、紫が臨戦態勢に入っていることをのぞかせる。

「傀儡、貴様には失望した。使者として現世に戻ったにも関わらず、親子の情なぞに現を抜かし、消滅後チャンスを与えても活用するどころか、歯向かうとは」

 青年の口調が徐々に荒くなる。そして、抱えていた時計の針を引きちぎり、長針短針をナイフ程の大きさに変化させ、叫ぶ。

「親子もろとも死ねェ!」

 青年は俺に向かって長剣、短剣になった針を振り下ろす。

「そうは」

「させるかぁ!」

 俺に向かって振り下ろされる剣を傀儡が操り糸でからめ捕り、得物を無くした青年に紫がハイキックを喰らわせる。無様に転がって行った青年は体勢を崩したまま動けていない。

「いまだ、幸生! 止めを刺せ!」

 傀儡の声を聞くが先か、俺は青年の胴へ刀を振り下ろす。

「あああ、消滅は、消滅は嫌だぁぁ!」

 刀が青年の体を一刀両断すると、青年は断末魔の悲鳴をあげ砂と化して消滅した。

 

 

 

 時間を操る使者を倒した俺達は、一言も言葉を交わすことなく帰路に着いた。

「小童、いや幸生」

 はじめに沈黙を破ったのは傀儡だ。

「ん、何?」

「なんてことはない、記憶が戻ってきてな。また忘れてしまう前に言っておこうと思ってな」

「何を?」

「死ぬ直前、幸生に渡そうと思っていた誕生日プレゼントだ。」

 傀儡いや、父さんはそう言うと、記憶を辿りながら話す。

「確か、遺品の中に木箱があったと思う。開封厳禁の帯つきのものだ」

「ああ、そう言えば、確か、家の机の中に入ってたと思うぜ」

「その中に昔欲しがってた操り人形が入ってる。受け取れ」

 そんな会話をしていると家に着く。部屋の扉を開けて傀儡、胡乱、紫を通そうとするが、誰も入ろうとはしなかった。

「悪いが、ここでお別れだ」

 そう言う傀儡は神々しい光に包まれて足元から少しずつ消えて行っている。胡乱もまた同じだ。

「一年、経ってしまったか、早いな」

 傀儡はそう呟くと、胡乱に頭を下げ謝る。

「胡乱よ、道ずれのような形になってしまうが許してくれ」

「ん、まぁ、私も一度消滅してるし、いつかはまたこうなる日も来るだろうし、別にいいよ」

 傀儡が光の中に消えるその最中、途切れ途切れだったが、父さんの声が聞こえた。

「かぁ……んと……せに……」

 傀儡、胡乱は消滅してしまったらしい。

「傀儡、何て言ってたのかしら」

 紫は俺に問いかける。

「たぶん、『母さんと幸せに』じゃないか、母さん?」

 俺に母さんと呼ばれた紫は意外そうな表情で聞く。

「いつから気付いたの?」

「今朝。事故ん時の夢を見てね」

 紫、もとい母さんは納得した様子で頷く。

「そっか、私もそろそろ消えるかしらね」

「いつまでも見守ってる、とか臭い台詞はいらないよ」

「つれないわね」

 そう言うと、母さんは俺の頭を撫でて言う。

「おつかれさま」                     おわり

 

 

 

 

あとがき

 

こんにちは、雪鳥です。

 いやはや、ついに終わりました「お憑かれ様」シリーズ。当初と比べ、キャラクターの性格が相当変化している感も否めませんが、私としましては、納得の終わり方をしたのではないかと思います。

 今回のオチとして、紫の「おつかれさま」という台詞、これはこのシリーズ一番初めの「お憑かれ様」と大体同じ終わり方になっております。

後者の方は片仮名表記で「おツカレさま」とまだ含みがあるような言い回しでしたが、今回は平仮名表記にすることで、本当の意味での「おつかれさま」であるという事を表現してみました。

 

 

 さて、今回はお話のネタが思い浮かばないので、申し訳ありませんが、ここでお暇させて頂きます。

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前編『憑かれる男』