小さなころから、私と彼はずっと一緒だった。遊ぶのも一緒だったし、宿題をするのも、勉強をするのも、小学校も、中学校も、高校も一緒だった。ここまで一緒なら恋仲と言ってもおかしくないのだろうが、私たちはずっと幼馴染だった。

私は彼との幼馴染という距離が好きだ。彼は私のことをどう思っていたのかはわからないが、きっと嫌ってはいなかった、と思う。だけど好きとまではいってない、と思う。彼の態度は、変わらずずっと優しかった。私に対しても、誰に対しても変わらず優しかった。きっと私も彼もこの距離に満足している。今も、これからも、この距離は変わらない。きっと大学も地元にある所に入って、また一緒に学校生活を送る。そう信じ切っていた。いや、思い込んでいた。だから彼が進路について語ったときは驚くことしかできなかった。

「東京の大学に行こうと思う」

 うまく声がだせなかった。それでも、震える声で「なんで?」と尋ねたと思う。彼は言った。自分には夢があると。その夢にはどうしても東京の大学に行かなくてはならないと。彼の表情は終始曇っていた。

私の頭の中はぐっちゃぐちゃになっていた。ずっと一緒だと思っていた。この町で、なにもない町で暮らし続ける。これからもずっとそうだと思っていた。彼の幼馴染として。

だけど、と私の頭の中で何かがささやいた。彼の表情はあの時と同じだった。それを見て気付く。彼は悩んで決めたはずだ。この顔は、彼が本気で悩んだときの表情だ。中学の時と同じように。

止めてはならない、と私が私に語りかける。私は必至に笑顔を作りだした。今鏡で見たらきっとひどい作り笑いをしているだろう。だけど、笑顔以外の表情はこの場面で見せるわけにはいかなかった。

うん、がんばれ。

それだけ告げて急いで教室から出た。このまま留まって話しつづけたら泣いてしまいそうだった。

夏はもう終わりかけていた。

 

 

 

 

最後に見た彼の表情が忘れられない。

がんばれ、と言った時、彼の顔は笑っていなかった。そこから推測できる感情は喜びじゃない。彼は、私に話していた時以上に顔を曇らせていた。

きっと私が笑えていなかったのだ。だから彼をしっかり送り出せなかったのだ。

会いたい、会ってもう一度だけさよならを言いたい。

今まで一緒に過ごした十八年分の感謝を込めて。

 ありがとう、と。

 

 

 

 

       ※

 

 

 

 

 私は彼をメールで呼び出した。文面には謝りたいから来て、とそれだけ。場所は小さいころよく遊んだ公園にした。町の北に位置するそれは山の入り口付近にある公園で数年前に整備され、綺麗に整備されていた。小学生時代、私と彼はほぼ毎日ここで遊んで過ごした。遊具はあまりなかったが、山の近くの公園だけあって木が多く、かくれんぼ等によく適していたのを覚えている。

 彼は約束の時間より十分早く来た。待っている彼を私は木の陰から見る。そわそわしている、それが彼を見ていた感想だった。そこらへんを行ったり来たりして、ついにブランコに座ってケータイを見つめだした。

 そろそろ行かなくてはならない。

 足を一歩踏み出そうしたが、そこで私は彼に何を話したかったのかわからなくなっていた。ケータイを静かに見つめ続ける彼に、私は何を言えばいいのかわからなかった。

 笑顔で「東京でも頑張ってね」と言えばいいだけだったはずなのに。彼のこの姿を見たら、その言葉は言えなくなっていた。

 顔が熱くなる。

 夏の終わりの夕暮れで少し風がここちよかった。

 彼を見て、思った。

 別れたくない。

 そこでふと、私はあることを思いついた。

 ここで、私が『これ』を言えば止められるかもしれない。

 『これ』というものは、たぶん今まで私が自覚していなかった感情。

もちろん、それがやってはならないことだということもわかっている。でも私は彼と別れたくはなかった。それが今の幼馴染という形以外になってしまっても。

 私は『台詞』を自分のケータイにメモする。一回読み直して、今度は暗記を始めた。短い文だけあって、あまり苦労することなく、すぐに覚えきれた。ケータイを閉じて深呼吸をし、彼のほうにむけて歩き出した。

 彼は変わらずブランコに座っていた。五メートルほどのところで彼は私に気づいてケータイから顔をあげる。私はそこで止まり、彼を見つめた。彼も同様に私を見つめていた。どちらも、どちらかが口を開くのを待っているようだった。

 先に口を開いたのは私だ。

「今まで言えなかったけど、近すぎて自分の気持ちにも気付けてなかったけど、今言います。ずっと、好きでした」

 言ってしまった。

 ああ、言ってしまった。

 言って、そこで冷静になる。

 酷いことをしてしまったと。私は自分が今の関係を保つためだけに自分の気持ちを推測して偽って台詞を作って彼をだましかけたのだ。

 彼は、驚いていた。

 だが、顔が驚きに変わる一瞬、そこに別の感情が見えた。きっとこれが彼の本音なのだろう。私には、それが拒絶に見えた。

 瞬間、私どこかに向けて走り出していた。制止の声も聞こえない。ただ走って走りつづけた。なんども木の根を飛び越え、転んで、走って、走って、気付くとまったく知らない山の開けた場所にいた。すでに夕方はすぎ、あと少しで真っ暗闇となってしまいそうだ。

 空に向けてため息を吐く。

 今の関係を保とうとして、失敗してすべてをなくしてしまった。もう彼と私の関係はもとには戻らないだろう。

 やがて星空が見えてきた。

 それから何時間も経ったが帰る気には、ならなかった。

 喪失感が大きすぎて、私には何かをするという気力はすでに失われていた。

 

 

 

 

 何日たっただろう。

 のどが渇いた。

 おなかも減った。

 だけど、動く気にはならなかった。これは罰だ。自分が自分に与える罰だ。

 なんとなく、昔にしたかくれんぼを思い出していた。

 小さな頃にした、あのかくれんぼは、いつもどんなに時間をかけても彼は私のことを見つけてくれた。曰く、「電波が出ている」そうだ。対して私は彼を見つけるのが得意じゃなかった。彼は隠れるのがうまかった。

今回も、追いかけて見つけてくれるのかな、と一瞬思ったが、私が見捨てられるようなことをしたのだし、ありえないだろう。

気付くと、私は泣いていた。

今は後悔しかない。

たぶん、私はこのまま一人で死ぬのだろう。

最後に彼に会いたかった。

 

 

 

夢を見た。

中学校の制服を着た彼が何かを言っている。

ああ、あの時の情景だ。

一時期、私たちは仲が悪くなっていた時期があった。といっても喧嘩とかではなく、単なるすれ違いみたいなものだ。

彼は「私を避けていた自分が悪い、だけどまた一緒に話したり仲良くしたい、都合のいい話かもしれけど」といった内容の話を私に言っていた。この時が、彼の本気で悩んでいる表情を初めて見た時だった。

私は特に意識していなかったが、彼が話しかけてくれないのは少しさびしかった。だから私は彼を許し、また幼馴染に戻った。周囲は私達を煽ったけど、私たちは楽しかったから気になることはなかった。

 

 

 

 

次に起きたのは、黄泉の国では無かった。白い天井と、涼しい部屋で私は目覚めた。どうやら病院に運ばれたらしい。さっと横に目を向けたが、誰もいない。部屋の広さ的には個室のようだ。

両親はいつもどおり忙しいだろうし、たぶん病室にはしばらく一人だろうな。そう思い、とりあえずナースコールを鳴らそうとしたとき、ゆっくりとドアのスロープが動く音がした。とっさにもとの位置に体を戻し、目を閉じる。

その誰かは、私のベッドの横に椅子を運び、座ったようだ。なんとなく瞼にかかる光の陰に輪郭が映る。

「起きている?」

彼だった。思わず息をのみそうになるが我慢する。起きているわけないか、と彼はつぶやきしばらくだまった後、ひとりごとを始めた。

「俺は、君のことが好きだったけど、でも俺は君がいつか俺以外の誰かと家族を作って暮らす図しか思い浮かべられなかった。俺は怖かった、君に嫌われるのが怖かったんだ。俺は、自分が思ってる以上に君と幼馴染の関係が好きだった。だけど、それも終わりにしなきゃな」

 彼は一度大きく息を吸い込んで、吐いた。

 私の心臓は鼓動が止まらなかった。

「君のことが好きだ。一緒に、東京に来てほしい」

 瞬間、心臓が止まった。もちろん比喩表現だが、ほんとうに止まりかけた。

「なーんて、起きているときに伝えられたらいいのにな。自分が臆病すぎて嫌になる」

真面目だった声が、少し自虐的に明るくなる。彼は席を立って、部屋のどこかに移動した。

「かくれんぼは得意だったつもりだったのに、これじゃあ幼馴染失格だな。俺が見つけてあげられれば……」

それからしばらく彼は無言だった。

私も不思議と落ち着いていた。あんな形で告白を受けたのに意外と冷静だった。

「――また来るよ、明日ぐらいに……」

 不意にそこでセリフが止まった。一歩一歩こちらに近づいてくる。彼は椅子よりもっと私に近い位置、ベッドの隣に立った。彼の影が、私が閉じている瞼の視界を覆い尽くした。

「……泣いているのか?」

 ゆっくり目をあける。目の前に、心配そうな顔でこちらを覗きこむ彼の歪んだ姿があった。

 彼を見たら、涙が止まらなくなっていた。止めようと思っても、止めどなく頬を伝っていった。

 馬鹿と言いながら、なんども彼を叩いた。彼は何も言わず、私のいうことをずっと聞いていてくれた。大丈夫、大丈夫と、私は何度も慰められ、そのたびに安心した。

 少し落ち着いて、彼の目を見て真剣に問いかける。

「……ずっと一緒にいてくれる?」

 彼は、今まで私に見せたことのない幸せそうな笑顔で答えた。

「もちろん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

 

はい、お久しぶりです和墨ことパスカです。

 本当は今回原稿出す予定はありませんでした。たまたま時間が確保できたので実質六時間ほどで書き上げました。まあ誤字脱字等ひどくなってますがお察しください。

 

 今回の小説ですけど特に解説する点無いと思います。登場人物に名前が無いのはそういう作品だからということで。(ほんとうは考える時間すらなかった)

 

 いや、夏ですね暑いです。今年例年より熱くないですかね……。まったく困ってしまう。

 

 とりあえず書くこと書いたし、特に今回話すことないのでこれで終わりにします。どうぞ次の作品にお進みください。

 

 

P.S.

コープスBD版はよ。はよ。