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 青くて高い春の空、ゆるやかに流れる川の音、あたり一面に広がる緑。

 いつも土手から見下ろしてる川沿いの景色も、実際に下りてみると詩的に思えてくるものだ。

 だけど、まだ休日の早朝だから辺りに人はいない。ましてや、クローバー畑の中で地べたを這っている女子なんて私ぐらいのものだ。

 落し物でもないのにこんなことをしているんだから、目的は一つ。

 四つ葉のクローバー を探しているのだ。

 もちろん、見つけると願い事が叶うという御利益にあやかるために。

 しかしなかなか見つからない。どこを探しても三つ葉ばかりだ。

 時々、土手の上でジョギングしながら私に気付く人がいたりする。落し物を探している程度に思われればいいけど、四つ葉を探しているなんて思われたら恥ずかしいことこの上ない。

 それに、この近くには少年野球の練習場がある。いつまでも探していたら、そのうち男の子たちが集まってくるかもしれない。そうなったら、もう恥ずかしくて四つ葉なんて探してられないだろう。

 何か、自分がとてつもなく不毛な作業をしているように思えてきた。本当に、ここは四つ葉のクローバーが見つかる穴場なんだろうか?

 

 ことの発端は3日前、クラスメイトの高橋さんと朝の教室で会った時だった。

「水野さん、何か悩んでますにぃ?」

 開口一番、そう言われた。うさんくさい占い師みたいな、やけに捻りの利いた口調で。

 高橋さんとは別段仲がいいわけでも無いし、悪い評判も聞くから距離を置いている。なのに彼女は妙に馴れ馴れしくて、しかもまるで私の心が見えているみたいに自信のある物言いだ。

「うん、ちょっと、大したことじゃないんだけど」 

 あまりにも突然のことで、しかも図星だったので、言い逃れが思いつかなかった。

 すると高橋さんはウンウンと頷いて、ますます増長した様子でニヤケ始める。

「そうでしょうにぃ。いかにも大したことじゃない悩みを持っている顔ですよ」

「その言い方は卑怯だよ、後出しジャンケンと同じ」

 言われっぱなしも癪なので、ちょっと反撃してみた。けれど、高橋さんは気にしないらしい。

 相変わらずニヤニヤしながら、楽しそうにしている。

 人の悩みを面白がっているんじゃないか、とさえ思えるその態度に、私はちょっと腹が立った。

「それで、何か用なの? 占い師の修行でもしてんの?」

「いや、何か力になれるかなぁ、なんて思いましてにぃ。それで私が思うに、悩みがある時は神仏の力に頼ってみるのも良いんじゃないでしょうか?」

 うわ、やっぱ占い師だ、という感想は口に出さず、私は怪訝な心持ちで聞き返す。

「神仏って?」

「そうですにぃ、たとえば、四つ葉のクローバーに願い事をしてみる、とか」

 神仏じゃないじゃん、というツッコミはやっぱり口に出さず、私はため息まじりに答えた。

「四つ葉、ねえ。そんなの、なかなか見つかるもんじゃないでしょ?」

「それが、そうじゃないんですよにぃ」

 とことん思わせぶりな態度を取りながら、高橋さんは自信ありげに言葉を続けた。

「四つ葉のクローバーは遺伝子の異常なので、たくさんある所と少ない所があるんです。それで私、四つ葉が大量発生してる場所を風の噂に聞いたんですよ」

 さすが、歩く噂アンテナと言われる高橋さんだ。こんな些細な情報まで入ってくるのか。

 今まで半分呆れながら聞いてたけれど、その話には私も少し惹かれる部分があった。実際のところ私は本当に悩んでいて、四つ葉のクローバーにも縋りたい気分だったのだ。それが簡単に手に入るというのなら、話ぐらい聞いてみる価値はある。

「それって、どこ?」

「土手の、野球場とゲートボール場の間。ですが、土曜日は朝早くから御老人がゲートボールをしていますよ。それに日曜日も昼前から野球の練習が始まります。日曜日の早朝なら、人目につくことは無いかと」

「そうなんだ、詳しく教えてくれてありがとね。今度行ってみるよ」

 なるほど、高橋さんは流石だ。人柄は別としても、幅広い知識は意外と頼りになる。

 それに、私のためにアドバイスしてくれたのだから人柄も悪くないのかもしれない。少なくとも、その時はそう思っていた。

 

 しかし今、私の中で高橋さんの信頼度は地に落ちていた。

「ぜんっぜん無いじゃない!」

 思い出した途端に憎たらしくなり、私は思わず叫んだ。土手の上で誰かが散歩させていた犬が驚いたらしく、思いっきり吠えられた。そうだね、不審人物だよね、私。

 ため息をつき、私は気持ちを整えた。少なくとも、土手に喚いていても仕方ない。

 よし、あと三十分だけ探したら帰ろう。この非常に長い時間設定が、私の優柔不断さを表しているようで悲しい。

 そう思ってからしばらく探し、本日何度目かの痛みが体を襲った。これだけ長く屈んで作業していたら、腰痛にだってなりかねない。

 ストレッチをしようと立ち上がって、腰に手を当てて上体を反らせる。ボキボキと背骨が悲鳴を上げる中、私は逆さまの視界で一人の男の子を捉えた。

 クラスメイトの若田君だ。短めの黒髪には女の子みたいな艶があって、男臭さの無い素朴な顔立ちをしている。男子というより男の子というのが似合うような、そんな人だ。

 彼の目に私がどう映っているのか一瞬で考え、それが酷く間抜けで品性の無い姿であることに気付く。私は慌てて上体を起こし、笑顔でごまかしながら振り向いた。

「あはは、ゴメンね変なとこ見せて、ちょっと運動をね。若田君、どうしてこんなところにいるの?」

 すると若田君は、答えることを躊躇っているように困り顔をする。その様子を見て私は、もしも「水野さんが変なことしてて気になったから見に来た」なんて答えられたらどうしようかと今更不安になった。

 だけど当の若田君は私の目を見ずに、少し赤面しながら話し出した。

「それが、その、四つ葉のクローバーを探そうと思って……」

「えっ」

「あ、やっぱり変だよね男なのに、いや、実はちょっと特別な理由もあるんだけど……」

 私は驚いて聞き返しただけなのに、若田君は勝手に話を進めて勝手に赤面していく。つまり自滅なわけで、その様が非常に可愛らしい。だけど、あんまり放置していると私が虐めたような結果になってしまいそうだ。

「大丈夫だよ、私はそんな風に思ってないから。それに私も四つ葉を探してるんだよ」

「そうなんだ、良かったー。ていうことは、水野さんもここが穴場だって聞いて来たんだね」

 若田君も同じ噂を聞いているということは、少なくとも高橋さんのオザナリなでっちあげではなかったらしい。騙されたという可能性が消えて、少し安心した。

「そういうことだね。じゃ、若田君も一緒に探そうよ」

「うん、そうさせてもらうよ」

 こうして、今まで一人だった不毛な作業にもう一人加わった。今までの状況を考えると地獄へ道連れのようなものだけど、心強いことに変わりない。

 同じ場所を探しても意味は無いので、私たちはこの広いクローバー畑の中で、お互い背中を向けながら探している。つまりお互いに顔は見えず、声だけが聞こえる状態だ。

「ところでさ、若田君って、四つ葉を見つけたらどんなお願い事するの?」

 少し口ごもりながら、若田君が答える。

「ええっと、それは、秘密。願い事って人に言うものじゃないでしょ?」

「確かにそうだね。じゃあ私も秘密」

 まあ、私の願い事はこの場で言えたようなものじゃないんだけど。

 それっきり、私たちの間にちょっと気まずい沈黙が流れた。何か言葉をかけて間を埋めないと。

「なかなか見つからないね。本当にここが穴場なのかな」

「そうだね。まあ、噂なんてそんなものだよ。誰かが一回見つけただけかもしれないし」

 だったら、こうして探している意味も無くなってしまうんじゃないだろうか。そう思った。

 大体これだけ探して見つからないのだから、もはや穴場でもなんでもない。単なるクローバー畑だ。

 そう考えてみると、四つ葉のクローバーなんかに頼っていた自分が情けなくなってきた。願い事なんて、自分で叶えたほうが早いんじゃないか? そうだ、自分で行動して叶えよう。

 そう思い至った私は、立ち上がって若田君のほうへ歩いていった。後ろを向いている若田君はまだ四つ葉を探しているようで、こっちには気付かない。

「ねえ」

 突然に声をかけてしまったために、若田君は「わっ」と言って尻餅をついた。恥ずかしそうにお尻をはたいている若田君に、私は呼吸を整えて話し始める。

「せっかくだから、私の願い事を教えてあげるよ。あのね――」

 若田君は突然のことにキョトンとして、私の目を見つめていた。すごく言いづらくてすごく不安だけど、私は勇気を出して言葉を続けた。

「私、若田君と付き合いたいって願ってたの。それを四つ葉のクローバーに叶えてもらおうと思ってたんだけど、なかなか見つからないから、自分の言葉で伝えようって思って……」

 それ以上は上手く言葉を見つけられなくて、私は若田君の様子を流し見た。すると若田君は何も言わずに、私の手を取って、何かを手の平に載せる。

「さっき水野さんが声をかけてくる直前に見つけたんだ」

 私の手の上にあったのは、紛れも無い四つ葉のクローバーだった。

「でも僕の願い事はもう叶ったからいいや。ていうか、そもそも僕たちには四つ葉なんか必要なかったっていうか……」

「え、それってどういうこと?」

 困惑するばかりの私の目を見ながら、若田君は優しい声で恥ずかしそうに言った。

「だから、僕も水野さんのことが好きなんだ。それで水野さんと付き合いたいって思ってたんだけど、四つ葉を見つけた途端に叶っちゃった」

 その言葉を聞いて、私は飛び上がるほどに嬉しかった。いや、実際に飛び上がったんだけど。

 すでに集まり始めている野球少年の視線も気にせず、私は若田君を思い切り抱きしめた。

 若田君は私と身長が同じくらいだから、ちょうど顔が隣にある。私が急に抱きついたせいで、かなり困惑してるらしい。

「ちょ、ちょっと! こんなところで恥ずかしいよ!」

「いいじゃない、せっかくの両想い記念にさ」

 両腕をばたつかせる若田君に頬ずりをすると、その顔がみるみる赤くなっていく。うん、やっぱり可愛い。

 しばらくは抵抗してたけどそのうち諦めたらしく、若田君も躊躇いながら私の体に腕を回した。抱きしめるというより、腕が背中や肩に触れているだけのような感じだ。

  それでも私は嬉しかった。若田君から貰った四つ葉のクローバーを、潰れない程度に握りこむ。本当に幸せだ。

 その後もしばらく抱き合い、なんとなくタイミングを見計らって離れた。うーん、ハグって難しい。

 周囲の視線を気にしている若田君の手を取って、私は自然と微笑んだ。

「じゃあ、一緒に帰ろうか。なんかいい感じだし」

「そうだね……あっ」

 私と一緒に歩きだした若田君が突然、何かを思い出したように立ち止まった。

「どうしたの?」

「そうだ、高橋さんの分も四つ葉を探さないと」

 まさかここで高橋さんの名前が出て来ると思わなかった私は、驚愕――というか戦慄を覚えた。一体、ここに来て高橋さんがどう絡んでくるんだろうか?

「どうして高橋さんに?」

「それが、三日前の放課後に高橋さんから言われたんだ。四つ葉が見つかる穴場を教えるから、私の分を取ってきてほしいって。で、自分の分もついでにと思って探してたんだけど……」

 それを聞いて、私は高橋さんの策謀を理解した。なるほど、若田君にはそういう口実を使ったのか。

 きっと高橋さんは、私の悩みの内容まで見抜いていたんだろう。それで、四つ葉云々と言って私と若田君を鉢合わせようと仕組んだのか。どうせ、若田君にも時間を指定しておいたんだろう。

 まあ、そのおかげでこうして恋が成就したわけだけど、高橋さんだけに怪しく思える。明日の放課後、若田君とラブラブで帰ろうとする私のところに高橋さんが「おやおや、上手くいったんですにぃ?」とか言いながら出て来るんじゃなかろうか。

 真心にしても下心にしても、ちょっと腹の立つ結果オーライだ。真剣に恩返しする必要も無いだろう。

「若田君、その必要なし。この噂、私たちのために高橋さんが仕組んだものみたいだから」

 改めて若田君の手を引く私に、戸惑いの声が投げかけられる。

「え? どういうこと? じゃあ、それならお礼ぐらいしたほうが――」

「この四つ葉でカラーコピーでも取って渡せば大丈夫よ。最悪の場合、これ自体を渡すから」

 一緒に並んで歩く若田君があからさまに不満げな顔をして、泣き真似を始めた。

「あーあ、せっかく僕が想いを込めて渡したのに……」

「冗談よ。とにかく、私は若田君と帰りたいの」

 そんな会話を交わしながら、私と若田君は川沿いの芝生を歩いていく。

 空は快晴、川は日光を反射しながら優しく歌って、時々バッティングの音が響く。私たちのことなんて気にせず流れてゆく、のどかな時間。こうして、いつも通りの見慣れた道を二人で歩けることが何よりの幸せだった。

 私はきっと、世界で一番の幸せ者だろう。

 そう思って見上げた土手の上に、双眼鏡とカメラを構えた誰かがいたことは、私の心に少し影を落としたけれど。


『後書き』

 どこ鬼よ!(「どうもこんにちは鬼童丸ですよろしく!」の略)

 諸々の事情があって、〆切当日にこの作品を仕上げることになりました。と言っても、ブログに載せた作品のリメイクなんですけど。

 いやー、昔の作品を読むのって恥ずかしいですね。この作品は特に恥ずかしいです、何でしょうこのベタベタな恋愛ムードは。

 ちなみに個人的には高橋さんがいい役どころで好きです。ちょっと気持ち悪い情報通みたいな感じで書いてみました。

 

 で、私は他にも作品を出してるので、ちゃんとした自己紹介はそっちの後書きですると思います。ではまた会いましょう。