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 死にたくない――死なない

 死にたい――死ねない

 

***

 

 田舎の港町――本当にこの町には何もなかった。人口は一〇〇〇人程度、港町といっても漁業を営む者は少なく殆どは米農家か野菜農家だ。

極稀だが旅行者も来る。年に一回来ればいい方だった。

正直に言えば、旅行者よりチャイニーズマフィアやロシアンマフィア、イタリアンマフィアなどの方がよっぽど多く見かける。

この町はどうやら警察などの目が届かないところらしく、そういう類の連中がここで麻薬の密輸やらを行っているからだ。

町の中心には川が一本流れていて、西を海、周りを山に囲まれた地形になっている。町の外に出るには海岸線の国道をひたすら駆けるしかない。

そんな片田舎の森の中には一軒の廃病院があった。“オダ診療所”と書かれた小さなコンクリートの建物だ。

そこは海岸線にできた新しい診療所のおかげで用済みになって、壊すのも面倒ということで放置されてしまったもので、いまはだれもよりつこうとしない。

その廃病院の一室。一番奥の部屋、一〇六号室。

 ベッドの上でマッド・ドッグぼんやりと天井を眺めながら考え事をしていた。

廃病院といっても、もとは人が使っていたもので外装は汚くなって荒れ放題でも、内装はまだましなものだった。

この廃病院は彼、マッド・ドッグの隠れ家だった。

――やっぱり僕はダメ人間なんだな。

 彼は、とことん自分のことが嫌いだった。

――マッド・ドッグ――いつからそんな風な名前で呼ばれ始めたのかは覚えていない。本名なんてものは最初から存在しない。存在したとしても彼の頭の中ではなく、世界の誰かの頭の中にしかない。

そしてその名前は、当の昔に誰の頭の中からも忘れ去られていることを彼は知っていた。

どこで生まれたか、歳はいくつなのか、いったい何者なのかも、わからない。

だが少なくとも彼の容姿を見れば年齢と人種ぐらいは判断できる。

ボサボサの黒髪に凹凸の少ない顔、顔立ちは東洋系でここは日本だからおそらく日本人。年齢は見た目から判断して二〇代。下手すればまだハイティーンだ。

ただ、それだけしかわからない。

彼自身、自分のことについて知っていることは少なかった。

――いったい僕はどうすればいいんだ――考える。考えるほどに嫌悪する。しかし、考えずにもいられない。

――いったいどうすれば……

――何か悩み事か?

もう一人の自分が話し掛けてくる。もう一人の人格。もう一人のマッド・ドッグ。

――相談事なら乗ってやるぞ。

――結構だよ。どうせ解決なんかしない。

心の中で会話をする。いつもこうだった。彼が考えたことはもう一人の彼には筒抜けだ。逆も然り。しかし、記憶の共有はできなかった。彼が寝ている時、もう一人の彼が行動していたら、彼はそれを知ることはできない。

彼らは二人で一人だったが、一心同体ではなかった。二心同体だった。

これはそんな彼の物語だ。

 

***

 

窓のカーテンの隙間から陽光が差し込んでくる。

――朝か。かったるい。

しかし、よく見ると窓際のベッドの上の自分の影は驚くほど短くなっていた。

この病院は東側の山裾の森の中に建っているため、朝は山の陰に入って少なくとも陽が当たるのは午前十時から十一時ぐらいになる。それに今は七月だから日もかなり長いはずだ。

時計は十一時半を指していた。

――もう昼か。

陽が差し込むと部屋のホコリっぽさが目に見えてわかる。もう何日も空気の入れ替えをしていない。空気の入れ替えどころかマッド・ドッグの記憶の範囲では一週間以上この部屋から出た覚えはない。

空中を浮遊するホコリを無意味に見つめ、息を吹きかけ動きを乱す。

彼はベッドの脇の机の上に置いてあるタバコに手を伸ばした。

机の上にはタバコ以外に日付が一昨日の新聞と花の差していない一輪挿しの花瓶、財布、サバイバルナイフ、拳銃が置かれていた。

机の横の椅子にはなぜか自分が今、着ていなければいけない筈の服が脱ぎ散らかされている。

彼は衣服を一切身につけずにベッドの上に仰向けで寝ていた。

――脱いだ覚えもないのにな……

彼自身、裸で寝入る趣味はないし、いつもこの一番奥のきれいな部屋だけは使わないようにしていたはずだった。

しかも一週間ここから出ていない筈なのに新聞の日付は一昨日。

いつもといろんなことが違っていた。

しかもベッドで寝る彼の傍らには、何やら人でも入っているぐらいの大きさの丸まった毛布。

――この毛布ってこんなに大きかったっけな?

「……まさかね」

――まさか女じゃないだろうな?

彼の心をそんな言葉がよぎった。

――おい、もう一人の僕。起きてるか?

マッド・ドッグはもう一人の自分に話しかけた。しかし返事はない。

――まだ寝てるのか……

彼はこの状況は間違いなくもう一人の自分だと確信していた。一度寝入ってから、訳の分からない場所にワープするときは、大体もう一人の自分のせいだからだ。

もう一度、毛布を見つめる。動きはしないものの、やはり中に何か包まれていることは間違いなかった。

――本当に女じゃないだろうな?

何度も心の中で呟く。そう思いたくなかったのだ。

彼は以前より女絡みの騒動などには極力手を出さないようにしていた。

痴情の縺れや女の頭の中を探るほど、面倒で解決しにくいものはない。あの女を殺してほしい、という仕事ならば簡単なのだが、そんな仕事は正直少ない。殺人を依頼する奴なんてどうせ、ろくでもない奴だ。

彼の仕事はいわゆる裏の仕事。表沙汰にできない非合法のものだ。例えそれが暗殺やテロであろうとも気ままに彼は仕事をこなすだけ。

しかし最近、彼は仕事をこなしていなかった。する必要がなかった。

最近彼は臨時収入のおかげで潤っていた。

仕事をする理由なんて言うのは、やっぱり金のためだ。つまりお金がある時は仕事をしない。彼はそういう奴だ。

何はともあれ、マッド・ドッグはいつも極端に女に近づこうとしなかった。

そんな事情を鑑みればこの毛布の中に女がいるはずはない。

――ん? ちょっとまて。じゃあ、何がいるんだ?

――子どもか? 子供に捨てはデカすぎる。――動物? この大きさだと大型の哺乳類のはずだがそんなものがいるはずはない。――女じゃなくて男か? 女の方より問題だ。ありえない。

――じゃあ、いったい何がいるんだ?

個人的な希望は“何かしら大きめの無機物”だった。

――考えても答えなんて出るはずないか。

彼はゆっくりとその手で丸まった毛布に手を出した。

毛布は妙な温もりを持っていた。

――当てが外れた。絶対に生き物だ。

多少ガッカリしながらも恐る恐る彼は毛布を引っ張る。しかし、はだけ始める毛布を引っ張りながら彼は気が付いた。

――あれ? もしかして無視してほったらかしにしちゃえばいいんじゃないか?

この毛布をめくらなければ中がたとえどんなものだったとしても関係はないし、中に誰かいたとしてもここに居なければ白を切ることも可能じゃないか。と彼は心の中で呟いた。

自分から厄介ごとに巻き込まれる必要はどこにもない。もしも――ないとは思うけれど――毛布の中が女だった場合、面倒以外の何事でもない。

――触らぬ神に祟りはないだろう。タバコでも買いに行くか。

彼は踵を返して脱ぎ散らかしてある服を拾った。

パンツとランニングシャツを着てからダボダボのジーンズに足を通す。

――あれ? シャツがないぞ?

脱ぎ散らかした服の中にいつも着ている一張羅のワイシャツはなかった。それどころか、

――なんで女物の下着があるんだ……

彼は大きな溜息をついた。

もう溜息しか出なかった。

――絶対に女いるじゃん。もうヤダ。

思わず頭を抱える。

彼はベルトをきつく締めると壁に掛けてある冬物のジャケットを羽織った。この部屋の、あの毛布の中に女がいると確定してしまった今、彼にはもう一刻も早くこの場から立ち去る以外の選択肢はなくなってしまった。例え今が七月でも。

念のために机の上の拳銃と財布は持って行こうと思い慌ててポケットにねじ込んだ。しかし、

――俺ここにナイフも置いたよな?

さっきまで机の上にあったナイフはその姿を消していた。

次の瞬間、ベッドの方から細い腕が飛びだしてきた。

手にはサバイバルナイフが握られ、それは深々と脇腹を抉った。

「ぐっ!」

マッド・ドッグは叫び声を呑みこんだ。そして歯を食いしばり反射的に自らに刺さったそのナイフを引き抜いた。

普通の人間ならここで傷口から血液が流れ出て出血多量で死んでしまうだろう。しかし、マッド・ドッグの傷口はまるで逆再生するように治癒し始めた。

さっきまでナイフが抉っていた部分はあっという間に跡形もなく消え、ランニングシャツにその穴が残るだけだった。

マッド・ドッグはやっと自分を刺した敵を確認するまでの余裕ができた。

ベッドの上にはさっきまでのことは何でもなかった様に、女がチョコンと座ってその短い黒髪をいじっていた。

二十代前後の日本人。華奢でなぜか彼の一張羅のワイシャツを着ている。着ているというか、それしか着ていないように見えた。

マッド・ドッグはさっきまで傷のあった脇腹をさすりながら女を睨んだ。

「ちょっと、そんなに恐い顔しないでよ。死なないんだから別にどうってことないでしょ?」

「っ!」

マッド・ドッグはさらに目を剥いた。思わず片足を引いて臨戦態勢に入り、おもむろにポケットの中の拳銃を握りしめる。いつでも撃てるように安全装置を音が立たないように動かす。

空間が凍るように無言の時間が流れる。

「なぜ――」

まず口を切ったのはマッド・ドッグだった。

「僕の不死身を知ってるんだ?」

「そりゃ知ってるわよ――」

女は挑発的な微笑みを浮かべながら言った。

「昨日あなたが話してくれたんじゃない。ベッドの上で――」

「……」

――なんてこった! 起きろ、もう一人の僕! この状況はどういうことだ! 起きて説明しろ!

心の中で怒鳴っても返事はない。まだ寝ているようだ。

「それに、もうマリって呼んでくれないの?」

マリはまるで猫のような動きでベッドの上で四つん這いになり、上目づかいでマッド・ドッグを見た。

マッド・ドッグは平静を装いつつ言った。

「最初に言っておくよ。僕は君のことを知らないし、今の僕は君の知っている僕じゃない。それにどこまで君は僕のことを知っている? 昨晩、もう一人の僕からどこまで聞いたの?」

「そうね、聞いたことを全部話せばいいなら話そうじゃない」

マリは再びベッドに座りなおし言った。

「一九二〇年、第一次世界大戦の後、ある国は秘密裏に新たな兵器に研究開発をしていた」

マッド・ドッグの脳裏を嫌な記憶がよぎった。

――忘れもしない……やはりあのことか……

「不死の生物兵器の開発と、その軍事的な運用に関する実験。その俗称が“プロジェクト・インモータル”。そしてあなたは二〇年前、不死の生物兵器として開発された。あなたは十二体の実験体の中の八番目、ナンバー8、開発コード“ウリディンム”」

マリは、それしか聞いてないわと溜息をついた。

マリが語ったことにマッド・ドッグは内心、激しく動揺していた。それはまごうことなき事実であり、真実。

彼は間違いなく不死身だった。いや、不死身に限りなく近い存在だった。死なず老いることもない。

“プロジェクト・インモータル”その言葉を聞くだけでマッド・ドッグは虫唾が走る思いだった。大体二〇年前の話、彼はひょんなことからある実験に参加することになった。それは不死の生物兵器を生むための実験で彼は体を弄くられ今の状態になった。

傷は瞬時に癒え、病に侵されることもない。そして気が付いたら自分は二人いた。見た目はその時のままのため、かなり若く見えるが、彼の実年齢は四〇を超えている。

おまけに身体能力を向上させるために体を動物に変異させる能力までつけられてしまった。変異する能力といっても下半身だけ。しかも身体能力は向上するものの毛むくじゃらになるとノミが湧くという難点を持っている。

そのため力はめったに使わないし、そんな状況にならないように心掛けている。

そんな事情があるということをマリは知っているといった。しかも、もう一人の僕の口からそれを聞いたとも。

――いったい何を考えているんだ? もう一人の僕。

マッド・ドッグは動揺を悟られないように言った。

「そのことは誰にもしゃべらないでほしい。そうすれば僕は何もしないし、君もここから無事に出ることができる」

「はぁ? 何言ってるの。あなたがここに私を連れ込んだんじゃない。『情報をやるからついて来い』って」

――そういうことか! そういう目的で教えたのか! もう一人の僕!

マッド・ドッグは今すぐ頭を抱えてうずくまりたい気分になった。

――お前だって僕が女が嫌いなこと知ってるだろ?

やはり返事はない。まだ寝ているらしい。

「っていうか、そもそも君は何者なんだ?」

「私は安城 真理。しがない新聞紙者よ〜。あなたのことをスクープしようと思ってここまで来たんだけど……今の感じなダメそうね」

真理は肩をすくめた。マリはこの時のマッド・ドッグの言葉のニュアンスから『これ以上関われば命の保証はない』というマッド・ドッグなりの警告を感じ取っていた。

マリはそのあたりの駆け引きのできる人間だった。

今の一言でマッド・ドッグもそれを理解し、臨戦態勢を解いた。

少なくとも自分の脅威にはならないとは判断し、背を向ける。

「わかってくれたならそれでいい。それはいいとして早く僕のワイシャツを返してくれ。一枚しかないんだ、それ」

マッド・ドッグはマリに背を向けながら言った。

「流石に七月に冬物のジャケットはキツイ」

「そんなに私を脱がせたいの?」

「早く着替えろと言ってるんだ!」

「なに、じゃあ外に行くの?」

「うん。ちょっと買い物だよ」

「嘘でしょ?」

マリの口調が急に鋭くなった。

「あなたは私から逃げたいだけよ。昨日のあなた――もう一人のあなたはそんな行動は絶対に取らないわ」

マッド・ドッグはドキリとした。

 「いや、別に逃げようとは――」

 「本当?」

 「……」

まさかの図星をつかれたのだった。

マッド・ドッグは背中を向けたままだったがマリの機嫌が悪くなっているのも簡単に分かった。

「僕は何度も言うように昨日の僕じゃないんだ。もう一人の僕は君をどう思ているか知らないけど、僕は君のことをどうとも思ってないんだ」

「――もう一人のあなたは私に夢中だったわ」

少し間を開けてマリは言った。

「だからそんなことは知らないと――っ!」

背中を向けながら話すマッド・ドッグの言葉を遮るようにマリの白くか細い腕が静かにマッド・ドッグの首に回された。顔が真横まで近づき背中に胸が押し当てられる。

「ならあなたも私に夢中になればいいんじゃない?」

耳元で、甘えるような声が響く。どことなく甘い香りが漂う中、普通の男なら興奮でも催しそうなものだが、マッド・ドッグは今までと変わらない平坦な口調で言った。

「それ以上その体勢を続けるつもりなら背負い投げするよ?」

マリはマッド・ドッグを睨むと、思い切りマッド・ドッグの耳を噛んだ。

「痛って! 何するんだよ!」

「もういいわよ。買い物でも好きなところに行けばいいじゃない! もう知らない!」

マリは頬を膨らませて不貞腐れながら、明後日の方向を向いた。

マッド・ドッグは大きな溜息をつきながら病室から出た。

病室から出たあと、部屋の中で誰かが壁に向かって八当たっているような音がした気がするが気にしないことにした。

 

***

 

結局マッド・ドッグは冬物のジャケットを着たまま町へと向かった。

廃病院の周りは針葉樹の生い茂る森だが、森を抜けると見晴らしのいい田んぼに出る。歩くこと三〇分、田んぼのあぜ道を行くと町の一番端っこにある木造の建物が見えてくる。

昼だというのに道には人っ子一人おらず、シンと静まり返っている。

木造の建物はタバコやで中にはヨボヨボノ老婆が茶を啜っていた。

「あっ、オダ診療所の……いつもの買ってくかい?」

近寄ると声をかけてくれた。マッド・ドッグはここの常連客でいつも同じタバコを三カートン買っていた。

マッド・ドッグは食事をしない。不死身になってからなぜか食べ物が何もかも不味くなった。何を食べても満たされなかった。わかるのはアルコールとタバコの味だけ。流石に麻薬には手を出していなかったが、興味は持っていた。

マッド・ドッグは頷くと、老婆はよいしょと重そうに折れ曲がった腰を持ち上げいつものタバコをいつも通り三カートン差し出してくれた。

マッド・ドッグは財布から適当に金を取り出すとお釣りはいらないと言って箱を受け取る。

――あとはあの女の食い物だけか……

そう心の中で呟いた瞬間、背後から声をかけられた。

「よぉ、いつ以来だ、マッド・ドッグ。相も変わらずシケた面だな」

振り返るとそこには身長約一九〇センチ、短い金髪を逆立てサングラスをかけた彫の深いゴツイ男がタンクトップ姿で立っていた。背中にはタンスぐらいの大きさの巨大なリュック。

「お久しぶりです……マークさん」

彼、マーク・トレイターはマッド・ドッグが最も信頼する人物だった。“プロジェクト・インモータル”でマッド・ドッグが研究所に連れられて行かれた時、彼はそこの戦闘技術の教官だった。プロジェクトでは不死になっても、任務で使えなければ意味がないため、その道の専門家が実験体に技術を習得させていた。爆弾処理には爆弾処理の、語学では語学の専門家が教えてくれた。

専門家というのはその技能に特化してはいるが得てして視野が狭いものになってしまいがちだ。

しかし、彼は違った。彼はあらゆる戦闘技術を身に着けていた。

拳銃、小銃の使い方、狙撃から徒手格闘に至るまで様々な戦闘技術を習得させてくれた。

研究所から出た後、僕は知ることになるのだが彼はプロジェクトが正式に認められる前の実験体だった。いわばプロトタイプ。ナンバー1以降は、身体能力向上のため様々な動物の遺伝子を組み込み、体を別の生き物に変異する能力を持っているが、プロトタイプにはそれがない。

それどころか彼が不死身になったのは実験初期段階以前、何もかもが手探りの状況だったため、その能力は他の実験体の倍以上になってしまっている。使用した薬品もそれ以降に作られたものより数段強い薬を大量に打ち込まれている。

だから、体のつくりも異常なまでに強い。

彼が研究所に入った時にはナンバー1と2、そしてマッド・ドッグと同じ時期に不死身になったナンバー7と9がいたが、ナンバー7と9はマークに“破壊”された。“殺された”のではなく“破壊“されたのだ。

マークはその後『俺たちは不死身といっても本当に死なない訳じゃない。それに限りなく近い再生能力を持っているだけだ。つまり、再生できない程に”破壊“してしまえば二度と立ち上がることはない』といっていたが、そんなことができるのは彼ぐらいなものだとマッド・ドッグは思っていた。

そんな最強の怪物はあまりの強さにプロジェクトの一三体目として公認された。ナンバー0、開発コード“マルドゥーク”として。

研究所が無くなってからは世界中を旅してまわっているが、たまにこうして様子を見きてくれる。面倒見のいい男でもあった。

しかも彼は毎回来るたびに新しい武器を譲ってくれる武器商人まがいのこともしていた。

前回はポケットの中に入っている拳銃を譲ってもらった。

「今日は何か用ですか?」

「用が無きゃ様子を見に着ちゃいけないのか?」

マークは両手をひらひらとさせながら冗談めかして笑った。

「冗談だよ。新しい武器が手に入ったんで譲ってやろうと思ってな」

――なんだ、今日も武器を売りつけに来たのか。

「日本の銃刀法って知ってます?」

「なんだそりゃ? まぁ、どうでもいいや。銃がだめならお前だって立派な違法だぞ」

持ち込んでる奴よりはましだ。とマッド・ドッグは心の中で呟いた。

「見ろこれ! XM29っていうんだぜ。二〇ミリ炸裂弾を六発とアサルトライフルだ。マガジンはこの一〇〇入りの奴をくれてやる」

といってマークはタンスみたいなリュックの中からアサルトライフルを取り出しマッド・ドッグに向かって放り投げた。

「うわっ!」

受け取った銃は想像以上に重く、マッド・ドッグはあまりの重さにバランスを崩して倒れそうになってしまった。

「重すぎますよ。いったい何キロあるんですか?」

「銃本体が八から九キロぐらいで、マガジン入れたら一〇キロは難いだろうな」

「そんなクソ重たい銃、いつ使うんですか」

「お前どうせカチコミとかするんだろ。買っちまえよ。今なら全部セットで八万円だ。破格だぞ、おい!」

マークまくし立てながら売り込む。どうしても売りつけたいようだった。

「カチコミなんてしませんし、そんなものいりません。っていうか、どこで手に入れたんですかそんなもの」

しかし、そんな出所も知れぬ銃を使いたくないというのが本心だった。

「これか? これなぁ、知り合いにアメちゃんがいてな、借金肩代わりしてやったら質としてくれたんだよ。プロトタイプを」

「それを世間では横流しっていうんですよ」

「なんか言ったか?」

指摘するマッド・ドッグをマークはお得意の眼力で制した。

――やっぱりこの人は極悪人だ。

「いえ、別に。じゃあ今日は以前、譲ってもらったベレッタの弾だけもらえますか? ちょうど無くなりそうだったんです」

「悪いな、九ミリパラべラムは今品切れ中だ。また今度な」

「じゃあ何がありますか?」

「五・五六ミリのNATO弾なら二〇〇〇発用意してるが……」

といって、マークは弾薬の入った巨大な箱を突きつけた。

「いったいリュックに何入れてるんですか、こんな重たいもの。よく入国できましたね」

「貨物船の中ってのは意外と快適でな――」

まさかの違法入国者だった。

「それにそのリュック、いったい何キロ入れてるんですか。そんないろいろ詰め込んで」

「二、三〇〇キロぐらいかな?」

「……」

やっぱりこの男はバケモノだ、とマッド・ドッグは心の中で呟いた。

「それより、お前、早く帰らなくていいのか?」

「へ? なぜです?」

マークはさっきより少し真剣な表情でマッド・ドッグを見た。

「さっきチャイニーズマフィアの連中が物々しい恰好でお前の隠れ家に向かってるのを見たんだが――また何かやらかしたか?」

「言え、僕は別に――」

言いかけた途端、マッド・ドッグの脳裏にマリの姿がよぎった。

昨晩、彼の記憶はない。もう一人の自分は今は寝ている。

――おい、起きろ! もう一人の僕! 昨日何があった?

心の中で叫ぶ。

――なんだ、もう朝か。早いもんだな。

もう一人の彼が目を覚ました。

――どうした。なに動揺してるんだ。状況がつかめんぞ。

――お前、昨日、女を部屋に連れ込んだだろう?

――ああ、マリは元気か?

――今隠れ家に敵が迫ってる。お前何をした?

それを聞くと、もう一人のマッド・ドッグの声のトーンが一段階変わった。

――なんだと! まずい、早く助けに行かないと、取り返しがつかなくなる。

――どういうことだい?

――マリはチャイニーズマフィアとヤクザの麻薬取引の現場に出くわしちまったんだ。俺はそれを助けただけだ。

――バカ! なんでそんな面倒なことに首を突っ込んだんだ。特に女絡みはやめろと以前言ったはずだ。それにあの女から聞いた話と違うぞ。どういうことだ?

 

事の真相はこうだった。マリが新聞記者ということは事実だったが、マッド・ドッグのことを調べに来たのではなかった。本当は麻薬取引の現場をカメラに収めようとしてチャイニーズマフィアに捕まってしまったのだ。

そこに入れ替わったもう一人のマッド・ドッグがたまたま夜の散歩で通りがかり助けた。

マリが言っていた“情報”というのはマフィアの情報であり“プロジェクト・インモータル”のことではなかった。

 マリがプロジェクト・インモータルについて知っていたのは本当にマッド・ドッグが気まぐれで教えたものだった。

マリがマッド・ドッグについて調べに来たと言った理由は、単にマリが冗談でマッド・ドッグをからかうつもり程度のものだった。

彼女を助けたマッド・ドッグならそれは通じたかもしれないが、普通のマッド・ドッグにはその冗談は通じなかった。

つまりこの一連の事態は完全にもう一人のマッド・ドッグのおせっかいによるのもだった。

 

――俺に言われたって嘘をついたのはマリだ。それに説教は後で聞く。今はその身体をオレに任せろ。

マッド・ドッグの体は二人の人物が共有しているため、主導権を握っているのは体を使っている方になってしまう。主導権が無い方はある方から体を譲られるか、寝ている時などに不意を衝くしか自由に行動することはできない。

――だめだ。お前が動いたら死人が出るだろ。

――何言ってる! マリの命がかかってるんだぞ。なりふり構っていられるか!

――だからって……

――早くしろ!

もう一人のマッド・ドッグの必死さは尋常なものではなかった。マッド・ドッグ本人もここまで必死なもう一人の自分を知らなかった。

――はぁ、やりすぎるなよ?

――善処しよう。

そして、マッド・ドッグはもう一人の自分にその身を任せた。

「おい、話聞いてるか? マッド・ドッグ?」

マークは怪訝そうな顔でマッド・ドッグの顔を覗き込んだ。

「わりぃ、マークさん。ちょっと野暮用ができちまったわ」

入れ替わったマッド・ドッグは、唇の端をニッと引きつらせていった。

「ん? お前もう一人の方の――」

マークが話し終わる前にマッド・ドッグはすで廃病院に向けて走り出していた。そのスピードはやはり人のものではなかった。行きで歩いて三〇分かけた道のりは、帰りはたったの二分半で済んでしまった。

生い茂る針葉樹をかき分けながらマッド・ドッグは病院に向かった。

少し前までしていた銃声はもう聞こえなくなっていた。

――まさか手遅れじゃないだろうな。そうだったら、俺は……俺は!

――落ち着け、焦ると転ぶぞ。

二人の心の中の会話にも焦りが出始めた。

廃病院に着くと六人のチャイニーズマフィアがサブマシンガンを片手に一服していた。病院の壁は穴だらけで数枚残っていたはずのガラスも割れ、カーテンも穴だらけになっていた。

連中もこちらに気付いたようでサブマシンガンを構えて中国語で言った。

「貴様、何者だ!」

マッド・ドッグは中国語は少しだけなら理解できたが、聞く気にはなれなかった。

 抑えきれない感情の波が押し寄せていた。

――なぜだ。なぜこんなことに・・・・・・

――自分のせいだ。お前が余計な事さえしなければ……

マッド・ドッグはもう一人の自分に辛辣な言葉を浴びせた。戒めるように、また、諭すように。

「貴様ら許さんぞ! その骨の一遍まで粉々にしてやる!」

そのとき、マッド・ドッグの体に変化があった。

細身だった体は筋肉質へ変わり下半身には黒い体毛が生え始めた。爪は伸び歯も鋭くなった。骨格が歪み少し猫背になる。最後は尻尾が生えそこに、元のマッド・ドッグの姿はなかった。

それを見た敵の全員に動揺が走った。撃て、撃てという掛け声が掛けられ、全員がサブマシンガンを構え一斉にマッド・ドッグに向かって発射した。しかし、弾丸は命中するも皮膚を貫通せず地面にその弾頭が転がるだけだった。

「バ、バケモノだ!」

「死ね!」

マッド・ドッグは敵との距離を一気に詰めると一人の腹に向かって手刀を突き立てた。鋭い爪と腕力で無理矢理に肉体を貫通させた。腕は血まみれだが、そんなことを気にする余裕もなかった。

次から次に敵を鷲掴むマッド・ドッグ。一人は首をねじ切り、一人は腕をもいだ。

気が付いた時には、粉々にすり潰された肉の塊と血の池の上にマッド・ドッグは立っていた。

荒い息を落ち着かせながら廃病院の中に入る。

――やりすぎるなといっただろ!

――うるせぇ、手加減はしたさ。

――嘘だつけ。

――嘘だとも。だが、あの状況でどうしろというんだ? 俺には思いつかん。

――開き直るなよ。バカヤロー。

病院の中ではマリが撃たれ血の池を作っていた。シャツにもその細い

肢体にも弾丸の痕が無数に残っていた。

「――おかえり……マッド……ドッグ……」

「――マリ!」

マッド・ドッグは近寄りマリの体を抱きしめた。

「悪かった――本当に、本当に――」

「もう……謝らないで?」

マリの声は囁きのように小さく細いものになっていた。

その血塗られた手でマッド・ドッグの腕を愛おしそうに見つめながら撫でる。

「あなたって……こんなに筋肉質……だったかしら?」

「今そんな事どうでもいいだろ! くそっ! 俺のせいで……」

「もういいの……自分を責めないで……マッド・ドッグ」

マリの呼吸が時間の経過とともに小さくなっていくのが分かった。

「私は……昨日のあの時、死ぬ……運命だったのよ――だから、あなたは……自分を責めちゃダメ」

「もう喋んなよ! 死んじまうだろうが!」

「ダメ……私は死ぬのよ……もう…手おくれよ」

「嘘だ! 信じない、信じないぞ! そんなこと」

「わがまま……言わないで」

そう言って、彼女はマッド・ドッグの頬を優しくなでて唇を合わせた。

「最後に……またあなたに……マリって呼んでもらえて……うれしかった…わ……」

そしてマリは瞳を閉じ微笑むと眠るように息絶えた。幸せそうに微笑んだまま、マッド・ドッグの腕の中で。

マッド・ドッグはその身体を強く抱きしめ、心の中で呟いた。

――なんで、こんなことになったと思う?

返事はなかった。

――教えてくれよ! おい、答えてくれよ!

どんなに強く心で叫んでももう一人の自分は反応してくれなかった。今までとは違う、まるでいなくなってしまった様だった。

マッド・ドッグは慟哭した。町中に響き渡るほどの大声で。地面は震え絶え間なく涙が地面に落ちて行った。

 

***

 

間もなくしてマークが廃病院にやってきた。マッド・ドッグはマリをベッドに寝かせジッと冷たくなったその身体を眺めていた。

「マークさん。俺はこれからどうすればいいと思う?」

マッド・ドッグは尋ねた。声はまだガラガラでいまだその頬は濡れている。

「さあな、自分で考えな」

ただ、とマークは言葉を繋げた。

「これで分かっただろう? 失う悲しみが。俺達は不死身だ。普通にしてりゃ死ぬことはない。だがそれは、死ぬより辛い苦しみを味わい続けることと同義だ」

「……」

マッド・ドッグは答えなかった。

「もう一人のお前は、それを危惧して女となるべく関わらない様にしてたんじゃないのか? これに懲りたら、軽はずみな行動は控えろ。俺達はそうやって生き続ける苦しみを減らしていかなきゃいけないんだ」

「……」

マッド・ドッグは答えなかった。

マークは諦めて部屋を出ようとした。背を向け扉に手をかけて、捨て台詞のように最後に言った。

「What are you mood for?(どんな気分だ?)」

「Wanna die(死にたい)」

 

この後、もう一人のマッド・ドッグも意識を失った。

身体は意志とは関係なく動き出す。まるで自分の知らない自分に操作されるように。

その後、彼は自身の重大な秘密を知ることになる。

しかし、それはまた別のお話――


あとがき

 

どうも初めまして。神山 阿国(カミヤマ アグニ)です。

自分のことを正直、馬鹿だと思ってます。自虐じゃないです。開き直ってるんです。

初めてなのですがなかなか話がまとまらず、だらだらと続いてしまって、気付いたら一〇ページとかになってました。

なんだか書きたいものを書き続けたら、いつの間にか『あれ? 何書いてるんだっけ?』ってなってました。迷走に迷走を重ねて辿り着きました。

これを読んで『ここ間違ってる〜バカじゃね〜の〜』みたいなリアクションはやめてください。泣きます。

でも指摘していただけるのはありがたいな〜という感情もあったりして、非常に複雑です。

最後にもしもこの『マッド・ドッグ』を最後まで読んでくれたのならこういうことをする馬鹿がこの学校にはいるんだな〜ぐらいに思っていてください。

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