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 あの島に渡ると不幸になると、小さい頃から口酸っぱく周りの人間から言われ続けていた。この島に生まれた人間なら誰もが知っている常識である。

 その島は僕たちが住んでいる島の北におよそ1マイル離れたところにある孤島で、ここから眺めても人が住んでいる様子は微塵も感じられない。

 その島は不幸の島と呼ばれている。

 あの島には永遠の楽園が広がっていると、ずっと前から年寄りから子どもへと語り継がれ、昔はみんなおとぎ話程度に聞き流していた。

しかし、開拓者がこの島に現れ元々この島に住んでいた僕たちは、奴隷として重労働を強いられた。

慣れない重労働と過酷な環境で疲弊した若者たちは、このおとぎ話を藁にもすがる思いで妄信した。

そして、楽園を探した者は二度と戻ってこなかった。

しかし、戻ってこないのは楽園で楽しく暮らしているから、という噂がまことしやかに広まり、島を目指す者は後を絶たない。

若者たちが次々に島を目指して消えていくため、みんなはその島を不幸の島と呼んだのだった。

僕の兄も島を目指した若者の一人だった。

それはもう五年も前の話だ。

そして、他の者と同じく帰ってこなかった。

僕はそんな兄が羨ましかった。この島に居たって、僕は重労働を強いられるだけ、使いものにならなくなればボロ雑巾のように捨てられる。

そんな一生を送るのは御免だ。

僕は絶対にあの島にたどり着くと決めた。たとえ楽園がなくたって、ここよりはましな場所のはずだ――

 

  * *

 

「リコ、またこんなところで島を見てるの?」

 海岸に座って海の向こうの不幸の島を眺める僕に、彼女は声を掛けた。

「ティアこそなんでここに?」

「突然いなくなっちゃったから」

 ティアは悲しそうな顔をする。

僕は黙った。ティアは兄さんの婚約者だった女性だ。昔から三人でずっと一緒に遊んでいた。しかし、大人になると彼女は開拓者たちに給仕として働かされ、僕と兄さんは金鉱で重労働をする毎日になってしまった。

そんな重労働に耐える生活に兄さんは嫌気がさしていた。そして開拓者たちに隠れて小さな船を造り、島を目指した。

ティアとの婚約はその直前だった。

兄さんはそれでも島を目指した。絶対に戻ると約束したが、それはいまだに果されていない。

ティアはそれでも、ひたすら待ち続けている。ずっと戻ってくると信じ続けているのだ。

「ねぇ、リコは不幸の島なんかに行かないわよね? 一緒にユーリを待ちましょうよ」

ユーリというのは兄さんの名前だ。

ティアは僕の腕をゆすりながら悲しそうな顔をして続ける。

彼女も心のどこかで分かっているのかもしれない。兄さんはもう戻ってこないことが。

そんなティアのことが僕は哀れでならない。

それでも彼女は信じ続ける、否、信じたいのだろう。兄さんがいまだに生きていて戻ってくると。

「大丈夫だよ。僕は行かない」

彼女を安心させるために、僕はいつもそう嘘をつく。

 悪いとは思っているが、今頃やめることもできない。決行は今夜、彼女が眠ってからだ。

 

  * *

 

兄さんがいなくなってから少々不安定になってしまったティアは、僕と一緒に暮らしていた。

いつも通りに食事を終え彼女を寝かしつけた後、こっそりと家を出た。

船は海岸の洞窟に隠してある。開拓者が訪れる以前、漁に使っていたものを隠しておいたのだ。木をくりぬいて作ったもので一人でも動かせる。

海に押し出してからオールを使って前に進む。何度か強く漕ぐと船は大きく前に進みだした。

――これが第一歩だ。

そう思った瞬間、

「リコ、何をやってるの! 戻ってきなさい!」

 それはティアだった。いつ気が付いたのか波打ち際まで追ってきていた。

「やめろ、ティア! 戻れ!」

「いや! 行かないでよ! ユーリもリコもみんな私を一人にするんだ!」

「早く戻れ! 僕は絶対に戻るから、待っててくれティア!」

 僕に戻る気はなかった。沖に出てしまえばティアも諦めるはずだ。

僕はティアを無視して船を進めた。

 

* * *

 

 だいぶ沖に出て不幸の島も大きく見えるようになってきた。

 ――あと少しだ。

 そう思った瞬間だった。

 船が漕いだ方向とは、全く別の方向を向き始めた。オールを使って修正しようとしても、なかなか戻らない。不審に思い海面に目をやると、大きな渦潮が僕の船を飲み込もうとしていた。

 ――そんな馬鹿な、こんな沖で渦潮なんて……

 渦潮とは海流が複雑な、特定の条件下でしか発生しないはずだ。こんなところで起きるわけはない。

 ――ちくしょう、こんなところで……

 しかし、その時にはもう遅く、船は下へ下へと呑み込まれていく。そのまま僕の意識も暗い海の底へと沈んでいった。

 

* * *

 

「おい、起きろ! いつまで寝てるんだ?」

体をゆすられ深い闇の底から意識を無理やりに引っ張り起こされる。

「寝坊助、早く起きろ」

 今度は脇腹に大きな衝撃が走った。蹴られたようだ。

 ゆっくりと目を開けると、そこには以前島を目指した幼馴染のショーティが酒瓶を片手に佇んでいた。

 ショーティは名前のニュアンスとは裏腹に隆々とした筋肉を持った荒くれ者だった。二ヶ月ほど前に島を目指したきり帰ってきていなかったが、こんなところで呑気に酒を飲んでいたとは――

「お前……何してんだ?」

「何ってお前、楽園にたどり着いたんだろ、お前も」

「楽園?」

 意識がだんだんとハッキリとしてきた。淡く濁った景色はだんだんと輪郭を鋭くしていく。

 そこにはまさに楽園と呼べるような世界が広がっていた。豊かに肥えた土地にたくさんの作物、誰一人憂鬱な顔をした者はなく、人々は宴を開き酒を飲んで踊っている。

「ここが……楽園……何かのお祭りか?」

「いや、ここはいつもこんな感じだよ。常にお祭り騒ぎさ」

「まさに楽園だな」

「あぁ、島を目指した奴はみんなここにいるぞ。サラもエルダーも、ユーリだっているぞ」

「なんだって!」

 つい大声を出してしまった。一瞬宴を開いている全員の目線が注がれた。

「兄さんもいるのか?」

「うるさいな、そんなに大声出さなくても聞こえてるって。宴に来てるはずだぜ」

 ほら、と言ってショーティが宴の方を指さす。

 そこには懐かしい兄の姿があった。

「兄さん!」

 兄の名を呼びながら宴の輪に入る兄のもとへ駆け寄った。

「リコ? なんでお前までここに……」

 あまりの嬉しさに思いきり抱き着いた。

「よかった! 生きていたんだ。やっぱり楽園はあったんだ!」

 しかし、兄は久々の再会にもかかわらず、まるでなぜ来たと言わんばかりに僕を突き飛ばした。

「おまえ、なんで来た! ティアはどうした」

「おいてきたよ。でもそれは兄さんだって同じだろ」

「俺には事情があって帰れないんだ。お前は今すぐ島に帰れ!」

 兄は鬼のような顔で、怒りを顕わにしていた。

「そんな言い方ないだろ! やっとたどり着いたのに……」

「いいから戻れ!」

 そう言って兄さんは僕のことを蹴り飛ばした。

「うるせえ! じゃあ兄さんのせいでティアがどんなに苦しんだのか分かんないのかよ」

 兄さんは握り拳を振り上げていたが、それを聞いた瞬間にピタリと動きを止めた。

「あんまりだ! もう顔も見たくない!」

 それだけ吐き捨て僕は走り出した。どこへともわからずに、ただその場を離れたかった。一瞬振り返ると兄さんは下を向いたまま肩を落としていた。

 それからもう無我夢中に走った。

 

* * *

 

 走り続けた結果、よくわからない場所にたどり着いた。

 石畳で整備された道が石造りの建物へ続いている。

 宮殿と言っても過言ではない、まるでギリシャの神殿のようなところだった。キョロキョロと辺りを見回しても人がいる様子はない。

 気持ちが沈み込み半分自暴自棄になっていた僕は、見つからないように宮殿の中にもぐりこんだ。静かな場所で一人になりたかった。

 中には女性をかたどった像が並んでいた。やはり神殿のようだ。

「だれ?」

 神殿の奥から女性の声がした。

――しまった、見つかった。

 そう思い後戻りしようと振り返ると、なぜ今まで気が付かなかったのか分からないぐらい近くに女性が立っていた。

「あら、私の家に忍び込むなんて恐れ知らずなのね」

 女性は僕の胸にすがり付きながら顔をこすりつけてきた。

 よく見ればその女性は神殿内の像そのものだった。

「あなたは何でここに来たのかしら」

 ねぇ、とその扇情的な体を押し付けながら僕の顔を覗き込む。

 思わず顔をそむけた。

「あら、かわいい。照れてるのね」

 女性は不敵な笑みを浮かべながら言った。

「ぼ、僕はさっきここに来たばかりで……」

「あらそうなの。じゃあお腹が空いてるんじゃないかしら?」

 そう言って女性はどこからともなく食べ掛けのザクロの実を取り出し、一粒自分の口に放り込んだ。

僕は唾を飲んだ。島を出てからどれぐらい経ったかはっきりしないが、さっき走ったせいもあり喉も乾き、お腹も空いている。

「あなたも食べたい?」

 そう言って女性はザクロを手渡した。パックリと割れ瑞々しい緋色の中身がキラキラと光っている。

粒をいくつか手に取り、口に運ぼうとしたそのとき、

「やめろ!」

 どこから現れたのか兄さんが僕のことを突き飛ばした。

 女性とともに石畳に叩き付けられザクロを手放すが、兄さんはすぐに僕の手を引いて走り始めた。

「何するんだよ兄さん!」

「バカ野郎! お前はまだここに来るべきじゃない。早く島に戻るんだ」

「何言ってんだよ! せっかくたどり着いたのに」

「ここは楽園なんかじゃない。お前が思っている以上に虚しい場所だ」

「え?」

 兄さんは息を上げ、走りながらしゃべり続ける。

「お前ならまだ戻れる、あの島に」

「嫌だ! 島に戻っても重労働が待ってるだけだ」

「いいから聞け!」

 兄さんはまるで自分のことのような真剣な顔つきで僕に言った。

「お前がさっき会ったのはここの女王だ。あの手この手でみんなをここから出られなくするんだ」

「でもみんな楽しそうじゃないか」

「そうだな、だが虚しい」

 ひたすら走り続け僕たちは断崖絶壁の崖の上まで来ていた。

「確かに戻れば苦しいかもしれない。だけどここにあるのは享楽だけだ。喜びも幸せも、苦しみや不幸がなければ何の意味もない。なんで苦しみや不幸があると思う?」

 僕は首を横に振った。

「必要だからだ。人には喜びも苦しみも必要なんだ。どちらが欠けても生きていけない」

「兄さん、分からないよ。僕はどうすればいいの?」

「今は分からなくていい、自分で気づけるまでな。お前はまだ戻れる。ここから飛び降りるんだ」

 兄さんは崖を指さした。

「そんな! 死んじゃうよ」

「大丈夫だ。俺を信じろ」

「無理だ!」

「時間がないんだ!」

 が来た方を見ると女王と、まるで亡者のような人々が僕たちを追ってきていた。

「お前もああなりたいのか?」

「嫌だ」

「じゃあ早く行け!」

 崖の方を見る。底は真っ暗で見ることができない。それほど深いのだろう。

どうしても足がすくむ。

「リコ!」

 兄さんは僕を正面から見つめた。

「俺からの最後のお願いだ。ティアを頼む」

 そう言って兄さんは女王たちの方へ突っ込んでいった。

「兄さん!」

 何とか勇気を奮い立たせ、目をつぶる。

 そして僕は崖から飛び降りた。

 

* * *

 

「おい、リコ!」

 暗闇の底に縛り付けられたみたいに体が動かない。

「リコ!」

 名前を呼ぶ声は聞こえてもどうしても動けない。

「起きろ!」

 次の瞬間、無理やり闇の底から引き上げられた。

真っ暗闇に光がさした。かすんでいるが徐々にはっきりとしていく。

そこには泣いている叔父の顔が映った。

「……叔父さん」

「気が付いたかリコ。お前不幸の島を目指したんだってな」

「うん。だけど……だめだったよ」

「みたいだな、でもよかった。生きて帰ってきたのはお前が初めてだ」

 叔父さんは心底嬉しそうな顔をした。

「……僕、兄さんに会ったよ」

「何?」

「神殿があって、そこで女王って人からザクロを貰おうとしたんだ。そしたら兄さんに止められて――」

 叔父さんは信じられなさそうな顔をして驚いた。そして僕を抱きながら顔を覗き込んで言った。

「よく聴けリコ。お前は兄さんに助けられたんだよ」

「なんだって?」

「お前が見たのはおそらく死者の世界だ。死者の世界は死者しか入れない。だけど生者がたまたま入ってしまったら、絶対にそこにある食べ物を口にしてはいけないと言われている。口にしたら最後、二度とこちらの世界に戻ってくることはできない」

「じゃあ――」

「そうだ兄さんはお前を助けて、こちらの世界に戻してくれたんだ」

 涙が止まらなかった。あの兄さんが僕を助けてくれたのだ。それを僕は――

「じゃあ兄さんもうこの世にいないのか」

叔父さんは多分な、と言って俯いた。

そんなときに兄さんの最後の言葉を思い出した。

「そうだ、ティアは? 兄さんにティアを頼まれたんだ」

 それを聞くと叔父さんは、あたふたと目線を逸らして遠くを見た。

「どうしたの?」

「いいか、落ち着いて聞くんだぞ。ティアは死んだ。お前を追って海に入ってな」

「……そんな、嘘だ!」

「嘘じゃない。朝になってから海に来てみたら、ティアの死体が打ち上げられてたんだ。溺死だったよ」

 叔父さんは悲しそうな顔で僕に言った。

「いいか早まるんじゃないぞ。お前もみんな死んだと思ってるんだ。兄さんが助けてくれた命だ、大事にしなさい」

 

* * *

 

次の日から僕は一人ぼっちだった。誰もいない朝が繰り返した。

開拓者たちに奴隷同然の扱いを受け、重労働を強いられる毎日。何度も自殺してみようとしたが、そのたびに兄さんとティアのことを思い出して踏みとどまった。

僕が島を目指さなければ、ティアは死ななかった。あのときに僕が引き返していれば――

 後悔はしてもしきれない。

 今夜も僕はあの海岸で不幸の島を見ていた。

 ――やはりあれは不幸の島なのか?

現実に僕は今までにないくらい不幸だ。

海岸の砂を握りしめると、なぜか涙が出てきた。

「なんでなんだよ――」

「よう、何泣いてんだ」

後ろから若い男の声がした。涙をぬぐって振り返るとそこには白いスーツを着た男が立っていた。開拓者の仲間のように見える。

「そうビビんなって、俺はあいつらの仲間じゃねぇよ」

 男はニヤリと笑い僕の横に来た。

「お前、この世で一番不幸みたいな顔してんぞ」

「不幸だよ、この上なくね」

 男はビックリしたような顔をしたがまたにやけ始めた。

「お前なんか勘違いしてるぞ? なんで不幸なんてものがこの世にあると思ってんだ?」

 いつか聞いたような質問だった。

「必要だからだろ」

そう答えると、男は当たらずも遠からずだな、と言った。

「必要ではあるが、それはその後にくる大きな喜びのための布石なんだよ。いつまでも不幸な人間なんていない。いつかツキが回ってくるもんさ」

「僕にそんなツキは回ってこないさ。来るはずない」

 ついため息が出た。それを見た男は、今度は大声で笑い始めた。

「そうかそうか! そりゃいい、俺がその幸せのツキとやらを与えてやろうじゃねぇか!」

 男はそう言って、拳銃を僕の手に握らせた。

「革命を起こすんだ。みんなで武装蜂起するんだよ!」

「なんだって?」

「革命だよ! お前たちの力で、開拓者どもを追っ払うんだ!」

「でもどやって……?」

「俺が手伝ってやるさ」

 男のその自信はどこから来たのか分からないが、それを信じてみたくなった。僕にはもう、何も残されていないのだから……

僕は男の手を取った。

 

その後この島での革命は成功し僕は英雄と呼ばれる。

だけどそれはまた別のお話で――

 

おわり

 

 

 

 


 あとがきもどき

 

 こんにちは、神山 阿国(カミヤマ アグニ)です。

 名前が読みにくいと言われました。

 今回の作品はついこの間39度ぐらい出た時に見た夢の話をそのまま小説にしました。だいぶ脚色しましたが。

 いろいろ忙しく二日で書いたのでクオリティは低いですが、読んでいただければ幸いです。

 

 ではまたいつか