「お前、遠慮って言葉を知ってるか?」
繁華街の傍ら、ハイドはオープンカフェの席に座りながら大きな溜息をついていた。
午後の緩やかに流れる時間の中、カップルの多いこのオープンカフェに不釣合いな大きな溜息は気分をさらに沈めてしまう。
しかし、彼が溜息をついているのは決してカップルが多いからではない。
「いったい俺にいくら使わせる気だ」
「えーっとね……気が済むまで?」
シンシアはハイドの目の前でパフェを片手に満面の笑みで答えた。
木製の丸いテーブルのパラソルの下、脇にさっき買ったばかりの靴や帽子や日用雑貨が山積みにされている。ハイドはそれを見て再び大きなため息をついた。
「服も靴も帽子も全部一つか二つ買えば充分だろ」
それを聞いた途端シンシアは突然、笑みを崩しハイドを睨み付けながら、パフェ用の少し長めのスプーンをハイドの眉間に突き付けた。
「本当にあなたって何もわかってないわよね。昔からいつもそう、ファッションセンスのかけらもないわ」
ハイドはばつが悪くなった様な顔をしながら、スプーンを指ではじいて関係ないだろ、と言って目を反らした。
昨日、二人は六年ぶりの再会を果たしていた。再会した直後は酒も入っていたせいもあり、いろいろともめたが、朝になり冷静になって考えるとハイドが一方的に悪い、という結論に至り、そして今、ハイドは六年間ほったらかしにした彼女のわがままを丸一日聞かなければいけないはめになっていた。
「ところでもう一時間近くここで話してるが、用がないならもう帰らないか? 眠くて仕方ないんだ」
「昨日の夜遅くまで、私に隠れてやけ酒なんかするからでしょ。いい加減、自分がアルコール中毒なのを自覚したらどう?」
「いや……その、悪かったって。俺もやめようとは思ってるけど――」
「思ってるけど何よ! 結局、飲んでるんだから変わらないでしょ。自覚が足らないのよ、自覚が! それに――」
腕を組みながらシンシアの説教が始まってしまった。
――全く、やけ酒の理由が自分だとも知らずに……
昨晩ハイドは再会を果たした後、ホテルの自分の部屋に戻り一人、酒をあおっていた。ハイドは重度のアルコール中毒を患っていて、なるべく飲むのは控えていたはずだが、この日は浴びるほど飲んでしまった。
ハイドは特別に、酒を飲んでいいと決めている時がある。一つは無事に戦場から戻ることができた後の休暇中。もう一つは死ぬほど悲しかったり、嫌なことがあった時。前者は祝杯、後者は逃避だ。
そのときの理由は後者だった。
ハイドはシンシアと再会した直後、身に余る程の幸福を感じていたと同時に、それ以上の恐怖を感じていた。一度手放した幸福と恐怖が戻ってきたのだ。
しかし、今回はもう逃げることはできなくなってしまった。
ハイドはもう酒に逃げるしかなかった。自分のアルコール中毒も、それを解決してくれたのがシンシアだということもわかった上でやったことだった。
飲みまくり、卒倒して、再会の一部始終を忘れた。
しかし今日になって、シンシアが自分の部屋を訪れ現実に引きも出された。覚えていないことを問い詰められ、ハイドは困惑し、シンシアは激怒した。
そしていまだに、根に持っているようだ。
「――なのよ。ねぇ、ちょっと聞いてる?」
「え? あぁ、聞いてるぞ」
どことなく、返事がしどろもどろになってしまった。
「じゃあ私、最後になんて言った?」
「ちょっと聞いてる? だろ」
「その前よ」
「知らん」
次の瞬間、強力な平手がハイドの頬を直撃した。スパァーンという痛快な音が、カップルだらけの甘い雰囲気を一気に冷却した。辺りのカップルはみんな硬直しながらこちらを見ている。視線が痛い。
「いい加減にしなさい。あなたの話をしてるのよ、わかってる?」
「ごめん、上の空だった」
辺りのカップルがこちらを、横目で見ながらヒソヒソと話すのが聞こえる。
「ところでシンシア、そろそろ戻らないか? ここにこれ以上長居すると変な目で見られそうだ」
「もう変な目で見られてるから大丈夫よ。それに、ここには待ち合わせできてるから、離れるわけにはいかないわ」
ハイドは赤くなった頬をさすりながら告げたが、シンシアはパフェをスプーンでつつきながら視線を逸らし、どこかよそよそしく言った。
「待ち合わせだって? 聞いてなかったぞ」
「前に言わなかったかしら?」
とぼけたように首を傾げるシンシア。
「いつ言ったんだよ」
「いま」
どうやら最初から素直に話す気はなかったようだ。ハイドは何か言いたげな目でシンシアを睨むが、気にしているような素振りは全く見せなかった。
しかし、ハイドもよくわかっていた。こいつはそういう女だ。
「ところで誰に会うかまだ聞いてないな」
「素直に言うと思う?」
「わかった、待てと言いたいんだな」
以前からそうだった。攻撃的で、感情的で、誰よりも意地っ張りなくせに、心の中ではいつも他人のことばかり考えている。とてつもなく頑固なひねくれものだ。
この女の性格はつくづく面倒で、厄介極まりないとわかっているが、それが彼女の欠点であり、魅力なんだと思う。
そんな言い訳をハイドが考えていると、彼の背後を眺めるシンシアの表情が急に明るくなり、その次の瞬間、背後から肩をたたかれた。
不意に背後から触れられたハイドは、ビクンッと肩をふるわせた。気配もなく、背後に回られたことに驚きながらも恐る恐る振り返った。
「久しぶりじゃないか、ハイド。変わらないな、お前」
声には聞き覚えがあった。大学時代、いつもつるんでいた親友の声。
「お前……リナルディか?」
声は確かに親友のものではあったが、その容姿はあまりにも変わり果てていた。
薄汚れた服に汚いフード、髭も生え放題で臭いも少しきつかった。
そこにいつも一緒に女を口説いていた頃の彼の姿はもう無かった。
「お前は変わったじゃないか、リナルディ。一瞬誰だかわからなかったぞ」
「いろいろあったからな。それより人目のないところで話がしたい、いいか?」
「俺は構わないが――」
ハイドはそっと横目でシンシアを見た。間違いなく反対すると思った。しかし、シンシアはパフェをつつきながらニコリと笑って言った。
「いいわ、いきましょう!」
ハイドは呆れ果てて言葉にできなかった。
――もう、どうにでもしてくれ。
***
結局、リナルディに連れられて来たのは、人気の少ない奥まった場所にある喫茶店だった。
照明を落とした薄暗い店内には、客は一人もおらず、コーヒーの香りで満ちていた。
荷物は面倒なので来る前に近くにあるというシンシアのアパートに郵送した。もちろん郵送費を出したのはハイドだ。
リナルディは店に入るなり、カウンターに座る老人に目で合図を送る。老人は無言で頷き、扉の外にある札を裏返した。“CLOSED”と書いた面が外側を向く。
「この店は俺の行きつけなんだ。静かで、何よりコーヒーがうまい」
「コーヒーかよ。俺あんまり好きじゃねぇんだよ」
「さっき飲んでたじゃないか」
「本当はコニャックが飲みたかったんだ」
「酒は断ったんじゃないのか?」
「もちろん断ったさ。それに――」
横目でシンシアの様子をうかがうといつもの様にハイドを睨みつけていた。
「監視の目があっちゃ、おちおちビールですら飲めないよ」
「ビールもだめなのか?」
「アルコール全般がだめだ」
「じゃあ、コーヒーでいいな? コーヒーを三つ」
シンシアは頬杖つきながら無言でじっとハイドを睨む。
「ところでリナルディ、久しぶりじゃないか」
リナルディはボロボロのフードを脱ぎながら微笑した。しかし、それは再会の喜びからくるものではなく、安堵の喜びからくるものだった。
「はぁ、ここなら安心だ」
リナルディの肩から力が抜ける。
「悪いな、お前とまた会えて嬉しくない訳じゃないんだが、建て込んでてな。こんな場所じゃなければまともに話もできないんだ」
コーヒーが運ばれてきた。香ばしいにおいが鼻の奥をくすぐる。
「俺、今このコーヒーショップの二階で暮らしてるんだ」
リナルディがコーヒーをすすりながら口を切った。
「いや〜、でも本当にお前に会えるとは思わなかった。前には突然いなくなったって聞いて、今度こそくたばったかと思ったが、いや、生きててよかった」
「お前、本当は俺に死んでほしいと思ってるだろ」
「別に、俺が落とせなかった女をお前がいつの間にか落としてたとか、根に持ってないから」
「根に持ってるだろ」
「ねぇ、いい加減に本題に入ったら?」
店に入るまでニコニコしていたシンシアは、ここにきて渋い顔で二人を見ていた。店を貸し切ってまでリナルディは話をしようとしていた。シンシアはそのことが気になって仕方がなかったのだ。
「そうだな、悪かった。本題に入ろう。」
コーヒーを一息に飲み干した後、リナルディもおどけた表情をやめた。
「まず、紹介したい人がいるんだ」
リナルディがカウンターの老人を呼び、耳打ちをする。老人は本当にいいのか? と訊き返すがリナルディはもう一度頷いて、もう決めたことだと返事をした。老人はやはり、気の進まなそうな顔をしていたが、最後は呆れたような顔をしながら店の奥に消えた。
「いったい何をしようっていうのよ? こんなところに連れてきて」
しびれを切らしたようにシンシアが言った。おそらくずっと我慢していたのだろう。
「まぁまぁ、焦んなよ。洗いざらい話すからさ」
ニヤニヤとしながらリナルディは言葉をかわす。
「お前、誰かに追われてるだろ」
ハイドの言葉を聞いた途端、リナルディの表情が凍りついた。
「な、何言ってるんだよ。そんなわけ――」
「あるだろ」
リナルディは諦めて黙った。もうばれている。
「さっきからずっと目が泳いでるぞ。外でだってずっとキョロキョロしてたしな」
リナルディは俯き、少ししてから覚悟を決めたように、ゆっくりとはなし始めた。
「流石だな。大学時代からお前の洞察力には驚かされるばかりだ」
「冗談は止せよ。成績はお前の方が上だっただろ?」
「たしか民族学のレポートは、お前がAで、俺がA++だった」
「ちげぇよ。お前はA+だろ?」
「ねぇ、あなたたちは私に同じことを言わせる気?」
シンシアが机の角を指でたたきながら二人を睨む。額のしわの数がさっきに比べて二、三本増えているのがわかる。
「悪かった、もうすぐあいつが来るはずだ。そしたら話そう」
その数分後、ちょうどハイドがコーヒーを飲み終えようという頃、店の奥の扉が開かれた。
***
その頃、同じ町の一角で、ある男は双眼鏡を覗き込み標的を捕捉していた。直線距離にして約四百メートル。
男は指の先を少し咥え、風の向きと強さを確かめる。
――北からの弱い風。
背の低いビルや家屋の並ぶ街の中心部、大きな噴水のある広場に標的はいた。
まるでタンスのように巨大なバッグを地面に下しタンクトップ姿でベンチに腰掛ける姿は、はたから見ればただの迷惑な若者にしか見えない。身長は約一九〇センチ、筋肉質で金髪を逆立てサングラスをかけている。
この男は殺人を生業とする殺し屋だった。裏の機関を仲介し殺人の依頼を受け、殺して金をもらう。忌み嫌われる職業の一つだ。
男は依頼を受けた時のことを思い出していた。この依頼を受けた理由は、ただ単に報酬が高い割に内容が簡単だったことだ。
ほとんどの奴は、依頼の裏に何か裏があるんじゃないかと思い、手を出さなかったようだ。
ターゲット:イワン・バーキンス 男、年齢不詳、職業、出身地も不明、ほとんどの情報が謎に包まれている。
確かに胡散臭い仕事だ。わからないことが多く、殺しの理由もはっきりとしていない。
だいたい、こんないい加減な名前の奴は、本当の名前ではない。この業界、殺しを依頼する奴は狂ってるが、命を狙われる方はもっと狂ってることが多い。あの男も狂っているのだろうか。
――まぁ、そんなことはどうでもいい。俺は金さえ貰えればそれでいい。
だいたいの狙いがついたところで、男は双眼鏡から顔を離しアタッシュケースを開いた。中には分解したライフルのパーツが収められていた。
細い銃身に木製のストックとフォアエンド。ロシア製、ドラグノフ狙撃銃。男は慣れた手つきでそれを組み立てると、弾倉をセットしスコープを調整した。
地面に伏せ、ゆっくりと狙いを定めスコープの十字を頭の中心へと持っていく。息を止め、トリガーガードから指を離す。トリガーを引こうと指に力をかけた。その時、突風が吹き砂埃が大きく見開いていた右目を襲った。
ライフルから体を離し、右目を擦って砂埃を取り除く。とめどなく涙が溢れる。
――くそっ! なんでこんな時に!
男は急いで双眼鏡を覗いた。今、標的を逃すのはまずい。ここまで用意して止めるのは、精神的にもキツイ。
双眼鏡で見た先には未だ煙草をふかしながら広場でくつろぐ男がいた。大丈夫、まだチャンスはある。
一安心し、改めて地面に伏せスコープを覗く。
――あれ?
しかし、安心もつかの間スコープを覗いた先に、標的の姿はなかった。背中を冷たい汗が伝う。いくら広場を探しても男の姿も巨大なタンスのようなバッグもない。
さきまでそこにいたはずなのに。
「惜しかったな。次からは、もっとわからないところでやれ。丸見えだぞ」
男は背後からの声に戦慄した。体中の筋肉が硬直し痙攣する。恐る恐る振り返った先には、さっきまで広場にいたはずの男――イワン・バーキンスの姿があった。
「そ、そんな! ありえない、なんでお前がここにいるんだ!」
男はあまりの出来事に、おびえきって地面にへたり込んだまま後ずさる。
「安心しろ――」
イワンは後ずさる男の左足を思い切り踏みつぶした。男の脛の部分はイワンの右足によって筋肉を骨ごと潰され、まるで歯車に巻き込まれや様にぐちゃぐちゃになっている。
男の悲痛の叫びが響き渡る。その身を砕かれる激痛に男の顔は歪み、体をのた打ち回らせ涙を流す。
イワンは男の首を、その大きな手で鷲掴みにし、自分の視線の高さまで持ち上げた。男の身長は一七〇センチ前後、イワンの身長には程遠い。ブラブラと足をぶら下げた状態の男と、対峙するイワン。
「苦しいか? おい」
男は答えなかったが、否定できなかった。
イワンはにやりと笑い、答える気力もないかと首を振った。
「痛みや苦しみは生きる証だ。死ねば痛みは意識と共になくなる」
だが、とイワンは一息おいて呟く。
「死ぬまでに相当の痛みと戦わなければいけない。人間ってのは意外と丈夫にできててな、なかなか死なないんだよ」
腕に力がこもるのが分かった。男は最後の力を振り絞り首を左右に振ろうとするが、それは許されなかった。
「だからこうすればいいんだ」
腕が思い切り引き絞られ首がゴキンッと音を立てて折れた。まるで赤ん坊のように首が座らずにブラブラの状態になった。
イワンが手を離すと、まるで人形のように体が崩れ落ちる。
そして、何もなかったようにイワンは姿を消した。
***
扉の奥から現れたのは、先ほど出て行った老人と息を飲むほど美しい少女だった。銀色のロングヘアー、大きな瞳、薄い唇。シンシアもハイドも思わず見惚れてしまった。
老人は少女をリナルディに引き渡すと、再び扉の奥へ消えて行った。
「だれだ? その子は」
「さぁ」
リナルディが両手をヒラヒラさせながら知らないようなそぶりを見せる。
「さぁってお前、じゃあなんで一緒にいるんだよ」
「そうよ! いい加減なこと言わないで、ちゃんと説明しなさい」
痺れを切らしシンシアがヒステリックな声を上げた。
「悪かった悪かった。とにかくこの子がいないと話にならなかったんだよ」
「ん? どういうことだ?」
「実は……」
そう言ってリナルディは少女の肩を持つと、
「すまん。この子を預かってくれないか?」
突然頭を下げ始めた。
意味が分からず目を丸くする二人に向かって、リナルディは話を続けた。
「お前ら、俺がジャーナリストの仕事をしてるのは知ってるだろ?」
「さぁ、知らん」
「いや、手紙送っただろ」
「そうね。確かわざわざ手紙で知らせてきたはずよ」
「え?」
確かに二人が同棲を始めたころ、そんな様な手紙が届いたことをハイドは思い出した。
「そういえばそんなことあったな」
「まぁ、そこそこ有名にはなったんだけどな。お前ら新聞読んでるか?」
「俺はこの間まで、フォークランドにいたから世界情勢についてはさっぱりだ」
「私は忙しいの、新聞なんか読む暇ないのよ。それに、あんたが書いてる新聞社って知ってたら、絶対に手も触れないわ」
リナルディは大きな溜息をつきながら、諦めたような表情を浮かべた。
「もういい、お前らに期待した俺が馬鹿だった。とにかくジャーナリストとして、ある程度成功した俺は、次の記事を求めおうてヨーロッパを回った時のことなんだ。そこである噂を耳にしたんだ」
「噂って?」
シンシアが身を乗り出しながら興味津々な様子で問いかけた。
「ナチスの第四帝国が実在しているって話だ」
「第四帝国ってまさかあの都市伝説の?」
「そうだよ」
第四帝国――戦後、ドイツ本土に進駐した連合軍は、ナチスドイツが作成した戸籍の調査で、ナチスの残党を炙り出そうとしていた。しかし、その調査のさなか驚きの事実が発覚する。それは、二〇数万人ほどのドイツ人男女が忽然とドイツ本土から姿を消していたのだ。戸籍上存在し、生存しているはずが、ドイツのどこを探してもどこにもいない。
ドイツから消えた若者は健康状態が極めて良好、頭脳明晰、容姿端麗であったという。
またUボートが頻繁に南米や南極方面に渡航した形跡があった。そしてその目的地を特定することが出来なかった。
その他、様々な要因を踏まえた結果、ある噂が世界中に流れることとなった。
ナチスは南極に次の帝国、第四帝国を築いているのではないか――
結局、噂は噂のまま事実を知る者は誰もいない。
リナルディが真面目な顔で話すと、堪え切れない様子でハイドは大声で笑い出した。
「おいおい、冗談はよしてくれよ。お前のその顔で都市伝説は実在する、なんて言われても信用できねぇって」
しかし、リナルディは真剣な表情を崩さず、
「信じられないのはごもっともだ。俺だって信じられん」
といった。
リナルディの表情を見てハイドは黙った。この男のこんな表情はいつ振りだろう、いつもふざけて、おどけて、へらへらしている奴だったがこんな話をこんなに真剣に語るとは。
以前、この男のこの顔を見たときは、まだいくらかマシな話だった気がする。
「だが、証言や証拠も手に入れた。今、記事を書いてるところだ」
「証拠があるのか?」
ハイドが訊くと、リナルディはシャツの内側からゴソゴソ大きめの茶封筒を取り出した。中には古い新聞記事と手書きのメモが入っている。
記事の内容はSS(ナチス親衛隊)の大佐、マルチン・ボルマンの直属の部下であるカール・グローガーという男とチベットの僧が対話をしている記事だった。ハイドが記事の一部を読み上げる。
彼は僧侶ヒップ・シーリンに対して次のように語ったという。
「私の祖国は地球上でもっとも進歩している。しかもある“別の存在”から援助を受けているんだ。“第四帝国”にとって過去は何の意味もない。たとえば、われわれが生みだしているものはすべてが驚異的なものだ。“別の世界”まで飛んでいける飛行装置や地球の中心まで侵入可能な飛行潜水艦。そう、巨大な都市も建設した。防衛システムがまた独特なんだ。」
そこまでいうと、カール・グローガーはしゃべりすぎたという表情を見せたという。
読み終えてハイドは一息つくと茶封筒をテーブルの上に置いた。
「これが証拠か?」
「そうだが、これだけじゃない。もっと核心を突くような証拠がある」
「それはなんなのよ! もったいぶらないで言いなさいよ」
「ずっと、お前らは見てるだろ」
「は?」
思わずシンシアとハイドは二人そろって素っ頓狂な声を上げてしまった。
「どういうことだ? リナルディ」
「だから、ここに立ってるこの子だよ」
リナルディが少女の髪をわしわしと乱暴に撫でると、少女は鬱陶しそうに眼を細める。
「意味が分からないんだが」
「だからこの子。人間じゃなくてロボットだ」
「ロボットだって!」
再び同じタイミングで二人が声を上げた。今度は椅子から半立ちになる勢いだ。
「正確にはアンドロイドというらしいが、俺にはその辺のことはよく理解できん」
「俺だってそんなことは知るか」
ハイドは再び席に着いたが、シンシアはそのまま少女のそばに近寄り頬やら髪やらを撫でまわす。
「すごい! 温かいわよ!」
「限りなく人に近くつかられているらしいからな」
ハイドは溜息をつき、改めて椅子に深く腰掛けた。
「やっぱりまだ信じられないような顔してるな」
「当たり前だろ。どう見たって普通のきれいな女の子じゃないか」
「けど、間違いなく機械だ」
「機械ではなくアンドロイドです」
突然、少女が口を開いた。
「機械というのは単一作業、単一命令のみを受けるもののことを指します。私は違います。私は第四帝国によって作られた高貴なるアンドロイドです。そもそも機械とアンドロイドの違いとは――」
「ストーップ!」
そこまで言ったとき、リナルディは少女の口を手でふさいだ。
「一旦、喋り出すと止めるまで喋り続けるんだ」
「大変だな。しかしこいつ、自分で第四帝国って言ってたな」
「そうだ。そこで、さっきのお願いだ。この子をしばらくの間預かってくれないか? もちろんただでとは言わん」
そこでリナルディはポケットから札束を取り出した。
「五〇〇〇ドルある。これで何とかしてくれ」
ハイドは大体の話は読めた。
リナルディはこれまでにない特ダネを手に入れた。しかし、職業柄、ジャーナリストというのは敵を作りやすいものだ。何者かに命を狙われることだってある。事実、リナルディは誰かに追われていた様子だ。
このままでは、特ダネどころか命さえ落としかねない。そう思った彼は一番失いたくないもの――特ダネの証拠――を一番安心できる相手に預けたかったのだろう。
リナルディの性格上、ただの厄介払いの可能性も否めないが……
「引き受けてくれるか?」
リナルディは不安そうな表情でハイドを見つめるが、ハイドは何も言わず焦ったようにシンシアを横目で見た。
言わんとしていることは誰にでもわかる。
――どう判断すればいいんだ! 助けてくれ!
「もういい」
シンシアは諦め目線を落とした。
「引き受けるわ」
シンシアは札束を受け取りバッグへ入れた。引き受けるというより押し切られた感じだ。
「よかった! 二人なら引き受けてくれると思ったよ。さすが俺の親友と、俺が見込んだ女だ!」
リナルディは立ち上がって小さくガッツポーズをした。
「ありがとう。本当に! こうしちゃいられない。急いで原稿を上げるぞ!」
「いったい、いつまで預かればいいんだ?」
「原稿が書き終わるまでだ。そうだな……二日後に迎えに行く。どこに行けばいいんだ」
そういうとシンシアはボールペンでメモ用紙に地図を描き始めた。
「私のアパートよ」
「わかった」
そう言って席を立とうとするリナルディをハイドは引き留めた。
「まて、最後に聞かせてくれ。いったい誰に追われてるんだ?」
ハイドとしては気になるところだった。
もしかしたら、敵と対峙しなければいけなくなるかもしれないからだ。
そのために、敵を知ることは重要なことだった。
「わからないが、俺は赤旅団と踏んでる」
「赤旅団って――まさかあの」
「ご明察だ」
リナルディはニッコリとほほ笑む。
「イタリアの極左テログループ。ちょっと前に書いた記事でいろいろあってな。ヤバいんだよ」
「おいおい、あんなの敵に回したら確実に死んじまうぞ」
「わかってる。でも仕方がないんだ」
そういうとリナルディはポケットから一丁の拳銃とマガジンを取り出した。
「餞別だ。受け取ってくれ」
真っ黒な樹脂製の拳銃――“Pi80”後のグロック17である。
「ありがとう。ありがたく受け取っておこう」
そのままリナルディは店の奥へと消えた。
しかし、部屋を出るリナルディが二人をあざ笑っていたことを、知る者は誰一人としていない。
カフェに取り残される二人。なんだか相当ごり押しで引き受けさせられてしまったが、引き受けてしまった以上、責任を取らなければいけない。
話し合った結果、二人はシンシアのアパートへ向かうことになった。
***
アパートへ向かう途中、ハイドはシンシアの分までホテルのチェックアウトに向かわなければいけなかった。
ハイドは念のためリナルディに渡された拳銃をシンシアに手渡すことにした。
あなたはいいの? とシンシアは心配したが危険度からしたらシンシアの方が遥かに高い。
シンシアはずっと渋っていたが、ハイドが自らの懐から愛用の拳銃スミス&ウェストン、M29ハンドガンを見せてやっと納得させた。
そして今、シンシアは少女と共にアパートへと向かっていた。
「あなた名前は?」
少女は答えない。
「お名前は?」
やはり少女は答えない。
「いい加減に答えなさい!」
何度言おうと、いくら強く言おうと少女は答えようとはしなかった。シンシアはさすがに疲れて口を閉ざした。
――やっぱり、あれ言わないといけないのかな……
シンシアは少女を物陰へと連れ込み、正面から向かい合った。
「アハトゥンク! (気をつけ!)」
シンシアが叫ぶと少女は背筋と腕を伸ばし、その体勢のまま返事をした。
「ヤヴォール、へアコマンデゥール(了解、隊長殿)」
――やっぱり登録された声紋のドイツ語しか聞かないようになってる。
「ヴィーイスト、ネナーメ! (名前を言え)」
「マインネーメイスト、Mu‐Mk03 トラジエム(Mu‐Mk03トラジエムです)」
「ゲート! エンデ(よし! 以上)」
そこまで言うと少女は気をつけを解いた。
「はぁ、もう完全に第四帝国の遺産じゃない。やめてほしいわ」
大きな溜息をつきながらがっくりと肩を落とすシンシア。
「そうだな、確かにうんざりだ。滅びた国の遺物はさっさと消さし去らなければ」
突然背後から声がした。低い、ドスの利いた声。
そこにはいたのは古い友人、元上官だった。
タンクトップ姿で巨大なタンスのようなバッグを背負い、サングラスをかけて仁王立ちしている。
「――ユダ」
「懐かしいな、その呼び方」
男は顎鬚をいじりながらいやらしく笑う。
「確か三番目の呼ばれ方だ」
「いったいあなたっていくつ名前があるのよ」
「さぁ、たくさんだよ。今はマークか、イワンで名乗ってる」
「やっぱり気に入ってるのね、マーク・トレイターって名前は」
マークは黙れ、と一言いった後に煙草を一本咥え、ライターで火をつけた。
「ところで俺に頼みたいことってなんだ?」
煙草の紫煙を吐き出し灰を振り落す。
「そうね。話をしましょう。ちょっとこっちへ」
そういって二人はアパートの中へと入っていった。
***
ハイドはホテルのチェックアウトを終えリナルディのコーヒーショップへ向かっていた。
チェックアウトするために一〇キロも離れたホテルへバスで移動しなければならなかったし、係員のミスで手続きに手間取り戻ってくるまでに三時間ほどかかった。外はすでに夕暮れ、すぐにでもシンシアのもとへ行ってやりたかったが、ひとまずはリナルディのコーヒーショップへ行くことにした。
ハイドは先ほどの説明に何か引っかかりを感じていた。
なぜ彼は追われているのなら、特ダネの証拠なんて大事なもの、金を払ってまで守ってもらわなければけなかったのか? よく考えれば矛盾ばかりだ。
――もう一度、リナルディを問い詰めなければ。
程なくリナルディの隠れ家のコーヒーショップについた。扉は開かれており、中には誰もいない。
中に足を踏み入れ大声でリナルディを呼ぶ。しかし返事はない。
奥の扉を開けようとしたが鍵がかかっていた。
何かがおかしい。そう感じた。
「おい、リナルディ! 開けてくれ。俺だ、ハイドだ」
返事はなかった。
――くそっ! あの野郎!
「開けないなら蹴破るぞ!」
怒鳴ってもやはり返事はない。
頭にきたハイドはそのまま思いきりドアを蹴破った。ノブが壊れ地面を転がり、溜まっていた埃が舞い上がる。
舞い上がる埃にむせ返ったがそれは埃だけのせいではないことはすぐに理解できた。
そのあまりの惨状にハイドは戦慄した。
廊下の壁は血でベトベトに汚れ、床には血だまりができている。
充満する臭気に口と鼻を押さえながらゆっくりと前へ進む。途中、何かに躓き、転びそうになった。足元を見ると、そこにはコーヒーを運んできた老人の、胴と首が離れたものが落ちていた。よく見れば、腕や足も転がっている。傷口はまるで力ずくで引っこ抜かれたように、骨が関節の部分からむき出しになっている。
――こんな殺し方、見たことがない。いったいどんなことがここで起こったんだ。
そう考えると、リナルディのことが心配になってきた。
駆け足で転ばないように進み、ただ一つ扉の開いていない部屋のノブに手をかけた。
やはり鍵がかかっている。
「おい、リナルディ! 開けてくれ、助けにきたぞ!」
その場はまるで誰もいないように静まり返っている。反応はない。
扉を蹴破ろうと何度も扉を蹴るが、びくともしない。
ハイドは懐に入っていた拳銃を取り出し、少し離れてからドアノブを撃った。ノブは吹き飛び大きな穴になった。スミス&ウェストン、M29ハンドガン。この頃の世界最強の拳銃だ。
そのまま扉を開くと扉を締め切った部屋の真ん中で、リナルディがうつ伏せに倒れていた。
「おい、リナルディ、起きろ!」
近寄り、肩をゆする。リナルディの体はまるで石のように硬くなっていた。死後硬直がすでに始まっている。
よく見れば、頭の真ん中に銃創がある。九ミリ口径のハンドガンだろう。
ハイドは遺体の横にひざまずき胸で十字を切った。
「アーメン」
祈りを捧げる。昔からの親友であるこの男がいなければ、シンシアに出会うこともなかった。
そう考えたとき、シンシアの顔が頭に浮かんだ。
――まずい!
ハイドはその場を立ち上がり、すぐに彼女のアパートへと向かった。
リナルディがこんなになってしまったんだ。シンシアだってただでは済まないはずだ。
最悪のビジョンが頭をよぎる。
――そんな。嫌だ。絶対に守るんだ。絶対に!
大通りを駆け抜けシンシアのアパートの下についた。
二階に上がり彼女の部屋の扉を乱暴にたたく。
返事はない。
拳銃を構えた状態でドアノブに触れる。鍵は掛かっていないようだった。
思い切り扉を開いたがそこには何もなかった。
小さなベッドと机、窓が一つ。本棚にびっしりとブックカバーのかかった本が並んでいる。
ゆっくりと足を踏み入れと、机の上に置いてあるメモに気が付いた・
“港で待つ”
ただそれだけ書いてあった。
――これはシンシアの字ではない。
ハイドはすぐに部屋を出た。
タクシーを拾おうとしたがこんな田舎町ではそんなものは走っていない。仕方なくトゥクトゥク引き止め港まで急がせた。
***
港に着いたのは完全に陽が落ちてからだった。
トゥクトゥクの運転手に少し多めに金を渡し、金網を乗り越えた。
――どこだ、いったいどこに……
「シンシアー! 返事をしてくれ! どこだ」
「ハイド!」
遥か上の方から声がした。まるで迷路のように入り組むコンテナの上、シンシアとその男はいた。
男の身長はかなり大きく、シンシアを二回りほど超えている。タンクトップ姿でサングラスをかけ、まるでタンスみたいなバッグを地面に下して、にやにやと笑っていた。
「よぉ、色男!」
「うるさい! シンシアを離せ、さもないと――」
そう言ってハイドは懐からM29を取り出し男の頭に狙いを定めた。
「おいおい、物騒だな」
そういうと男は腰に差していたハンドガンを引き抜いた。ルガーP08。9ミリ口径のドイツの古い拳銃だ。
そしてその銃口をシンシアの頭へと持ってきた。
「やめろ!」
ハイドは男に向かって発砲した。マズルフラッシュと共に鼓膜を破るような破裂音。
そして弾丸は見事に男のこめかみへと命中した。
男が体が頭ごと持って行かれ、その場に倒れる。
――よし、やった!
安心した瞬間、小さな破裂音と共に右足の力が抜けた。右の太ももには小さな穴が開き、そこから血が噴き出してきた。
一瞬、何が起こったか理解できずハイドは混乱した。何が何だかわからなかった。
傷口を押さえるも転倒は免れなかった。その場にバタリと倒れこむハイド。
コンテナの上を見上げると、男が変わらぬ姿でそこに立っていた。
「惜しかったな」
――弾は外れたのか? いや、確実に命中したはずだ。ならなぜ?
「お前、いい腕をしているな。だが残念だった俺に銃は通じないよ」
男は一息おいてさらに言葉をつなげる。
「普通の人間なら今ので死んでたよ。だがお前のミスは俺が人間じゃないと判断できなかったことだ」
男はハイドを見下したように大笑いしながら再び拳銃を構えた。
「じゃあ、俺は自分の仕事を済ませるとしよう」
銃口は依然、シンシアの頭に合わせてある。
「――まさか! 止めろ、それだけは……」
「悪いな、青年。恨みはない」
港に拳銃の音が響き渡った。弾丸は光の線となってシンシアの頭を貫いた。崩れ落ちる体を男は受け止め、肩に担ぐ。
「本当はお前も殺さなきゃいけないんだが、気が変わった。お前は例外にしてやるよ。この女のことは忘れて、もう少しマシな人生を送るんだな」
男は踵を返し立ち去ろうとする。
ハイドは痛みに耐えながら、絞り出すように言った。まて! と。本当に声が出ていたかは、彼には分らなかった。しかし、男はその場で立ち止まり振り返った。
「命は大事にしな。この女は死んでも悲しむぞ」
ただそれだけ言って、男はいなくなってしまった。
取り残されたハイドは、その場に膝をつき地面を思い切り殴った。何度も何度も、皮が破れ血が噴き出そうとも。正気を保っていられる気がしなかった。大声で叫び声にも似た唸り声で慟哭する。
また、全てを失った。
もう立ち上がれる気がしなかった。死んでしまいたくなった。
気が付いたら拳銃を口に咥え、撃鉄を引き、引き金に指をかけていた。
このまま楽になってしまおうか。
そう考え引き金にかかる指に力を込めたその時、男の言葉を思い出した。
――命は大事にしな。この女は死んでも悲しむぞ。
思い出した瞬間、笑みがこぼれた。
――死んでも悲しむか……シンシアらしいかもしれない。でも、もしここで死ななかったら何かまだいいことがあるのか……?
先は見えない。真っ暗だ。どう進めばいい?
答えはわからない。
拳銃を口から離し地面に置く。その場に寝転がり空を見た。うっすら雲がかかり星は見えない。まるで今のハイドのようだ。
どんどん意識が遠のいていく。
――そうか、そういえば太腿、撃たれてたな。
思った以上に多くの血を失っていたようだった。そのまま彼の意識は暗転した。
***
巨大な貨物船の上、マークは机の上に解体したライフルのパーツを並べ、グリスを注していた。
南国の海の上、次はどの国に立ち寄るのだろうか。
その彼の傍らでは、シンシアが気持ちよさそうに日向ぼっこをしていた。
「おい、シンシア」
マークが声をかけてもシンシアは答えなかった。
「聞く気がないなら別に聞き流してもかまわねぇがよ、本当に良かったのか? あれで」
シンシアの反応にかかわらずマークは喋り続ける。
「確かに俺たちは不死身だ、死ぬことはない。時の流れの中、置き去りにされるのも無理ない話だ。だが、幸せになっちゃいけないなんてことはないと思うぞ」
シンシアは答えない。
「確かにマッド・ドッグは失敗したさ。だがあいつはおつむが弱かっただけで、うまく立ち回れば幸せにだってなれたはずだ。お前ももう五十過ぎだろう? 楽しい思い出の一つや二つ、作っといて損はねぇって」
「あぁーもう! 黙んなさい、いい加減にしないと太平洋の真ん中に捨てていくわよ!」
我慢しかねたシンシアが、ヒステリックな怒鳴り声を上げた。
「ええそうね、後悔してるわよ。あなたに演技を頼んで悪かったと思ってる。でもさ、私何か悪いことしたかしら? ただあの人のことを思ったら、いつまでも私はあの人の傍にいちゃいけないのよ。あの人は私がいるとダメになっちゃう。だから決死の覚悟で私が死ぬ流れまで考えたのに……なのに……」
そこまで言うとシンシアは大粒の涙を瞳に溜めてその場に崩れ落ちた。マークは彼女の肩を支えながら、頭を撫でた。
「悪かった。だがわかってくれ、俺の目的は第四帝国の負の遺産を回収すること、そのためにあそこにいたんだ。今回は大目に見たが、基本的には第四帝国のテクノロジーに触れてしまった人間は、抹殺しなければいけない。一人は残してやったんだ、もう諦めろよ」
そういってマークは机の方へ歩き出した。そして途中で立ち止まり三時の方向を向いて手招きをした。
やってきたのはアンドロイドの少女――トラジエム。
彼女は何食わぬ顔でマークの前に立つ。
「ヤ! ヴァス?(はい、なんでしょう?)」
「フェアツァイウング(すまない)」
トラジエムは突然丁寧な言葉で謝られ意味が分からず動揺している。
「イッヒフェアシュテーエ、ズィーニヒト(仰っていることがよくわかりません)」
「アオフ ヴィーダーゼーエン(さようなら)」
次の瞬間、マークは思い切りトラジエムの頭をつかむと、それを捩じり上げ真上に引き抜いた。
人工皮膚が破れ金属や回路の部分が露出する。彼はそのまま頭を地面に捨て、右腕を首のない少女の体へと押し付けた。バキバキと何かが割れる音と共に腕が胴を貫通する。貫通した腕には眩い光を放つ小さな石が握られていた。
マークは腕を引き抜くとその光を放つ石をそのまま飲み込んだ。
「この石は世界にあってはならない負の遺産だ。お前の中にも、俺の中にも入ってる。だから俺たちは人ではない、バケモノだということを忘れるなよ、シンシア」
そしてまた机に向かい銃と睨めっこを始めた。
シンシアはそんな彼のサングラスの中にある光を放つ石を見て、自分たちが人間ではないことを再認識させられたのだった。
あとがき?
こんにちは神山です
まず、皆様へ。時間が足りず、作品が少々おざなりになってしまった件について深くお詫び申し上げます。
今後とも誠心誠意頑張らせていただきますので、よろしくお願いいたします。
さて、堅苦しいのはやめにしましょう。
改めまして神山阿国です。この名前、自分でもだんだん違和感を感じてきました。
兼部している部がオフシーズンに突入し始め、大分生活に楽が出てきました。
しかし、最近鼻のムズムズが取れません。くしゃみの連続、鼻水ずるり。花粉症でしょうか?
最後に
編集の雪鳥先輩。提出が相当遅れてしまい本当にすみませんでした。
身勝手ながら、これ以上あとがき的なものをかけません。
それではまた。