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続編『神敵 〜アルチェネミU〜』へ

『神敵』〜アルチェネミ〜

伊集院 灯架


 

 

なんてことのない日常、いつも通りの日常。

 

そう言って「つまらない」とか「退屈だ」なんて思えるだけの余裕のある、とても恵まれた日々が繰り返される世界。

それがボクらの〈世界〉なんだと気づいたときには、全ては遅かった。ボクは、いや、あの学園に入ったボクらは、知らなさすぎた。あまりにも知らなすぎて、当然だと思ってしまった。

それが本当は、ボクらの信じるものとは逆のもので成り立っていた事にすら気づかずに。

そして、そうであったからこそボクらの〈世界〉に来てしまった非常識なモノが〈世界〉を滅ぼそうとしただけでなく、ボクらの喉元に死神の鎌をかけようとしていたことに気づかずに。


 序章・凡骨少年と秀才少女の日常

 

東京都とはかけ離れた、交通の便の悪い山奥のある村に創立された有名校の分校にして、世界初の学問として注目を浴びている『魔術』の研究開発学校『赤星魔術学園』

生徒が二百人近く在校している、小中高一貫の学校としてはあまりにも小さく、しかし人気のない過疎化の進んだ田舎にあるからこその高面積の敷地を所有する、魔術専門の学園であり、同時に魔術の本格的な研究機関である。

ここでは日常生活に使用可能な基礎の魔術から、かなり実践的で応用が利き戦闘などに扱える魔導具までの広範囲な知識を生徒に与えている。

さらに個人個人の学習したい学問に特化できるように『自学時間』を設けており、ただ単に魔術師を育てるだけでなく、そこからより実社会で活躍できる科学と魔術に両立した技術者を産み出すための学園とも言える。

そんな特別な学園に住んでいる当の生徒のある少年は、学生であれば誰であれ一度は経験するとてもありきたりな問題にぶつかっていた。

 

 

 

「だめだ、絶対この宿題終わらねーよ!」

学生寮五階にある学習室で少年、赤羽裕介(あかばゆうすけ)は魔術に関するレポートを宿題として先生に提出しなくてはならなかった。

さらにそれを終わらせるには魔術用語を理解した上で、講義内容を説明しなくてはならないのだが……

「『四大元素』ォ?『物質の三態』ィ?『質量とエネルギーの等価性』ィ?それ全部わかった上で『四大元素と物質の三態・エネルギー変換の法則の共通性について』の講義をレポートにして出せだぁ?そんなもんわかるわけあるか!」

 彼はそう叫んで、赤く染めた天然パーマをかきむしっていた。

実はこの少年、入学初日から講義中に居眠りどころか爆睡して、あげくの果てにはノートすら取らなかったので、当然講義の内容など覚えているわけが無く、結局一文字も原稿用紙に書けないまま夜中零時にまで机の前で座り続けていたのである。

しかしそのような自業自得な状況下の少年に手を貸す程のお人よしも世の中にはいるようで、少年に寄り添うように隣の席でノートを見せている眼鏡を掛けた金髪の少女は、それを聞くと手を額に添えてため息をついた。

「仕方が無いでしょ。ボクの隣でグータラと寝ていたのはどこの誰でしたっけ?」

そう言ってその少女は自分の長い金髪を顔にかからないようにたくしあげ、隣の少年の間抜けな寝顔を思い出したのか微笑んでいた。

「ハイそれ俺ですねごめんなさい……いや、本当にごめんな、伊坂」

そう赤羽が言うと、金髪の少女、伊坂涼子(いさか りょうこ)は、

「いいって。このくらいは教えられないと先輩としてダメだしね」

そう明るく笑いながら答えて、ノートを開いた。

「もう一度説明するよ。『四大元素』はこの世の物質を構成している元素……まあ要するに、化学の『原子』に近いかな。ともかく、この世の全ては四つの元素と二つの力で成り立っているっていう、錬金術から流用された理論のことだよ。ここまではわかったよね?」

「ああ、元素は『火』・『水』・『風』・『土』、力は『愛』・『争い』だったよな」

「正解。ちなみに、その元素はそれぞれ『エネルギー』・『液体』・『気体』・『固体』の《物質の三態》と、質量とエネルギーの等価性の考え方に一致しているの」

そう伊坂は言うと、色鉛筆で描いた四大元素の絵を、物質の三態をイメージした絵に等記号でつなげる。

「へえ。オカルトも馬鹿にできねえな」

赤羽がそう言うと、伊坂は少し怪訝そうな顔をして赤羽に顔を向けた。

「まさか、この学校がどんな学校かもわかんないで入学したわけじゃないよね?」

「いや、ただ単に感心しただけだぜ。それで、二つの力のほうは?」

「『愛』は『引力』、『争い』は『斥力』と同じ考え方だよ。質量保存の法則と同じように、四大元素も新しく増えることはもちろん、減ることもないとされているの」

原子の構造のイメージ図に描いた単語を丸で囲み、別の単語に等記号でつなげた伊坂は、そう説明すると再び赤羽に顔を向けて話しかけた。

「要するに、日本語で言う『りんご』と英語で言う『アップル』が同じものを指しているのと全く変わらないわけ」

「なんだよ、いちいち回りくどい講義聞くよりもお前の説明聞いたほうが何十倍も効率いいじゃねえか。ん?ってことは、そんな効率の悪い二時間の講義を俺はずっと寝て過ごしたってことなのかよ?うっわ、講義の時間全く必要ねーだろ!むしろ先生返せよその時間!」

そう赤羽が言うと、急に伊坂は赤羽の口をその手で押さえ、先ほどまで見せていた笑顔とは打って変わった、敵を警戒する厳しい顔になった。

「ンゴガゴッ!(おまっ、なにすんだよ!)」

「黙ってて!」

そう言われた赤羽は言われた通りに黙ると、学習室の外から、ゆっくりとした足音がした。

「(なんだよ、どうした急に)」

「(ボクは一応女子生徒だから、寮監に捕まると階位が下がっちゃうよ)」

伊坂は、そう声を潜めて言うと、音をたてないようにゆっくりと歩きながら学習室の照明を落とし、赤羽のいる机の下へ潜り込んだ……と、言葉にするのは簡単である。

深夜の室内でも照明が付いてなくとも都会なら街頭などの光が窓から入るので、暗くなってもある程度は見ることはできるが、あいにくここは山奥の村の中に建てられた学園の一室、当然街頭などという見栄えのよい代物はもちろん車のような乗り物の類が学園の周りを走っているわけでもない。

灯りを消せば、夜空には無数の星と、時折空を横切る飛行機しか光を放つものは無く、もちろんそんな小さな灯りで、ほとんど真っ暗な部屋の中を歩いて、さらにその中の机の下に潜り込むという芸当をやれというのにはやはり無理があるようで、

「(おい、大丈夫か?)」

「(ううう、やっぱり最初にボクが机の下に入って、キミに灯りを消してもらえばよかったかな)」

机の下に潜り込むときにおもいっきり頭を打ったらしく、赤羽の足元で頭を抑えて悶絶していた。

綺麗な長い金髪が彼女自身を柔らかく包んでおり、頭を抑える白い手は彫刻のようで、青い目を潤ませしゃがみ丸まっているその姿は間抜けと馬鹿にした者が天より罰せられてしまうかのような、虐待にも耐える穢れのなき修道女を連想させていた。

しかし明かりが無いこの部屋で少年がそれに見惚れる事はなかった。

「(さっき、階位がどうのとか言ったよな、そもそも階位ってなんだ?)」

「(えっと、階位っていうのはね、先生が、テストに順位をつけるよりもわかりやすく生徒に、『今あなたはどの辺ですよ』っていうのを教えるためのものだよ)」

廊下の足音が学習室を通り過ぎると、安心したのか頭を擦りながら机の下から這い出て、潤んだ目を擦りずれた服を整えて背伸びすると、大きなあくびをして赤羽の質問に答えた。

「年齢、学年、在校暦……出席とかも関係しない、完全実力制の成績のつけ方をしていて、具体的には『どんな魔道具を造ったか』・『どんな理論を発見したか』・『どんな実力を持っていたか』とか、あとは『どんな功績を残したか』が採点の基準になるんだよ。まあ、さすがに理論の発見なんてそう簡単には出来ないけどね」

赤羽はそれに妙な違和感を持ったが、とりあえず彼女に再び聞いてみた。

「つまり、単純に成績とか出席だけで全部決まる訳じゃないのか。でも、それがさっきの階位とどう関係するんだ?」

「ん〜、もちろん階位はその採点で順位がきまる訳だけど、それだけじゃなくて階位の高さが学校生活に関係したりはするよ。階位の高さがその人の実力だから、その人が活躍できる分野で指揮を先生が執らせたり、特別に外出許可を得たりもするよ。階位は三段階あって、一番目がT、二番目がS、三番目がA。クラスが三つなんじゃなくて、成績表の評価みたいなものかな。その階位の中にもまた十の階位があるわけだけど……まあ、」

彼女はそう言うと、どこか自嘲するかのように笑った。

「階位っていっても、厳密に分けられているわけじゃないけどね」

赤羽は自分の生徒手帳を見た。

「確か手帳にAとかあったな。俺の階位はAの……]?」

「ああ、十段階の階位は全部ローマ数字だから、それは十だよ。って、え?」

彼女は彼を見て開いた口をそのままに振り向くと、思わず彼を指差して言った。

「入試で一番最下位なのに、実戦の部門で最高の百を取った新入生がいたらしいって噂があったけど、もしかして、キミ!?」

「ん?確かに実戦でそんな点数取った気がするけど、それが……」

 

「おい誰だ、そこにいるのは!」

 

彼がそう答えたと同時に、彼女の声がドアの隙間から廊下に響いたのか、かなり離れたはずの寮監が大声で怒鳴った。

「やば、寮監にばれちゃった!」

「バカ、お前が大声出すからだろ!ともかく早く逃げるぞ!」

そう言うと赤羽と伊坂は慌てて窓から出ようとした。

実は彼女、この部屋に入るときにロープを使って入ってきたのだが(もちろん、不法侵入である。その上に下手をすればプライバシーの侵害にもなりかねない)、生憎使ったロープは一本、しかも今いる寮の階は五階で、一歩間違えれば致命傷を負ってしまう。

もちろん、そんなことにはしたくないのがニンゲンの本能である。

「ともかく、おまえが先に行ってくれ。俺は後から降りる」

「え?なんでキミまで?」

「深夜学習の許可を取ってねぇんだ!早く降りるぞ!」

「ちょっと、押さないでよ!落ちちゃうって!」

窓からバランスを崩して落ちそうになった伊坂は慌てて無理やり押してくる赤羽の服の袖をつかむと、

「馬鹿、おま、ちょ……うわっ?!」

当然のことながら、引っ張られた勢いで赤羽までバランスを崩し、そして、

 

「そこだな」

寮監が学習室に来たときには、『そこ』にいなかった。

「気のせいだったか?」

そう寮監は言うと、学習室を後にした。

 

その学習室の窓の下、正確には寮の外の地面の上で、

((し、下のゴミ捨て場に布団があって助かった……!))

危うく自殺の現場になりかけていたが、伊坂が念のために登る前、ゴミ捨て場の布団を下に敷いていたので、うまい具合にそれがクッションとなり二人とも運よく助かったのだ。

ちなみに、うつ伏せになるように落ちた赤羽の体が覆いかぶさるように伊坂の体が触れていることに彼は落下の恐怖で気づいておらず、

「……っ!」

それに気づいた彼女は体を起こして赤羽から慌てて離れたが、伊坂の顔が赤らめていることには彼女自身の髪がそれを隠してしまって彼は気づいていなかった。

「なんだ、どうしたんだよ?」

彼がようやく上体をあげて痛そうに右腕を触って彼女を見ると、

「……なんでもない」

彼女はその目を避けるようにうつむいて答えた。

「は?」

「なんでもないから!」

そういうと、そそくさと赤羽の目の前から彼女は去っていった。

一人朝焼けに背を照らされ、ゴミ捨て場に取り残された彼は、

「よくわかんないけど、これ、大丈夫なのか?」

天然パーマの赤い髪を右手で掻こうとして、痛さに顔をしかめ掻くのを止めると彼女の持っていた緑のハンカチを左手で布団から拾い、寮へ去っていった。

 

一方その頃、気恥ずかしさで頭を真っ白にして学園の森の中を走り続けていた彼女は、ふとあることに気づいた。

(そういえば、なんで裕介はあんなに腕を痛そうにしていたんだろう?)

 

◆ ◆ ◆

 

零章・魔法使いと科学者と……

 

ちょうどその頃、朝焼けに照らされ始めた同じ寮の屋上で、一人の少年が立っていた。

その少年は学校の規定の服装とは異なる、有名なメーカーの服を着ており、その上に『いかにも魔術師です』と言うかのような古めかしいローブを羽織っていて汚れが一切付いていなかった。その顔は赤と黄色のマスクによって隠れているため、誰なのかは監視カメラ越しでもわからないだろう。

少年から伸びる影の先に、紅い液体に装飾された美術品のように横たわっている、一人の少年とも少女とも判断できないほどに中性的な美しい容姿を持つ学生がいるが、その本人は日本刀で袈裟切りでもされたかのように綺麗に上半身が裂かれており、とても生きているとは言いがたい状態になっていた。

では、マスクの少年は日本刀でも使ったのかといえばそうでもなく、それらしい武器は何一つたりとも持っていなかった。

突然少年は指を弾くと、屋上の床に浸された血が螺旋を描きながら宙を舞い、空に複雑な魔法陣に変化すると、それは神々しくも禍々しく、実に美しい不思議な赤い輝きを放ち始めていく。

するとどうだろうか、その光に照らされた天使のような少年とも少女とも言えない人物の体は少しずつ灰色の煙を纏い、黒い炭に変わっていくではないか。

それこそ、技術という名の『魔術』ではなく、奇跡という名の『魔法』のように。

しかしその人物はそんな状態にもかかわらずにまだ意識があったようで、相当な苦痛を受けているにもかかわらず、慈悲深い天使のように微笑んで少年に何かを伝えたのかと思うと、その笑顔のままゆっくりと炭の塊となり、息を引き取った。

「――――。」

それに敬意を示すかのようにその少年は両手を組んでしばらく黙祷すると『人だったもの』から背を向けて、ここにいない誰かに呟き、屋上を後にした。

その声は、冷たい風の音でかき消され誰の耳にも届きはしなかった。

だが、もしこの屋上でそれを聞く者がいたとするなら、ここに住んでいるであろうほとんどの生徒と先生はそれを聞いてあざ笑い、とても理解される事はなかっただろう。

なぜなら、その言葉にあるものこそが、この魔法使いを動かしている、この学園には存在しない唯一のものなのだから。

 

そして、学園のどことも知れぬ、パソコンや電子機械に囲まれて機械音と電子音以外は何も聞こえない暗い密室。

頭部や体の一部を機械と一体化しているかのように『接続』され、その体には科学とは相成れないはずの神道の巫女装束を着ている、現代の女神のような艶やかな黒い長髪を持つ大和撫子の無表情な少女はその姿を『観て』いた。

その少女の隣には白衣の老人がおり、その老人と少女の前には、教育職の人間と思われるスーツ姿の中年男性やジャージ姿の体育会系の男性、さらに教師とは思えないブランド物を着た中年女性などが円卓の椅子に座っていた。

「馬鹿な、この学園の監視システムが通用しないだと?」

「そもそもいったい何なのあのふざけた魔術は。あんなのトリック、そう、三下の手品でしょう!」

「学園長、早くあの少年を捕まえて処分しちまいましょう!」

「そうです、早く彼を捕まえないと被害が……いえ、この学園が、」

「君達黙りなさい」

そう白衣の老人が言うと、隣にいる少女の頭を指差して言った。

「『これ』さえ破壊されなければ、何度でも少年の魔術の解明はできるし、迎撃に必要な術式の演算もできるからね。わざわざこちらからね、攻め込む必要なんてそもそもないんだね」

そう言うと顔のしわを歪めて笑い、ふと眉をしかめて隣の少女の様子を見て違和感を持つが、結局その違和感の正体に気づかずに手元のパソコンを操作する。

すると、それに脳が刺激されたかのように彼女の口が動く。

「これより、この映像から使用されたと思われる術式を検索します」

すると、それに呼応したかのようにモニターが宙に現れ、計算式を表示していく。

「検索開始……失敗。特定不能。学園内のデータバンクにはない新たな魔術の可能性があります。発生した現象からの逆算を開始します」

彼女の口から止まる事無く計算式が唱えられていく。

機械のようななんの感情も無い声が、異質な空間に聖歌のように響き渡っていく。

彼女の生気のこもらない目から白い肌に涙が流れるが、白衣の老人や教職員は彼女がモニターに映し出される計算式と推測される術式のパターンだけを見つめていた。

そのとき、少年の映っている画面からの小さな声を彼女の耳がとらえ、一瞬だけ画面の動きが止まった。

「ん?」

白衣の老人はそれに気づくが、再び画面が動き始めたため気のせいだろうと割り切ると再びパソコンのキーボードを操作する。

しかし、少女の涙に濡れた頬はどこにでもいるような年頃の少女のように、少しだけ赤く染まっていた。

 

 

 

無能の少年と秀才の少女。

〈世界〉に逆らう魔法使いと機械に従いし巫女。

日常という〈夢〉を過去という名の〈影〉が覆いつくす時、この四人を中心に物語は始まる。


 

第一章・《始まった崩壊》


第一話・道化と二匹のネズミと

 

目覚まし時計のアラームが鳴り、どこにでもいる平凡な少年・赤羽裕介はいつも通りの時間に目を覚ます。

「〜〜〜ッ!もう朝かよ」

田舎の研究開発学園とだけあって、起きる時間・起きた後の活動は学園だからこそ可能なものばかりである。

点呼・点呼後のウォーキングなど生徒の健康を考えたスケジュールがあらかじめ決められており、それ故に生徒が虚弱体質になることは無く最低限健康的に学園生活を送れている。

しかし、それを快く思わない生徒もおり、

「なんだってこんなに早くに外を歩かなきゃならないんだよ?俺はジジイじゃないんだぜ」

「本当にそうですね、赤羽君。(なんで私達がジジイの散歩なんかをしなきゃならないんだか)」

赤羽裕介は元々学園以外の学校で『体育以外』は最低ランクだったが『体育は』それなりに平凡な成績なので、そもそもウォーキングを行う必要などもともと無い。

そして彼の隣のベッドから起きた友人である小野寺竜也は、

「そもそも、私達がやるべきなのは学園での『研究と開発』のはずですがねぇ?こんなのに時間かけないでちゃっちゃと殺≠閧スいですよ」

元々学園のルールすらも無視して好きなこと『だけ』を行動する、いじめですら全く起きないこの学園で唯一の『問題児』だからなのか非常に強制されることを嫌っている。

彼らはお互いに学園の方針はともかく、日々の生活を強制されることを嫌っており、本来はそれを避けるためにこの学園に入学してきたのである。

彼ら以外にも同じ理由や『人に言えない事情』からこの学校に入った者が多く、そのほとんどは以前に在校していた学校で〈はみ出しモノ〉として奇妙な目で見られてきた者ばかりなので、本当に様々な個性を持つ生徒がこの学園には多い。

そして皮肉なことにそういった〈はみ出しモノ〉がもっともこの学園で成功しやすいようで、今、赤羽裕介と話している少年・小野寺竜也はこの魔術学園の『開発』部門でトップクラスの成績を誇っており、今学園に存在する魔導具の五割は彼の発明品である。

「めんどくせぇよな。特に女子と行動するってのがよ」

「そうですね(はて?女性は私達にとっては価値の無いはずですが)」

そしていつも通りに赤羽はパジャマを脱いでジャージに着替えると、点呼をとるために廊下へ出た。

 

◆ ◆ ◆

 

学園外・駐車場

 

この学園では、魔術の先端技術を学び、新たに魔術の法則を研究するのに十分な設備がそろっている。そのため、非常に優秀な魔術師を世の中に送ることが出来るのだが、それを逆恨みする学校や研究機関、また魔術師に猜疑心と嫌悪感を抱く一般人などに生徒を狙われやすく、さらに改装される前、田舎の旧校舎のままだった頃は外部からの侵入が簡単に出来てしまったため、無許可の外出をした生徒がそのまま行方不明になるという誘拐事件が開校してから数年間、繰り返し起きてしまっていた。

特に無許可の外出以外にも、学園が日常的に生徒に推奨し実行しているウォーキング中に堂々と人攫いの事件が起きたことから、生徒が複数人外出する場合は必ず集団で行動するようになったのである。

「はぁい、集合。ラジオ体操始めるよ!」

そのため、ウォーキングも準備体操も男女問わず生徒が集団で行動する。

今日のラジオ体操のリーダーは金髪ハーフの美少女・伊坂涼子である。

昨晩はビン底メガネをかけていたが、人前ではコンタクトレンズを使うのか蒼い瞳が南国の海のように輝いている。

そして彼女の蒼い瞳だけではなく、金色の長髪や白い肌も後光を放っているかのように太陽の光を浴びて美しく輝いている。

しかし、そんな美しさもジャージ服を着ているからなのか、何故か色が薄くなった写真のように映えない。

「どうしましたか赤羽君、なんか残念そうな顔して」

「なんでもねえよ」

そう返事したところでラジオ体操の曲が流れ、それにあわせるように伊坂は駐車場にいる生徒全員に声をかけた。

「今日は学園の周りを歩くから、ボクに遅れないでね!」

「「「は――い!」」」

「へーい」

「はい(なんだってこんな価値の無い事を……)」

女子のどこか黄色い声が混じった返事と男子(特に高校生)の若干野太い声に粘着質な欲望が混ざった返事の中に全然やる気のない平凡な声と人を見下すような感情を含む声が混じっていることに彼女は気づくと、少しだけ微笑み、はっとしてその表情を引き締めてその声の主達を指差した。

「そこ、元気が無いならコーヒー飲んでシャキッとしたらどう!?」

そう彼女が言うと彼らは面倒臭そうに伊坂を見て、

「コーヒー飲もうにも飲む暇すらねえよ」

「カフェインならさっきワインで摂りましたが?」

と、適当に返事をした。

「―――っ、だったら顔洗ったらいいじゃないの」

と彼女は苛立ちながら言い返すが、

「は?ワインなんてお前持ってたのかよ?」

「(しまった、つい不要なことを言ってしまった)寮監の先生が隠していたのを見たので『注意』して『処分』させて頂きました」

「お前、やっぱ飲んでたのかよ!」

「そもそもここに持ってきた先生が悪いんですし、そもそも子供が飲んでも少量なら脳に問題ないって知っていましたか?」

「知るかそんなの!いい加減先公カモにするのやめろっつたろ!」

「黙ってくれませんかねぇ、最下位君?(黙れ馬鹿)」

「やるか外道!」

彼らにとって花が伊坂なら団子は喧嘩。

金髪ハーフの美少女よりも、今一番楽しいことに目がいくようである。

「ちょっと二人とも、何で喧嘩始めているの?やめなよ!」

「面倒なので手早く決着をつけましょうか」

そう言って小野寺は地面を蹴ると、地面のアスファルトが音を立てて文字通り爆ぜた。そして当然、アスファルトの破片やその下の地面の土石は彼の背後にいた生徒達に襲い掛かる。

「えっ!?」

そのパワーに伊坂は驚いて一瞬だけ頭が真っ白になった。

小野寺の瞬発力は半端ではなく、すでに彼女が足をすくめた時には小野寺の右手の拳は赤羽の顔面へと吸い込まれるように突き出されていた。

「お命頂戴です(この一撃で死ね)!」

あまりにも急な攻撃に驚いたのか、赤羽の表情は若干引きつっていた。

だが、

 

「おいおい、お前はカフェインよりもカルシウムを摂ったほうがいいんじゃねえのか?」

 

赤羽は伸びきり始めた小野寺の右腕をあっさりと左に避け、そして自分の右腕で小野寺の腹を―――『殴った』。

「え?」

それを見ていた伊坂は思わずそう錯覚した。

実際には、小野寺に一切拳が触れてもいないのに。

そして『殴られた』小野寺は体をくの字に曲げられ、赤羽へと伸ばした右拳の力は完全に抜けてしまい、全身の力を込めて砲弾のように襲い掛かった赤羽の拳を受けたからなのか、今度は逆に彼自身が吹き飛ばした地面と同じ方向へ飛んでいく。

「速く飛んでパワーでゴリ押せば勝てるとか、マジで考えていたわけじゃねぇだろうな?」

あっさりと『開発』部門の優等生の一撃を見切り、一撃も直接体に攻撃せずにその一撃をも上回る『攻撃』をやってのけた赤羽は、ほんの少し右手の痛みを振り払うように右手を振ると、右肩を回して小野寺を『殴り』飛ばした方向に視線を向けた。

小野寺は、自分で粉砕したコンクリートの地面の瓦礫と、それと一緒に巻き上げられた土やら生徒やらがクッションとなり、攻撃の衝撃をそのまま学校の壁に当たって受ける事無く、ぎりぎり意識を保ったままその瓦礫(&人間)の山にぶつかっていた。

彼は頭を痛そうに抑えながら、巻き上げられた土ぼこりにむせ返って瓦礫の山から起き上がり、

「ッ!くそっ、毎回毎回なんなんですかあなたのその『魔術』だか『体術』なんだかよくわからないチカラは?」

ほとんど無傷なことに気づき、苦笑いをして愚痴り始めた。

「おかげであなたに勝つことばかり考えてるうちに……こんなものまで造っちまっただろうが、あァ?!」

そう小野寺が言うといきなり小野寺の服の袖口からトンファーのような魔導具を手品のように取り出して勢いよく前に突き出す。

するとその魔道具が突然、『折り紙を折りたたみ続ければ富士山と同じ高さになる』という机上の空論を無理やり紙の面積だけで克服しようとするかのような、そんな巨大な紙の鎧の腕へと展開されていく。

「これはそのへんの紙ゴミから魔術的な作業で繋ぎ合わせ折りたたんで……つまり土の属性で固定化し圧縮した『魔道具の籠手』。元はたかが紙でも土の属性を与えれば硬度は鋼鉄にも相当しますし、魔力で動かせば戦闘機以上の機動力を出せる」

まあ、元の密度と質量がたいしたことないからこそ出来ることだけどな、と呟くと両腕のトンファーでなくなった『紙の大腕』を見上げて叫んだ。

「っで!俺はこう考えたわけだ!テメェの力は俺に直接ぶち当てることで真の威力を発揮する代物だとしたら、俺の体じゃないこいつで殴れば即刻ミンチでKO出来るってなァ!!」

そう言って赤羽を押しつぶそうと『紙の大腕』を大きく振り上げた。

「そんなこと……させないよ!」

ようやく伊坂が赤羽と小野寺の間に割り込むように赤羽の盾になるが、小野寺はかえってそれで残虐性を刺激されて興奮したのか、歓喜の表情で伊坂ごと殺そうとする。

しかし、それでも赤羽は不敵に笑いかえす。

「じゃあ、お前のそれは即刻紙クズで確定だな」

そう言って伊坂を右手で押しのけて盾になるように前に出ると、大きく息を吐いて『紙の大腕』に左手で殴りかかった。

そして、『紙の大腕』は拳が当たってもいないのに拳が伸ばされた先からただの紙吹雪へと変わり風に飛ばされていく。

まるで飛行機が空中でバラバラに分解されたかのように。

「えっ……!」

そのあまりにも非科学的で幻想的な光景を見て、結局庇われてしまった伊坂は言葉を失った。

「なんでもかんでも力と手数でどうにかしようなんてするんじゃねぇ」

そう驚愕に目を見開いた小野寺に告げると、赤羽は伸ばしていない右腕を背の後ろに引いて力をこめて小野寺の目の前へと突進する。

「少しは武器を使わねぇで戦いやがれ!」

彼は足から全身へと伝わる力を右腕に集中させて小野寺の顔面へ伸ばし、小野寺はそのまま直に殴り飛ばされ地面に倒れる。

あまりにもあっけなく、朝っぱらから始まった命がけの大喧嘩は幕を閉じたのだった。

 

◆ ◆ ◆

 

十五分後 学園内 食堂前

 

この学園では、魔術の結晶である魔導具を用いた行動は認められている。

その魔導具が実用可能なものなのかを知る為には、最低限でも必要な事であるとされているからである。

しかし、それと今回の大喧嘩とでは話が違う。

校舎自体が魔術的に充分強化されていたため校舎への損害自体はないものの、それでも強化されていない校舎以外のものに対しての被害はただの喧嘩で収まらない。

校舎前の玄関は瓦礫の山ができて外の駐車場には大きな放射状の穴が空き、生徒の三分の一が瓦礫に押し倒され数名は軽傷ではあるものの保健室へ送られ、結局朝のウォーキングは中止になった。

よって、

「お前ら、またやらかしたのか……まあいい、あそこの反省室で今日丸一日過せ」

「ちょっと待ってくれ先生、そんなのありかよ!?」

「放してくださいよ(テメェ襟首持つな、キメェ)!」

あの後教務室に呼び出された二人は、大森先生(体力は教師の中で一番優れており、すぐにキレて手を出す先生として生徒に有名)に襟首を持たれてズルズルと学園の中にある古く使われていない生徒寮へと引きずられていた。

それを苦笑いで見送った伊坂は、食堂前の自動販売機でコーヒーを買い、近くにあるテーブルの席について、一人でゆっくりと飲みはじめた。

学園ではほとんどの娯楽は存在せず、TVゲーム・携帯ゲームはもちろんマンガは持ち込み禁止、テレビも視聴できず、せいぜい楽しむ事が出来るものは学校で出来る事に限られてしまう。

そのため基本的に暇な生徒は好き勝手にその時間を持て余し、その生徒のほとんどは刺激を求めて退学すれすれで校則を破る。さらにその中には赤羽達の様に魔導具で喧嘩を始めることが多い。

彼女は登校時間までのんびりとこうしてコーヒーを飲み、食堂前の寮の受付にある新聞を読むことが日課となっており、一日の休みの三分の一はこれに費やしてしまうようだ。

ちなみに服は先程のジャージのままである。

(それにしてもさっきのはすごかったな)

先程の二人の喧嘩を思い出して、ゆっくりと息を吐くと肩の力を抜いてテーブルの上に仰向けに伏せた。

学園では出来て当然の『魔術』。

自分の学力や知力の結晶でもあり、その象徴でもある特別な道具『魔導具』を使った戦い。

その戦いに赤羽裕介というあの新入生は、勝った。

学園で開発部門の天才と言われていた小野寺竜也の魔導具の攻撃を全てかわしきり、挙句の果てには見たことも無い力で魔導具を破壊した。

魔術のまの字もわからないような新入生が。

いや、本当に魔術の〈出来ない〉少年が、である。

(一体どうやってあんな力を操ったんだろう?)

この学園において魔術が出来ないという事は、外の学校で言うところの勉強が出来ない≠ニいうことなのである。

本来ならそれだけで在校生との実力の差が大きくなってしまう。

にもかかわらず、あの誰も好んで近づこうとしない〈問題児〉小野寺にあれだけの凶悪な魔導具を使わせ、それでいて互いに実力を認め合い本気で喧嘩をしている。

(どうして戦えるのだろう)

どう見ても絶望的な実力差にもかかわらず、諦めることなく素手で前へ前へと進んでいた。

何か特別な魔導具を持っているわけでもなく、かといってこれといった優れた運動神経も体術の知識もなく。

(もう一回会って話をしたいな)

なんとなくそう思って深く息を吐いた、その時。

そんな彼女の安らぎを断ち切るような、太鼓の音よりも深く落雷の音よりも強い、戦場ですら起きないような空気の振動が全身に伝わった。

「な、何?」

それはたった一度に起きたものではなかった。

一度や二度ではなく、それこそ数え切れないほどの轟音が、学園の東西南北、四方八方の全てから鳴り響いた。

彼女が慌てて窓を見ると、学園を取り囲むように凄まじい光の球体が森を焼き尽くし、学園から外の村やダムを繋げる橋がその光に包まれて消えていくのが見えた。

それを見て彼女は、中学部ニ年主席の頭脳などでなくとも学園で学習するものならば誰でもわかるような、魔術に関するある現象を思い出した。

「まさか……〈暴走〉なの!?」

魔術といえども、文字や記号、線や絵を描いてはいおしまい、などと簡単で容易なものではない。

いくら精密な機械でもわずかなミスや電波障害が故障や暴走の原因となるように、魔術にもまた欠陥や調整ミスがあれば簡単に機能しなくなることもある。

いい例が悪魔を召喚したとされるかの有名なファウスト博士で、最期の遺体はある一部以外は全て血とも肉ともわからないものになっており、遺体があった部屋は血に染まっていたと言われているが、学園ではそれは存在しないものを呼び寄せるという魔術ですら出来ない事を行おうとして発生した魔力の放出によって体を破壊されたものである、と推定している。

その失敗した際に起きる現象の中で、最も危険な現象が一つだけある。

それが〈暴走〉である。

魔術は魔法陣という一種の電子回路によって始めて成立する、いたってデリケートな代物であり、そしてそれは人間の体から発生する生命の波〈魔導波〉を受けることで始めて魔力を得る。

問題は、魔力があまりにも万能すぎるということ。

ただ単に水車から動力を得たり、重力から古時計を動かしたりするのとは訳が異なり、魔法陣さえあれば文字通り物質の動きの全てを産み出せる。

しかし、そのコントロールはちゃんとした術式が書かれた、一寸の線の歪みもない精確な魔法陣でなければ行えない。

ならば仮に、もしもの話である。

もしも、精確な魔法陣を描けないにもかかわらずその力を操作しようと魔法陣を描き、それに魔導波が干渉した場合何が起こるか?

文字通り何でも動かし操作できる力をそのまま発生させてしまった場合、魔法陣やその周囲にあるモノはどうなるか?

分子運動(熱)、物理運動、電子の動き(電流)から何から何までの物質の運動が粒子全体に同時に起こればどうなるかなど、考える必要も無い。

一瞬でその力を受けた物質は跡形も無く分解され、蒸発する。

それも高電離気体、つまりプラズマという最悪の形で。

そこまで伊坂が思い出したところで凄まじい爆風が目に映る景色をなぶり、学園にある木々や車をなぎ倒し、それらは風の濁流に流されるように飛んでいく。

彼女は急いでテーブルの下へと逃げ、割れるガラスから身を守ろうとするが、いずれ風圧には耐え切れずにテーブルごと吹き飛ばされてしまうだろうことに気づく。

「っ!」

強く壁に打ち付けられ、体の骨が何本か砕かれるかもしれない。

そう思った伊坂はすぐさまポケットからヨーヨーを取り出すと、すぐさま指に紐をかけてそれを思いっきり投げる。

するとどうだろうか、そのヨーヨーの面が開いたかと思えば、そこから無数の布地が現れるではないか。

「よし、このまま……!」

そう彼女が呟いて紐を引くと、ヨーヨーが伊坂の手元へと戻っていくと同時に無数の布地もまたヨーヨーに引っ張られるように伊坂へと向かっていく。

風になぶられて学園の校舎へと飛んでいく瓦礫がガラスの窓を突き破るその寸前でヨーヨーを掴み、それを胸に押し当てる。

彼女の全身が布地に包まれ、瓦礫が校舎の窓を破る。

彼女を包む布地に瓦礫がぶつかった、その瞬間。

布地の間から巨大なハンマーが現れ、彼女を守るようにその瓦礫を打ち返すと、凄まじい突風がハンマーから打ち出され、校舎に流れ込まんとする様々な瓦礫を全て吹き飛ばしたではないか。

「……間に合った。始めて使ったからどうなるかと思ったけど」

布地が完全に彼女の体に装着され、彼女はその姿を現した。

「実際にやれば意外と理論値以上の結果を叩きだせるものなんだね」

何故かフリルのついた可愛らしい白いドレスのコスプレ姿で。

それも、何処から出したのかもわからないハンマーを片手に持って。

そう、これが彼女の考案し開発した、科学だけでは決して作れない魔導具・『鷹の羽衣』である。

物体を特定の座標へと物理運動させ、人の手も機械の手も猫の手も借りずに自動で設計した通りに完成させるという、特撮などでは当たり前の合体や衣装の特殊な装着方法を再現できるだけでなく、工場での組み立ての効率ですら上げられてしまう『フレイヤの魔法陣』を開発した彼女だからこそ造れる、特殊な魔導具である。

ヨーヨーの中で圧縮された衣装の布地をヨーヨーの遠心力で外へと取り出し、魔導波に干渉されたヨーヨーを座標の中心として布地を移動させることで衣装に着替えることが出来るというもので、一枚一枚の布地では何の効力も無いが、正しい位置に布地同士を繋げることで布地の裏の線と線が結ばれ一つの魔法陣となり、どんな衝撃や熱からも身を守れ、人間の筋肉の運動を最大限までサポートする究極の鎧となる(見た目は鎧ではないが)。

さらに、それと同じ仕組みで組み立てた先程のハンマーは『ミョルニル』と言い、これは小野寺の『魔導具の籠手』と同じく紙で出来ているが、その内部の仕組みは『魔導具の籠手』より複雑である。

周囲の空気をかき集めてハンマーの中で圧縮し、ハンマーを対象物に殴りつけることで空気の砲弾を殴りつけた方向に放出させ、反動を避けるために逆の方向に突風を吹き出すというもの。

打ち返して飛ばした瓦礫は、この空気の砲弾で吹き飛ばされたのである。

「それにしてもさっきの〈暴走〉、もしかしてわざと起こしたものなのかな?学園の周りにはこれといった魔導具の類はなかったはずなんだけど……」

そんな物騒なハンマーを肩に乗せて周囲を警戒するように見渡すと、白いドレスについた汚れを払いながら一人の少年の事に想いを馳せた。

 

「え、何、何なのあれ?あれだけの瓦礫を一人で?あいつが言うには『学園に天災を防げるほどの魔術師はいない』はずなんだけど!?」

伊坂が立っている学園の校舎の食堂の前から数キロメートル離れた、学園の外にある民家の上に、ゴスロリを着た黒髪の少女が双眼鏡と黒い傘を両手に持って宙を浮いていた。

しかし、彼女は空を飛ぶための魔導具の類を装備しているようには見えず、かといって伊坂の様に衣装が魔導具そのもの、というわけでもないようである。

「あそこの連中も一応は進歩し続ける人間ってことなのかしら。人間……じゃないでしょ、あの魔法使いは」

そこまで言って何かを思い出したのか顔を蒼白にすると、頭を振ってそれを忘れようとする。

「ともかく言われた通りに仕込んだ魔法陣にあれを投げ込んで暴発させたわけだし、さすがにお咎めはないはずよ、絶対」

そう自分に言い聞かせると、風の力を働かせていない宙へと足を運ぶ。

すると、まるで宙に足場が出来たかのようにその足が浮いた。

「あいつは無事に学園に入れたみたいだし。後の細かいことは泥まみれのババアがどうにかするだろうから、私は私で、あそこの面白いおもちゃを使って暇をつぶしてよっかな」

興味のあるものを見つけた子供のように楽しそうに鼻歌をしながらスキップして宙を跳ねると、その爪先を学園へと向けて進んでいった。

 

同じ頃 古びた寮の前

 

赤羽と小野寺を古びて誰も使わない学生寮の一室に閉じ込めた後、大森はその学生寮から出てのんびりと背伸びをしていた。

「さて、と」

思いっきり背伸びをして気分が晴れたのか、タバコに火をつけて口に咥えると、リラックスするようにその煙を吸って、

「やっぱり、ここに来たか。ここは昔お前以外に来た事がなかったからな」

大森は足音がした方向に意識を向け、その方向から発せられた気配に背を向けたままゆっくりと煙を吐く。

「正直、お前が俺達に何の恨みがあるのかが俺には全然わからねぇ」

そう言って口に咥えたタバコを捨てると、そのタバコを踏みにじりながら赤と黄色の仮面の人物に振り向いて話しかけた。

「昔世話になった先輩を殺し、挙句の果てに学園のあちこちに魔法陣を仕込んでは〈暴走〉を起こさせて脱出できないように学園の周りをマグマで囲って生徒を学園の外から逃げないようにして……一体何しにここに戻って来たのかはわからねぇが……お前はもう俺達の学園の秩序を乱しかねない『怪物』だ。正直お前を〈処分〉するのだけは嫌なんだが、まあしょうがねえ。警察沙汰にするわけにはいかねぇからな」

そう言いながらスーツの胸のポケットから、一見ガスガンのように見える魔導銃を取り出した。

この魔導具は、見た目こそ単なるガスガンでしかないが何十気圧ものの大気を取り込んで圧縮し『土』の属性を与え固定化し『弾丸』に造りかえるれっきとした『兵器』である。銃本体に反動を起こさずに放たれた大気の『弾丸』は一定距離までその形を保ち、身体にめり込むことに成功すれば被弾した身体は爆発とともに肉をえぐり飛ばす。

銃本体は全てプラスチック製なので空港でも簡単に持って行くことが出来、『弾丸』の製造は銃本体が行うので弾切れの心配はない。しかもその威力は『弾丸』を作る段階で調整でき、弾薬や専門的な知識を必要としない。

もちろん『弾丸』としての形を保てる範囲はあるが、それでも突風の槍が衝撃波をまき散らし戦車や人間を宙に舞わせることは出来る。

「悪いが、お前のお遊びはこいつで終わりだ」

そう言って仮面の人物へと魔導銃を向けて発砲しようと、引き金に指をかけた。

しかし、

 

「あらぁ。ワタシを置いて何楽しそぉなことしてるのかしら、淳平ちゃん?」

 

突然仮面の人物、『淳平』を守るように何者かが地面から現れた。

しかし大森は容赦なく引き金を引き、人を必ず殺す悪魔の弾丸を放つ。

その魔弾は地面から現れた人物に被弾し、凄まじい量の大気を開放すると大森の視界に入る木々を大気圧でなぎ倒し、粉塵を舞わせる。

「なんだありゃ、馬鹿馬鹿しいったらありゃしない。ただの弾丸だとでも思ったんかねぇ?」

そういって大森は呆れるように両手をあげて首を振ると、きびすを返して学園の校舎へと足を運ぶ。

「さぁて、あのもうろく気味のご教祖様にでも報告しますかね」

そしてポケットからタバコを取り出そうとして、

「ダメじゃない、お姉さんにこんなアブナイもの向けちゃ、ね?」

背後の声を聞いて、思わずタバコを取りこぼした。

「は?」

慌てて振り向くと、そこには全身を土ぼこりで汚した美女が立っていた。

その女性は首を振って黒くウェーブのかかった髪をたなびかせ、黒真珠のような輝きを持つ瞳で大森を見つめ、紅い口紅の塗られた唇を開いて話しかけてきた。

「あら、もしかしてあんなのやられて腰が砕けるほどのか弱い乙女だとでも思ったのかしら?残念☆ワタシそこまで無防備に体を男に晒し出すほど純粋じゃないのよ」

そうおどけてウインクすると、自分の着ている白いシャツや青く短すぎてすらりとした太ももが丸出しなジーパンにつく土ぼこりを払い始めた。

「それに、あの子にはまだまだやることがあるんだから、あなたみたいな道具に頼りっぱなしの情けないオトコなんかの相手をさせるわけにはいかないのよねぇ」

「何だって?……ッチ、こりゃ逃げられたか」

大森が謎の美女の背後に目をやると、すでに『淳平』と呼ばれた赤と黄色の仮面の人物は先程まで立っていた場所からいなくなっていた。

「生憎とワタシはあなたに付き合うほど物好きな女じゃないから、手っ取り早く勝負をつけさせてもらうわよ?」

そう言うがいなや突然地面に手をつけると、子供に子守唄を歌うように地面に語りかけた。

「さあさあ、力を貸して頂戴。神の子の血を浴びし大地はやがて人の肉となり、それは人に富を与えん。ワタシが望むのは禁忌の樹。その木に実りし赤き知恵。ワタシと一緒に旅を共にし、ワタシと一緒に踊りましょう?」

(なんだ、私は魔女ですってか?ったく、いつからそんな痛々しい美人が地面から出てくるような世の中に……ん?)

そう思い見下すように大森は彼女の手に目を向けると、なにやら地面から、ひょっこり、と小さな植物の芽が生えたではないか。

「な……っ!」

それだけではない。謎の美女が地面より手を放すと、さらにそこから、すうっ、とその背を伸ばしてどんどんその細い茎を太くしたかと思えば、あっという間に巨大な大樹に育ったではないか。

謎の美女は妖艶な笑みを浮かべると、地面から伸ばした大樹の枝を掴み、呆気に取られて二の句も言えない大森に目を向けて唇を舐める。

「驚きすぎちゃって銃を向けるのを忘れているわよ、先生?」

はっとして大森は慌てて魔導銃を彼女に向けようとするが、もう遅い。

すばやく大樹の大きな幹が大森をなぎ倒し、さらに魔導銃を細い枝の鞭で大森の手から叩き落し、そのまま大森の後頭部を校舎の壁に叩きつけ気絶させると、退屈そうにその美女は髪をかき上げてしゃがみこみ、意識の無い大森に話しかけた。

「人の話を最後まで聞くほど余裕があったのかもしれないけど、ワタシにはただの油断にしか見えないのよね」

そしてゆっくりと大樹を創ったその手を大森にかざした。

 

 

これまた同じ頃・古びた学生寮の一室にて

 

「参ったな、ホントに」

緑色のハンカチを右手に持って、磨かれていない窓の汚れからもれる微かな清さを感じる日光にそれをかざしていた赤羽は苦々しげにそう言うと、少し深くため息をついた。

「どうしましたか赤羽君?ずいぶんと憂鬱ですね(そのままそこから飛び降りたらいいのに)」

そして部屋の奥で、あれだけの地震が起きたにもかかわらず堂々と居座ってワインを飲んでいる小野寺が退屈そうに声をかけた。

「お前どこからワイン出したんだよ?もうこの際どうでもいいけどさ」

そう言って緑のハンカチをポケットにしまうと、窓を見て憎憎しげに赤羽は顔をゆがめた。

「ハンカチ返すつもりだったのによ、お前と喧嘩して先生にしょっ引かれたもんだから返しに行けなくなっちまった」

「あれ?それもこれも私のせいですかね?」

「んなこと言わねえよ、むしろ何で先生にここまで俺らがされなきゃいけないのかが俺にはわからないくらいだ」

「そりゃ簡単ですよ」

グラスにワインを再び注ぎ、満足げに飲み干した小野寺は赤羽に問いかける。

「いいですか赤羽君、ここはあくまでも政府公認の『研究開発校』。そこの人間が魔術のトラブルを解決できなきゃ馬鹿にされ笑われ損、なんてモンじゃあ済まされませんって。最悪研究開発校としての信用すらもなくなって、政府直々に手を下されこの学校自体がなくなる可能性だってあるんですから。むしろ私達がやったのは熱血教師が助けてくれてハッピーエンド、なんて楽な選択肢が取れないくらいの大問題です。怒られただけでお仕舞いなんて甘いことで済むと思いますか?」

「俺だって何にも考えてないわけじゃない」

赤羽は呟いて窓を軽く叩くと、その汚れの向こう側にある校舎と学生寮を見つめた。

「今先生たちがやっていることは合法だと思うか?」

そのままゆっくりと窓をノックし始め、意識を学生寮へと向ける。

「生徒の自由意志を無視した立派な『監禁』だぜ、これは」

「なんですって?」

それを聞いた小野寺は思わず持っていたグラスを手から落とし、飛び上がるかのような勢いで立ち上がった。

「馬鹿を言わないでくださいよ赤羽君、これは他の学校で言うところの『謹慎処分』と同じことのはずでしょう!」

「それでも俺は今までやんちゃして学校で、それも寮生の唯一の家とも言える学生寮以外の場所に閉じ込められた事は一度もねえ」

そう反論し、ノックをする右拳のリズムを早めていく。

「逆にお前に聞くぜ?これまで馬鹿やらかした連中に警察が関わったことはあるのか?お前の使った魔導具で俺を殺せるとか言ったな。じゃあ何でお前に襲われた奴らは殺人未遂でお前を警察に突き出すなりしなかったんだ?」

「……確かに」

「殺されかけた連中は何で裁判所に届けなかったんだ?いつでも出来たはずさ、携帯が使えなくとも学園の外の公衆電話を使えば親に伝わるし、その親に手続きなりやってもらえばいいんだからな。っていうか、何で携帯禁止なんだ?寮の中でくらい使ったっていいだろ」

少しずつ力強く、それでいてテンポ良く窓をノックし続けて、何かを掴んだのかその叩き方は規則的なリズムを刻み始める。

「もしかして、先生達はこの学園から生徒を出したくないんじゃないのか?そう思い先生達が行動するほどの『何か』がここに隠されているんじゃないのか?」

そして自分自身の呼吸さえもリズムを刻み、それに合わせるように右足を引き右腕を大きく引いて、

「なら話は簡単だ」

そのガラスを『叩き』割った。

小野寺を倒した時と同じように、自分から直接叩き割らずに。

「ハァ!?」

「お、意外と簡単に割れたな。防犯用の強化ガラスだから無理かと思ったぜ」

あっさりと初めて逆上がりをした子供のような達成感のある顔で言うと、小野寺に振り向いて話しかけた。

「なあ、一発椅子の上でうたた寝してる先生達にでかい嫌がらせをしてみないか?今頃学園にいる奴はこの爆発でパニックしてるだろうし」

それを聞いて何を思いついたのか、ニヤリと汚く笑って小野寺は赤羽にたずねた。

「それは、先生のワインを取り上げて空瓶だけ返し先生の悔しがる顔を見るのと同じくらい面白い事でしょうか?」

「むしろそれ以上かもな。やるか?」

「当然ですよ」

赤羽達は自分達を閉じ込めていた寮室の窓から飛び降りた。

その窓の下に、彼らがこれから走り進むその先に、何が起きてその身に困難が降りかかってくるのかを何一つ考えもせずに。

 

 

 

まず、神は私達を創られた。

次に、人間は蛇によって知恵を手に入れた。

さらに人間は神の子に愛を教えられた。

そして人間は人間と共に愛し合い、文化を築いた。

……一体何故あなたはそれらに絶望するの。

「とても簡単なことだよ」

「人間は知恵で人を騙し、裏切る」

ええ。だから神の子は愛を教えたわ。

「でもその神の子もまた、騙され、裏切られたんだ」

「しかも、その愛を食い物に変える銀貨のために」

―――ある二人の生徒の交換日記より 

 

つづく


 

あとがき

 

どうも、二年の伊集院灯架です。

一年間文芸部にいたのに今まで原稿提出できてなかったのでいい加減出そうといまさらガチで頑張っている例のアイツです。

「え?お前いたっけ?」とか言われるような緑のアイツなポジションが多いアイツです。気がついたらそこにいます。赤い奴の方になりてぇ。

そんなネガティブなことばかり気にする僕は似た感じのモノばかり好みます。緑の人気者とか最近アブナイ感じになってきた便乗SF時代劇コメディとか発売日が水曜なのに名前だけ日曜日な地味なマンガ雑誌のパロディおとぎ話とか。あ、でも『とある』は別か。

今時ゲームキューブ一人でやっています。誰か面白いゲーム教えて。

 

……えー、暗くて痛い自傷紹介はともかく、ここからは(なるべく)明るい話にしようと思います☆

ぶっちゃけたところ、今回の話は入学前からイメージしてきたものです。

いくつか「あ、これあれのパクリだろ!」とか言われそうなものもありますが、はっきり言ってこの世に完全なるパクリ&被りなしのお話なんてそんなにありません。つーか創れるかこの野郎。

そんなマネが出来る作家は知っている人で一人しか知りません。それ以外の人たちは何かしらパクリます。具体的にはかの有名なアニメ『エヴァ』もいくつか『アキラ』からパクってます。

作家になろうとしている人も漫画家になろうとしている人も始めは何かしらパクって書きます。

さらに言うと、僕らの使うこの言語も元々の基礎の部分は中国からのパクリ……というか当て字から始まって、明治あたりから今使われる熟語のほとんどを作ったりしたそうです。

どのくらい当て字から発展したかというと、『我輩は猫である』で有名なあの人が『新陳代謝』という言葉を創るくらい。

僕らの何気ない仕草も考え方も、さらにはしゃべり方までパクリから始まります。何気ないマネごとが、当たり前だと思い込むようにもなります。

そして人間の人格、果ては生き方までその『基準』に支配され、はっと気がついたときには「あれ、俺なんでこんな風にモノを考えているんだろう?」とか考える間もなく、他の人と同じことを考え同じようなことをして同じように日常を生きます。

僕もまあ同じようなものですが、だからこそ人は『基準』に支配されない物語の登場人物に憧れ、時にそれを題材にして劇を始めたり教育の一環としてその物語を読まされたりします。小学校なんかはそうですね。

ある意味本当の意味で頭が自由なのは俗に言われる〈天才〉か、それこそ忌み嫌われる犯罪者くらいでしょう。

本当にオリジナルなアイデアと発想は、常識や基準を壊せる人でなければ手に入らない、といっても過言ではありません。

そのいい例が小学生のはっちゃける時の姿です。あれ以上に真似できないものはないですよね(別の意味で)。

何気ないギャグマンガでさえ日常の出来事が元ネタになっています。

人間の心はともかく、発想の独自性は無限になんて産まれません。

だからこそ、そうしてきた偉人は頭を悩ませ、その時代に無かったものを創りあげてきたんです。

ですから、そんな簡単に「完全なオリジナルじゃなきゃだめ」とか考えないようにしてください。

 

それすらもオリジナルなモノではないはずですから。

 

あれ、明るいどころか他人の人格壊しかねないこと書いたかな?

まあその、「テメェの想像通りに生きてたまるかよバーカ!」とか思った人はぜひ文芸部へ来て僕以上にいいものを書いてください。

(もちろん、そう思わない人も是非文芸部に入部してください。入らなくても冊子は是非読んでくださいね。置き場所は図書館ですよ!)

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